海難が発生した場合,その原因を明らかにし,海難発生の防止に寄与することを目的とした行政上の制度であり,海難審判法(1947公布)に基づき,海難審判庁が行う審判。海難審判制度の立法主義には,二つの考え方がある。海難審判主義は海難を対象とするが,海員審判主義は海員の行為を対象とする。日本の海員懲戒法(1896公布)は,後者の立場で,海員の懲戒を一義的に考えていた。これに対し,海員懲戒法に代わって制定された海難審判法では,海難の原因探究が一義的な目的となっている。
海難審判法にいう海難の発生とは,(1)船舶に損傷を生じたとき,または船舶の運用に関連して船舶以外の施設に損傷を生じたとき,(2)船舶の構造,設備または運用に関連して人に死傷を生じたとき,(3)船舶の安全または運航が阻害されたとき,である(2条)。海難審判庁は,このような海難の原因について取調べを行い,裁決をもってその結論を明らかにしなければならない。これを原因究明裁決という。裁決には,そのほか,懲戒裁決と勧告裁決がある。
海難審判庁は,運輸大臣の所轄に属する行政機関である。そして,地方海難審判庁と高等海難審判庁とからなる二審制であるが,高等海難審判庁の裁決に対しては,東京高等裁判所へ訴えを提起する道がひらかれている。海難審判庁には,審判官と理事官が置かれ,理事官は,海難審判の請求および海難の調査ならびに裁決の執行をつかさどる。原因の探究がとくに困難な事件の審判に参加するため,参審員制度がある。海難が海技従事者(船舶職員法2条4項,4条参照)または水先人の職務上の故意または過失によって発生したものであると認められるときは,その者が受審人となる。これ以外で,海難の原因に関係のある者は,指定海難関係人となる。受審人や指定海難関係人のいわば保護者として,海事補佐人がいる。海難審判は,理事官の審判開始の申立てにより開始され(不告不理の原則),公開主義,口頭弁論主義,証拠審判主義,自由心証主義に基づいてなされる。事件に対する海難審判庁の終局的な判断は,裁決をもってなされる。同一の海難事件について,民事上の損害賠償責任や刑事責任が問題とされた場合,海難審判庁の裁決は,後の司法裁判所を拘束しない。
執筆者:佐藤 幸夫
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