日本大百科全書(ニッポニカ) 「糸」の意味・わかりやすい解説
糸
いと
各種の繊維を一定の方向にそろえ、適当な必要とする細さに引き伸ばしたのち、必要とする品質のために適当な撚(よ)りをかけ、均一な強伸度を保つように加工したもの。織物、編物、紐(ひも)、縫い糸など、広い範囲に使われる材料として主要な位置を占めている。糸は、大別して製造方法により、紡績工程からつくられる紡績糸(スパン・ヤーン)と、紡糸工程から生まれる繊条糸(フィラメント・ヤーン)に分けられ、さらに繊維原料の種類、紡績方法などにより細分される。また糸の構成方法により、単糸、双糸(双子糸)、三子糸、飾り糸や、加工方法により、シルケット糸、擬毛糸、擬麻糸や、織糸、メリヤス糸、編み糸などに分けられる。
紡績糸の製作は、旧石器時代にまでさかのぼり、人類はつる、樹皮、草皮などの繊維を裂いてつなぎ合わせて長い連続体とし、身体の装飾や紐衣(ちゅうい)として使用した。北アフリカ、タッシリの洞窟(どうくつ)遺跡に描かれた人物などには、その使用状況が伝えられている。しかし繊維自体には自然的制約があるため、これを加工して適当な細さに裂き、両端を絡み合わせ(績(う)むという)、長い連続体とした。繊維の利用は動物界にも及び、比較的長い動物繊維が使われ、照葉樹に寄生する野蚕(やさん)(山蚕)やクモの糸、人間の毛髪までが利用された。そして動物の家畜化が進行すると、繊維の短い羊毛や、野蚕を家蚕化して利用されだした。短繊維はよくほぐしたのち、刷毛(はけ)、櫛(くし)などを使って繊維をそろえ、十分な強度を出すために撚りをかけることが必要であった。このため手と膝(ひざ)、手の指先で擦り合わせて撚っていたが、十分な均一糸が得られなかった。ついで、紡錘車とよぶ木、骨、土製の円盤状のものに軸を通し、その一端に糸をくくり空中で回転させて撚る方法が生まれた。日本では縄文時代の土器や土偶に縄文の圧痕(あっこん)がみられるが、まだ紡錘車の出土をみないことから、手で撚りをかけたらしい。圧痕には1本の撚り紐だけでなく、三つ組み、四つ組みの紐もあり、また土偶の文様から紐衣をつけていたと推定するものもある。弥生(やよい)時代の遺跡からは紡錘車が出土しているが、糸を材料として網、編物、織物へ発展するためには、さらに紡績技術の向上と製織技術が導入されねばならなかった。ニューギニア高地人のように、現在なお編物文化しかもたない種族も、まだ世界各地にみられる。日本では、紡錘を台上でこすり合わせ回転を与える「手すりつむ」が、古代から中世にかけて一般に行われたが、中世末には中国から紡車が舶載されて紡績の能率は著しく向上し、また縮緬(ちりめん)のための強撚糸(きょうねんし)をつくる撚糸八丁車(はっちょうぐるま)も幕末には発明された。蚕糸は長繊維であるため撚りをかける必要はなかったが、近世にはすべて一定の撚りがかけられることになり、独特の光沢を増加させた。18世紀後半に始まる産業革命は、紡績機械に画期的発明をもたらし、ミュール・リング紡績機などにより大量生産化と均一な品質の糸を生産した。また日本では西欧の技術に依存せずに、臥雲辰致(がうんたっち)によりガラ紡(和紡績)が発明されている。さらに化学繊維・合成繊維の発明は、絹にかわる繊条糸を生み出し、飛躍的発展によって近代繊維工業は確立した。現在では綿花から糸まで生産が連続している一貫連続処理装置が完成し、製造設備の合理化と更新への道を歩んでいる。
糸の撚りは、その性能を維持するため適度の撚り回数が必要である。撚り方向は右(S)撚りと左(Z)撚りに分けられるが、繊維の種類や製織、仕上げ方法の違いによって一定していない。原始的手紡法では地域的に統一した方向をとるが、日本では右撚りが弥生時代からの特徴であったが、近代的機械紡績では一般に左撚りのものが多い。撚り回数は、織物の強伸度や風合いとも関係するので、普通糸の太さに応じて決められるが、特殊なメリヤス糸などには撚りの少ない甘撚り糸、縮緬などには強撚糸(こわより糸)を使う。この撚りを単糸にかけたものが片撚り糸で、いく本も撚り合わせると諸(もろ)撚り糸となる。またその撚りかけの順序によって、下(した)撚り、上(うわ)撚りと区別している。
糸の太さは、一定の重量または長さを標準として決められているが、糸の種類や慣習的事情により異なる。
(1)恒重式による番手は、おもに綿糸、化繊糸などに使われ、標準重量に対する糸の単位長をその糸の番手としている。たとえば重さ1ポンド(約0.45キログラム)で長さ840ヤード(約768メートル)の糸を1番手とし、同じ重量で1680ヤードの糸は2番手となり、番手数が多くなると糸は細くなる。毛糸、麻糸では、この標準重量、単位長が異なる。
(2)恒長式によるデニールは、おもに長繊維の生糸、ナイロンなどに使われ、標準長の重量中に含まれる単位重量の数値で表す。たとえば標準長450メートルで単位重量0.05グラムのものを1デニールとするので、9000メートルの重量をグラムで表す数値がデニールとなる。
[角山幸洋]