落合直文(読み)オチアイナオブミ

デジタル大辞泉 「落合直文」の意味・読み・例文・類語

おちあい‐なおぶみ〔おちあひなほぶみ〕【落合直文】

[1861~1903]国文学者・歌人。宮城の生まれ。旧姓、鮎貝。号は萩之家はぎのや。長編新体詩孝女白菊の歌」で世に知られた。短歌革新を唱えて「浅香あさか」を結成。著「萩之家歌集」「ことばの泉」など。

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精選版 日本国語大辞典 「落合直文」の意味・読み・例文・類語

おちあい‐なおぶみ【落合直文】

歌人、国文学者。陸前の人。号萩之家。直亮の養子。あさ香社を起こして和歌の革新に力を尽くし、与謝野鉄幹、金子薫園らを養成。第一高等中学などで国文学を講義した。長詩「孝女白菊の歌」、歌集「萩之家遺稿」、辞書ことばの泉」「言泉」、他に文法書「日本大文典」など。文久元~明治三六年(一八六一‐一九〇三

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「落合直文」の意味・わかりやすい解説

落合直文
おちあいなおぶみ
(1861―1903)

歌人、国文学者。文久(ぶんきゅう)元年11月22日、陸前国(宮城県)伊達(だて)家の重臣鮎貝(あゆかい)家に生まれ、幼名亀次郎。桜舎(さくらのや)、萩之家(はぎのや)と号した。落合直亮(なおあき)の養子となり、名を直文と改めた。伊勢(いせ)神宮教院に学び、国史、国文を修めた。1881年(明治14)上京、翌年東京大学古典科に入学したが、83年兵役のため中退、88年皇典講究所の国文教師となる。この年、長詩『孝女白菊の歌』を『東洋学会雑誌』に発表、七五調のロマン的叙事詩で反響をよぶ。92年、雑誌『歌学』創刊号に新しい歌観を示した和歌革新論を述べた。『日本大文典』『ことばの泉』などの編著があり、国文学者、教育者としても業績を残した。93年「あさ香社」を結成し、新派和歌の結社として与謝野鉄幹(てっかん)、金子薫園(くんえん)、尾上柴舟(おのえさいしゅう)ら多くの俊秀を育成。詩・短歌・文の改良を意図し、実作に示していった。

 歌の特色は、国士的な感慨を詠んだ作風から詠史的優雅な境地となり、主情的なものから人生の哀れに透徹した境地を生み出し、流麗な調べをもつ作風。明治36年12月16日没。没後『萩之家遺稿』(1904)、『萩之家歌集』(1906)がある。

[藤岡武雄]

 緋緘(ひをどし)の鎧(よろひ)をつけて太刀佩(は)きて見ばやとぞ思ふ山桜花

『『明治文学全集44 落合直文他集』(1968・筑摩書房)』

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百科事典マイペディア 「落合直文」の意味・わかりやすい解説

落合直文【おちあいなおぶみ】

歌人,国文学者。陸前伊達藩の重臣鮎貝の家に生まれ,国学者落合直亮(なおあき)の養子となる。号は萩之家(はぎのや)。東大古典講習科中退。《日本文学全書》刊行など国文学者としての業績のほか,《青葉茂れる桜井の》《孝女白菊の歌》の作者として知られ,和歌改良をめざして浅香社を結成,与謝野鉄幹尾上柴舟らの門下を育てた。《日本大文典》《ことばの泉》(のち《言泉》)などを出し,没後《萩之家遺稿》《萩之家歌集》が編まれた。
→関連項目金子薫園しからみ草紙新体詩

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改訂新版 世界大百科事典 「落合直文」の意味・わかりやすい解説

落合直文 (おちあいなおぶみ)
生没年:1861-1903(文久1-明治36)

明治の歌人,国文学者。号は萩之家(はぎのや)。宮城県生れ。伊達藩の名門鮎貝(あゆかい)家に生まれ国学者落合直亮(なおあき)の養子となる。東大古典講習科中退。一高,国学院などで教鞭をとるかたわら国語国文学の普及に力をそそぎ,《日本大文典》(1894-97),国語辞典《ことばの泉》(1898-99,のち《言泉》)などを出した。1888年長編叙事詩《孝女白菊の歌》で名声を得,93年4月にあさ香社を創立,実弟鮎貝槐園(かいえん),与謝野鉄幹らの俊秀を集めて新派和歌の基礎を築いた。没後刊行の《萩之家遺稿》(1904),《萩之家歌集》(1906)などがある。包容力にとみ,明治の革新歌人を育成した功績は大きい。〈霜やけの小さき手して蜜柑むくわが子しのばゆ風の寒きに〉(《萩之家歌集》)。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「落合直文」の意味・わかりやすい解説

