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瀬戸内寂聴 セトウチジャクチョウ

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デジタル大辞泉の解説

せとうち‐じゃくちょう〔‐ジヤクチヤウ〕【瀬戸内寂聴】

[1922~ ]小説家。徳島の生まれ。旧名、晴美。女性の愛と性を描いた伝記・私小説を執筆。作品に「夏の終り」「かの子撩乱」「美は乱調にあり」「花に問え」「場所」など。昭和48年(1973)天台宗で得度。平成18年(2006)文化勲章受章。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

瀬戸内寂聴 せとうち-じゃくちょう

1922- 昭和後期-平成時代の小説家。
大正11年5月15日生まれ。学生結婚し,昭和25年に離婚,作家生活にはいる。35年「田村俊子」で田村俊子賞。「かの子撩乱」「美は乱調にあり」などの伝記文学のほか,「夏の終り」(38年女流文学賞)などの私小説系列の作品もある。48年得度受戒,天台宗大律師となり,京都嵯峨野(さがの)に寂庵をむすぶ。平成9年文化功労者。10年現代語訳「源氏物語」を刊行。18年文化勲章。19年比叡山延暦寺禅光坊住職。23年「風景」で泉鏡花文学賞。徳島県出身。東京女子大卒。本名は晴美。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

瀬戸内寂聴
せとうちじゃくちょう
(1922― )

小説家。本名晴美。大正11年5月15日、徳島市の神仏具商の家に生まれる。小学生のころから世界・日本文学全集を読破。東京女子大学国語専攻部に在学中に外務省留学生と結婚、中国の北京(ペキン)へ渡る。1946年(昭和21)長女を連れて帰国。48年夫の教え子と恋愛をし、京都へ出奔。この青年との関係は、運命の伏線のように、その後の人生の曲折ともかかわり、作家瀬戸内晴美誕生の機縁となる。その後、妻子ある作家との8年に及ぶ愛情関係をモチーフに、五欲煩悩に迷う体験から、人間に内在する暗い世界の模索を試みた私小説系列の作品を書く。63年女流文学賞を受けた『夏の終り』(1962)はその代表作である。ほかに『蘭(らん)を焼く』(1969)、『おだやかな部屋』(1970)などがある。61年第1回田村俊子(としこ)賞受賞の『田村俊子』(1959)により新しい伝記小説の境地を開拓した。『ここ過ぎて』(1956~58)、『かの子撩乱(りょうらん)』(1962~64)、『美は乱調にあり』(1965)など、おもに大正から昭和にかけて時代とともに、人生を燃焼し尽くした女性像・群像を発掘し、自己の生きる証(あかし)とする。73年、中尊寺で得度。寂聴尼として仏道を修めながら、なお旺盛(おうせい)な執筆活動を続ける。得度後のおもな作品に『女人源氏物語』全5巻(1988)、『花に問え』(1992。谷崎潤一郎賞受賞)、『源氏物語』全10巻(1996~98)、『場所』(2001。野間文芸賞受賞)などがある。95年度(平成7)芸術選奨文部大臣賞受賞。97年文化功労者となる。また、88年から92年まで敦賀(つるが)女子短期大学の学長を務めた。2006年文化勲章受章。[岡 宣子]
『『瀬戸内晴美作品集』全8巻(1972~73・筑摩書房) ▽『瀬戸内晴美長編選集』13巻・続巻5(1973~74、81~82・講談社) ▽『瀬戸内寂聴全集』全20巻(2001~02・新潮社)』

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