煙・烟(読み)けぶり

精選版 日本国語大辞典 「煙・烟」の意味・読み・例文・類語

けぶり【煙・烟】

〘名〙 (後世は「けむり」)
[一] 物が燃えるときに立ちのぼる、微粒子の混じった有色の気体。
① =けむり(煙)(一)①
万葉(8C後)七・一二四六「志賀の海人(あま)の塩焼く煙風をいたみ立ちは上(のぼ)らず山にたなびく」
源氏(1001‐14頃)賢木「名香のけぶりもほのかなり」
② =けむり(煙)(一)②
※蜻蛉(974頃)上「おもひきや雲の林にうちすてて空のけぶりにたたむものとは」
③ =けむり(煙)(一)③
※源氏(1001‐14頃)鈴虫「御息所の、御身の苦しうなり給ふらむありさま、いかなるけぶりの中に惑ひ給ふらん」
④ =けむり(煙)(一)④
※書紀(720)仁徳七年四月(前田本訓)「台(たかとの)の上に居(ましま)して遠に望(みのそ)むたまふに、烟気(ケフリ)(さは)に起つ」
⑤ =けむり(煙)(一)⑤
雪中梅(1886)〈末広鉄腸〉上「野店にて烟(ケブリ)を吹き茶を喫し」
[二] (一)のように見えるもの。
① =けむり(煙)(二)①
海道記(1223頃)序「松あり又松あり。煙は高卑千巖の路を埋み、水に臨て又水に臨む」
② =けむり(煙)(二)②
③ =けむり(煙)(二)③
※新勅撰(1235)雑一・一〇二六「春日野にまだもえやらぬ若草のけぶり短き荻の焼原〈道助法親王〉」
[語誌](1)「介夫利」〔新撰字鏡〕、「介不利」〔十巻本和名抄〕、「計布理」〔日本紀竟宴和歌‐延喜六年〕などと表記されるところから、古くはケムリではなく、ケブリであったと考えられる。平安末、鎌倉時代にはケブリ、ケムリの両様が用いられていたが、室町末頃にはケムリが通例となったらしい。
(2)「けぶり」と表記して「けむり」と発音していたことは「初心仮名遣」(一六九一)に「ふをむに読事、是はふと書ながらむと読なり」の例として「けふ(ム)り 煙」を挙げていることによっても推定できる。

けむり【煙・烟】

〘名〙 (古くは「けぶり」)
[一] 物が燃えるときに立ちのぼる、微粒子の混じった、色のついた気体。
① 物が火に焼けて立ちのぼるもの。
※大日経義釈延久承保点(1074)「烟(ケムリ)起りて焔無し」
② 特に火葬の時に立ちのぼるもの。
③ (多く、「思いの煙」の形で) 思い焦がれる心の苦しみ。
日葡辞書(1603‐04)「ヲモイノ qemuri(ケムリ) ムネニ ミツ」
かまどから立ちのぼるもの。炊煙。また、暮らし。生計。
※四河入海(17C前)二四「炊𤇆〈略〉本朝帝歌云、たかきやにのぼりてみればけむりたつたみのかまどもにぎわいにけり
⑤ タバコを吸う時に立ちのぼるもの。
読本・春雨物語(1808)樊噲「父は持仏の前に膝たかく組て、烟くゆらせ空に吹ゐたり」
[二] (一)のように見えるもの。
① 霧や湯気など、水蒸気が空中にたちこめたもの。煙霧。
謡曲・道成寺(1516頃)「月は程なく入り潮の、煙(けむり)満ち来る小松原
② 塵やほこりなど、空中に浮いているもの。
※改正増補和英語林集成(1886)「ウマノ kemuri(ケムリ)
③ 草木の若芽などの、遠くからかすんで煙のように見えるもの。
[語誌]→「けぶり(煙)」の語誌

けぶ・る【煙・烟】

〘自ラ四〙 (後世は「けむる」)
① けむりが立ちのぼったり、立ちこめたり、たなびいたりする。くすぶる。
※日本紀竟宴和歌‐延喜六年(906)「高どのにのぼりて見れば天の下よもに計布理(ケフリ)て今ぞ富みぬる〈藤原時平〉」
② 新芽や若葉などが一面に出そろって、かすんだようになる。新緑が一面にもえ出る。
※宇津保(970‐999頃)俊蔭「林を見れば木の芽けぶりて」
③ ほんのりと美しく見える。手入れをしていない子どもの眉などが、ぼうっと美しく見えるさまをいう。
※源氏(1001‐14頃)若紫「つらつき、いとらうたげにて、眉のわたり、うちけふり、いはけなくかいやりたる額つき」
④ 火葬のけむりとなって立ちのぼる。荼毘に付される。
※和泉式部続集(11C中)上「むかひゐてみるにも悲しけふりにし人ををけひのはひによそへて」
⑤ 霞や霧などが立ちこめたり、たなびいたりする。あたりがぼんやりとかすむ。
※光悦本謡曲・小塩(1470頃)「をしほの山の小松が原より、けふるかすみ遠山桜