落合直文
おちあいなおぶみ

[生]文久1(1861).11.22. 陸前,松岩
[没]1903.12.16. 東京
歌人,国文学者。号,桜舎,萩之家。神宮教院 (1877) ,二松学舎 (81) ,東京大学古典講習科 (82) に学び,国史,国文,漢学を修得。 1889~98年第一高等中学教師。国語伝習所の創立 (89) に関係して晩年まで同所主任講師をつとめた。一方,89年,森鴎外に協力して「新声社」を結び,訳詩集『於母影 (おもかげ) 』を発表,続いて 93年2月,「あさ香社」を結成し,個性の尊重に基づく和歌革新の機運を導き,与謝野鉄幹,武島羽衣,尾上柴舟,金子薫園ら多くの逸材を育てた。国語辞書『ことばの泉』 (98完成) を編纂。長編新体詩『孝女白菊の歌』 (88~89) ,小学唱歌になった『湊川』 (99) は広く知られた。『萩之家遺稿』 (1904) がある。

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朝日日本歴史人物事典 「落合直文」の解説

落合直文

没年:明治36.12.16(1903)
生年:文久1.11.15(1861.12.16)
明治時代の国文学者,歌人。号は萩之家。陸奥国本吉郡(宮城県気仙沼市)生まれ。鮎貝盛房・としの子,落合直亮の養子。神宮教院を経て,明治15(1882)年,東京大学古典講習科に入学。21年,皇典講究所講師となり,長編新体詩「孝女白菊の歌」を発表。22年,一高の教師に迎えられる。この年,『日本主義の未来』を発表し,西洋崇拝に対する反動としての皮相な日本主義の風潮に警告を発して,「真正の日本主義」を唱えた。時流に迎合しない落合の気骨がうかがわれる。また,池辺義象,萩野由之らと『日本文学全書』全24巻(1890~92)を共編。26年,短歌の革新を意図して,近代初の短歌結社浅香社を創立し,与謝野寛(鉄幹)らを育成した。29~31年,国語辞書『ことばの泉』(『言泉』)を編集。31年,病気のため一高を辞職,以後は著述に専念した。落合秀男編『落合直文著作集』(1991)がある。

(古田島洋介)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「落合直文」の解説

落合直文 おちあい-なおぶみ

1861-1903 明治時代の国文学者,歌人。
文久元年11月15日生まれ。落合直亮(なおあき)の養子。明治15年東京大学古典講習科に入学。のち皇典講究所(現国学院大)講師,第一高等中学校などの教師となる。短歌革新をめざし,26年浅香(あさか)社を結成。古典の普及や国語教育にもつとめた。叙事詩「孝女白菊の歌」で知られる。明治36年12月16日死去。43歳。陸奥(むつ)本吉郡(宮城県)出身。旧姓は鮎貝。号は萩之家。
【格言など】書を読まば最上の書を,師を択(えら)ばば第一流の人を(与謝野鉄幹に与えたことば)

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「落合直文」の解説

落合直文
おちあいなおぶみ

1861.11.15~1903.12.16

明治期の歌人・国文学者。陸奥国本吉郡生れ。号は萩之家(はぎのや)。仙台藩伊達家の家老鮎貝盛房の次男として生まれ,平田派の国学者落合直亮の養子となる。伊勢の神宮教院から東京大学古典講習科に学ぶ。1888年(明治21)長編新体詩「孝女白菊の歌」を発表。のち森鴎外らの新声社に参加,93年短歌革新をめざし,あさ香社を設立した。「日本文学全書」や国語辞典「ことばの泉」の編纂など,国語国文研究にも寄与した。

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旺文社日本史事典 三訂版 「落合直文」の解説

落合直文
おちあいなおぶみ

1861〜1903
明治時代の国文学者・歌人
号は萩之家。陸奥(宮城県)の生まれ。東大古典講習科中退。長詩『孝女白菊の歌』で文名を得た。古典の研究・普及につとめ,一方1893年浅香社を結成し,和歌革新運動を推進した。与謝野鉄幹はその門下。

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世界大百科事典(旧版)内の落合直文の言及

【於母影】より

…1889年(明治22)8月2日《国民之友》第58号の綴込み夏季付録として発表された。訳者は〈S.S.S.〉(新声社の略),メンバーは森鷗外,小金井良精夫人で鷗外の妹喜美子,落合直文,市村瓚次郎(さんじろう),井上通泰。鷗外の翻訳作品集《水沫集(みなわしゆう)》(1892)に再録するときに2編を加えて全19編となった。…

※「落合直文」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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