数学の基礎に関する一つの立場である。数学を単に形式的な論理的演繹(えんえき)体系とみなす形式主義に対し、直観主義では、数学的真理や対象が、数学を考えていく意味や内容によって直接にとらえられるものであるという考えにたつ。直観主義の先駆者としては、古くはL・クロネッカーとH・ポアンカレをあげることができる。数学を根本から直観主義的に再構成しようと最初に試みたのはブラウアーLuitzen Egbertus Jan Brouwer(1881―1966)である。彼は形式主義を掲げるヒルベルトと激しく論争を続けた。現在、直観主義という語は、このブラウアーの伝統を引く数学の一分野をさすことが多い。
ブラウアーは1908年に、アリストテレス以来の古典論理の法則に批判を投げかけた。彼は、「AかAの否定が成り立つ」ことをすべての命題Aについて正しいとする排中律を認めない。たとえば、排中律「集合Sには、性質Pをもつ元が存在するか存在しないかいずれかである」という命題Mを考える。いま、集合Sのおのおのの元について、それが性質Pをもつか否かを決定できるものと仮定しよう。Sが有限集合ならば、Sの各元について性質Pをもつかどうかを調べ尽くすことができ、Mが成り立つことがわかる。しかし、このようなPについても、Sが無限集合のときには事情が違う。すなわち、Sの無限個の各元が性質Pをもつか否かを調べ尽くすことはできない。確かめていって、性質Pをもつ元をみつければ、命題Mは実証される。しかし、そのような元をまだみつけていないときには、Sには性質Pをもつ元が存在しないのか、あるいは、存在するのにまだみつけていないのかを知ることはできない。ブラウアーは、排中律「AかAの否定」は、AかAの否定のうちのどちらか一方が正しいことがわかったときにのみ正しいのであって、前出の無限集合Sの場合には、排中律を、論理の普遍的に正しい法則としては認めない。同様に、「与えられた性質をもつ対象が存在する」ということは、そのような対象をみつけるか、あるいはそのような対象を構成する方法が与えられたときにだけ証明されたものと認める。したがって、「存在しない」という仮定から矛盾を導いて「存在する」ことを間接的に導くような証明を認めない。これは、命題Aの否定の否定(二重否定)からAを導くことを拒否することにつながる。こうした考え方は、その後多くの数学者たちからも受け入れられた。
ブラウアーは、直観主義の立場から、解析学や集合論を展開したが、従来の数学とは非常に違い、また実際の数学の理論に適用するにはあまりにも複雑なものとなった。しかし、彼の考え方は、数学の基礎の研究には重要な役割を演じた。また、彼の用いた論理は、その後、直観主義論理として整理され、現在も重要な研究対象である。フランスのボレルやルベーグらも、直観主義的立場からの数学批判をする学者であるが、その議論の基礎にある諸概念の分析に、経験主義的な考え方をも取り入れているので、半直観主義とかフランス経験主義とかよばれている。
[西村敏男]
L.E.J.ブローエルによって提唱された数学基礎論における立場をいう。数学を単に形式的な論理的演繹の体系と考える形式主義や論理主義に対して,直観に基づく精神活動によって直接にとらえられるものとして数学を再構築しようというもの。たとえば,〈性質p(x)を満たすようなxの存在〉を示すのに,〈いかなるxに対しても,p(x)ではない〉ことを仮定して矛盾を導くという論法が数学でしばしば用いられるが,xが無限の対象を動く場合には必ずしも明白なものとは認められない。p(x)を満たすxが具体的に与えられるか,あるいはそのようなxが原理的に見いだせることが確認されてはじめて〈p(x)を満たすxが存在する〉ことが確かめられるのである。このように,直観主義においては数学で通常用いられる論理(古典論理)の無制限の使用,とくに排中律(p∨p)の無批判な使用を拒否する。みずから規定した立場に基づいてブローエルが進めた解析学は通常のものとかなり異なった様相をもっており,形式主義の立場に立つD.ヒルベルトと激しく対立した。その後,ハイティングArend Heytingらによる直観主義者の用いる論理の公理化(直観主義論理),K.ゲーデルによる解釈,クリーネStephen Cole Kleeneによる帰納的関数を用いての解釈などにより直観主義の立場はかなり明白なものとなって,今日では直観主義数学ないし構成的数学として発展している。また,証明論においてヒルベルトのいう有限的・構成的手法とは実は直観主義者的手法といっても過言ではないことがわかってきた。
執筆者:柘植 利之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…L.E.J.ブローエルは,数学的真理や対象は数学を考える精神とかかわりなく存在するとはせず,経験的・直観的精神活動によって直接にとらえられるものであって,実際に構成できる対象だけが数学的存在であると主張する。ブローエルが提唱した立場は直観主義と呼ばれ,この立場では排中律は一般には成り立たないものとされる。ススリンM.J.Souslinによる解析集合(ボレル集合の拡張)の発見(1917)を端緒として,ルージンN.N.LuzinやシェルピンスキW.Sierpińskiらが精力的に解析集合論,一般に記述集合論と呼ばれる分野の研究に着手したのもこの時代である。…
…この派の主張は数学を論理学に還元するというものにほかならない。次は直観主義であり,オランダの数学者ブローエルを始祖とし,ハイティングA.Heytingその他の後継者が研究を進めている。これは数学を広義の直観に帰着せしめようとする。…
※「直観主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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