けむった・い【煙・烟】

〘形口〙 (「けむたい(煙)」の変化した語)
※はやり唄(1902)〈小杉天外〉五「莨(たばこ)の煙をもやもやと出して、煙(ケ)むったい様に顰めた顔を、其のまま学士に向け」
洒落本・無駄酸辛甘(1785)「中洲ときてはちとけむってへもんだ」
※或る女(1919)〈有島武郎〉後「倉地は煙ったい顔をしながら、それでもその後から跟(つ)いて来た」
けむった‐が・る
〘他ラ五(四)〙
けむった‐げ
〘形動〙
けむった‐さ
〘名〙

けむ・い【煙・烟】

〘形口〙 けむ・し 〘形ク〙
① 煙が鼻、のど、目を刺激して息苦しい。けぶい。けむたい。
※説経節・をくり(御物絵巻)(17C中)九「てる日月のもうしごのことなれば、せんじゅくはんおんの、かげみにそふて、御たちあれば、そっとも、けむうはなかりけり」
② 相手を敬遠したい気持である。けむたい。
※智と力兄弟の話(1920)〈青木茂〉山賊ラウと若き王子の演武場での勇しい格闘物語「悪人は皇子が一番煙(ケム)いものですから巧妙な手段を用ゐてお二人の仲をいよいよ悪くしました」
けむ‐が・る
〘他ラ五(四)〙
けむ‐げ
〘形動〙
けむ‐さ
〘名〙

けむた・い【煙・烟】

〘形口〙 けむた・し 〘形ク〙
① 煙が鼻、のど、目を刺激して苦しい。煙にむせて息苦しい。けぶたい。けむったい。けむい。〔伊京集(室町)〕
※御伽草子・しくれ(古典文庫所収)(室町末)「たき物をたきて、中将殿とをらせ給ふたびごとも、けむたきほどにぞあをぎかけたりけり」
② 気づまりである。窮屈である。気がねである。また、相手を敬遠したい気持である。けぶたい。けむったい。
※浄瑠璃・嫗山姥(1712頃)二「道理道理、身にかからぬこちとさへ、けむたうてたまられぬ」
けむた‐が・る
〘他ラ五(四)〙
けむた‐げ
〘形動〙
けむた‐さ
〘名〙

けぶた・い【煙・烟】

〘形口〙 けぶた・し 〘形ク〙 (後世は「けむたい」)
① =けむたい(煙)①〔十巻本和名抄(934頃)〕
※源氏(1001‐14頃)花宴「そらだきもの、いとけぶたうくゆりて、衣のおとなひ、いと花やかに、ふるまひなして」
※源氏(1001‐14頃)梅枝「いと苦しき判者にもあたりて侍るかな、いとけぶたしやとなやみ給ふ」
けぶた‐が・る
〘他ラ四〙
けぶた‐げ
〘形動〙
けぶた‐さ
〘名〙

けむ・る【煙・烟】

〘自ラ五(四)〙 (古くは「けぶる」)
① 煙が立ちのぼったり、たなびいたりする。煙がさかんに出る。
※和泉式部集(11C中)上「それと見よ都のかたの山ぎはに結ぼほれたるけぶりけむらば」
② 煙がたちこめたように周囲がかすむ。あたりがぼんやりする。また、比喩的に心のうちがはっきりしないで暗くなる。
※御伽草子・貴船の本地(室町時代物語大成所収)(室町末)「すすきかるかやかぜにみだれ、もみぢけむるむらしぐれ、にしきの山にことならず」
③ 一面が新芽の薄緑でかすんだようになる。
※わかれ(1898)〈国木田独歩〉「両岸は緑野低く春草煙(ケム)り」

けぶ・い【煙・烟】

〘形口〙 けぶ・し 〘形ク〙 煙をうけて、目や鼻が刺激されて苦しい。煙がたちこめて息苦しい。けむい。けぶたい。
※滑稽本・魂胆夢輔譚(1844‐47)初「そんなに薪ばかりくべて、やたら吹竹で吹ては煙(ケブ)くってならねえ」
けぶ‐が・る
〘他ラ四〙
けぶ‐さ
〘名〙

けぶ【煙・烟】

〘名〙 (「けぶり(煙)」の略) =けむり(煙)
※国町の沙汰(1674)「かほどの智職さへ六塵のけぶにまよひ、六根の罪はまぬかれがたきものを」

けむ【煙・烟】

〘名〙 =けむり(煙)〔名語記(1275)〕
※俳諧・へらず口(不角撰)(1694)「そら焚(たき)の烟(ケム)を霞のさくらの間」

えん【煙・烟】

〘接尾〙 戸数をかぞえるのに用いる。
※続日本紀‐慶雲元年(704)一一月壬寅「始定藤原宮地。宅入宮中百姓一千五百五烟」

けぶた・し【煙・烟】

〘形ク〙 ⇒けぶたい(煙)

けむた・し【煙・烟】

〘形ク〙 ⇒けむたい(煙)

けぶ・し【煙・烟】

〘形ク〙 ⇒けぶい(煙)

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