生口島(読み)イクチシマ

デジタル大辞泉 「生口島」の意味・読み・例文・類語

いくち‐しま【生口島】

《「いのくちしま」とも》広島県南東部、瀬戸内海芸予諸島中の島。瀬戸内しまなみ海道のほぼ中央、尾道瀬戸田町にある。面積31平方キロメートル。最高峰南西にある観音山(標高472メートル)で眺望がよい。島の斜面ではミカンジョチュウギク栽培が盛ん。島内には寺院が多く、向上寺の三重塔国宝に指定され、耕三こうさん寺は「西の日光」といわれる。瀬戸内海国立公園に属する。

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日本歴史地名大系 「生口島」の解説

生口島
いくちじま

芸予げいよ諸島中の一島で、東に因島(因島市)、西に大三おおみ(愛媛県越智郡)、南に岩城いわぎ伯方はかた両島(越智郡)があり、北は高根こうね島、佐木さぎ(三原市)を経て本土に対する。その間、それぞれ狭い瀬戸を通じている。面積三〇・三八平方キロ。島の東南部の一部は因島市、他は瀬戸田町に属する。全島ほとんど花崗岩の山地で、東西に分水嶺を形成し、西部には標高四七二・三メートルの観音かんのん山があり、東部の山も四〇〇メートルを超える。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「生口島」の意味・わかりやすい解説

生口島
いくちじま

広島県南東部、瀬戸内海の芸予(げいよ)諸島東部の一島。面積31.05平方キロメートル。尾道(おのみち)市に属する。周囲には東に因島、南に愛媛県の岩城(いわき)島、伯方(はかた)島、西は大三(おおみ)島、北に佐木(さぎ)島、高根(こうね)島がある。花崗(かこう)岩からなる島で、最高所は観音山の472メートル。

 鎌倉時代までは京都の長講堂所領で、江戸時代には広島藩の蔵入(くらいり)地であった。江戸時代の中ごろから多くの塩田が開発された。現在はミカン栽培が主で、早出し野菜の栽培も行われる。中心の瀬戸田には国宝の三重塔(1432年建立)で知られる向上寺(こうじょうじ)や西の日光とよばれる耕三寺(こうさんじ)がある。東部の御寺(みてら)には古刹(こさつ)光明坊がある。西部の海岸に環境省選定「日本の名水浴場88選」の一つ「サンセットビーチ」がある。生口橋(1991年完成)が因島と、多々羅(たたら)大橋(1999年完成)が大三島と結び、それぞれ本州四国連絡橋尾道―今治(いまばり)ルート(西瀬戸自動車道=瀬戸内しまなみ海道、1999年5月全通)の一部をなす。高根島とは高根大橋で結ばれる。また、三原との間にフェリーの便がある。人口1万0597(2000)。

[北川建次]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「生口島」の意味・わかりやすい解説

生口島
いくちしま

広島県南東部,瀬戸内海に浮かぶ芸予諸島東部の島。尾道市に属する。本土の三原市との距離は 5km余。平地に乏しく,最高点は観音山 (472m) 。山頂まで斜面を段々畑に利用し,レモン,ミカンの栽培が行なわれる。北岸一帯はノリ,カキ,真珠貝の養殖地。北西の瀬戸田港付近に「西の日光」と称される耕三寺がある。本州四国連絡橋の一つ,生口橋が 1991年に因島との間に完成。周辺海域は瀬戸内海国立公園に属する。面積 (2002) 31.06km2。人口1万 1501 (1996) 。

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百科事典マイペディア 「生口島」の意味・わかりやすい解説

生口島【いくちじま】

芸予諸島中の島で,広島県尾道市に属する。面積31.21km2。中世,生口庄が成立し,生口船が知られる。江戸時代田には塩田が開かれた。最高点は南部の観音山(472m)。島内をしまなみ海道(本州四国連絡橋尾道・今治ルート)が通じる。
→関連項目芸予諸島瀬戸田[町]

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改訂新版 世界大百科事典 「生口島」の意味・わかりやすい解説

生口島 (いくちしま)

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