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竹田出雲(2代) たけだ いずも

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

竹田出雲(2代) たけだ-いずも

1691-1756 江戸時代中期の浄瑠璃(じょうるり)作者,座本。
元禄(げんろく)4年生まれ。初代竹田出雲の子。延享4年初代の没後大坂竹本座の座本となる。並木宗輔らと合作で「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」などの名作をのこした。宝暦6年11月4日死去。66歳。名は清定。初名は竹田小出雲。号は千前軒,外記。通称は親方出雲。
【格言など】女は嫉妬に大事を漏らす(「義経千本桜」)

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

竹田出雲(2代)

没年:宝暦6.11.4(1756.11.25)
生年:元禄4(1691)
江戸中期の人形浄瑠璃の興行主,作者。初代(元祖)出雲の子で名は清定。初代が没した延享4(1747)年に,初代竹田小出雲から2代目出雲を継ぎ,千前軒,外記の号も襲名した。通称親方出雲。父を助けて竹本座の経営に当たり,人形遣い大立者・初代吉田文三郎の独立の企てや,演者間の内紛などに悩まされながらも人形浄瑠璃全盛時代を持続させた。作者としては「太政入道兵庫岬」(1737)から「平惟茂凱陣紅葉」(1756)まで30作の正本および番付に名を掲げている。このなかに「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」などの傑作が含まれるが,立作者は出雲ではなく,合作者の並木宗輔(千柳)と考えられる。なお,初代小出雲を2代目出雲の前名とするのは祐田善雄説であるが,延享4年以前,早くは享保後期に初演された浄瑠璃の正本奥書に竹田出雲掾清定の署名を持つものが多くあり,2代目出雲は初代出雲生前から出雲と小出雲を同時に名乗っていたかと疑問を持たれている。2代出雲の子の清宜が3代出雲を継ぐが,人形浄瑠璃の人気は下り坂になって,竹本座は歌舞伎芝居となり,安永2(1773)年には名代(興行権)も譲って,竹田家と竹本座の関わり途絶える。<参考文献>祐田善雄『浄瑠璃史論考』,安田富貴子「初代近江と先代出雲」(『芸能史研究』66号)

(内山美樹子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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