行政法規やそれに基づく行政行為によって課せられた義務の違反に対して,制裁として科せられる罰を行政罰といい,行政罰を科せられるべき義務違反を行政犯という。行政罰のうち,刑法に刑名のあるもの(懲役,罰金,科料等)を行政刑罰といい,過料という名称のものを行政上の秩序罰という。行政罰のうち,警察上の義務違反に対して科せられるものを警察罰,経済統制上の義務違反に対して科せられるものを統制罰,財政上の義務違反に対して科せられるものを財政罰という。公務員の懲戒や税法上の加算税などを行政罰と呼ぶこともあるが,普通には,これらは行政罰には含められない。
刑事犯は,それを禁止する法規の存在をまたず,その行為の性質から反社会性・反道義性が認められる(たとえば殺人)のに対して,行政犯は,その行為の性質からは当然に反社会性・反道義性が認められるものではなく,その行為が行政目的のためにする命令・禁止に反するために反社会性・反道義性をもつとし,その点で刑事罰と行政罰とが異なると説かれるが,その区別はある程度流動的・相対的である。
行政刑罰については,原則として刑法総則が適用される(刑法8条)が,特別の規定によって刑法総則と異なる取扱いが認められることがある(たとえば,旧たばこ専売法78条によれば,刑の酌量減軽や責任能力に関する刑法総則の規定の適用が排除・制限された。なお現行のたばこ事業法(1984)の附則24条参照)。刑事罰では,故意を原則とし,過失を罰することは少ないが,行政刑罰では,行政上の秩序を維持するため過失を罰することも少なくない。過失を罰する明文の規定を設ける場合もある(質屋営業法34条等)が,従業者の違反行為について行為者のみならず業務主をも処罰するという両罰規定を設けることが非常に多い(薬事法89条,食品衛生法33条等)。この規定は,従業者に違反行為があれば,業務主に監督不行届の過失があったことを推定し,推定を覆す事実が証明されないかぎり,業務主を罰することを定めるものである。行政犯については,以上のような過失を処罰する旨の規定がなくても,場合によっては,過失による違反を処罰できるという学説があり,最高裁判所の判例でもそのことを認めているものがある。行政刑罰を科する手続は原則として刑事訴訟法によるが,これには特例がある。間接国税・関税の犯則事件で,犯則者が罰金・科料に相当する金額を納付すべき旨の通告を国税局長等から受けてそれを履行すれば,処罰手続が終了するが,20日以内に履行しなければ,告発により刑事手続に移行する(通告処分)。また,交通事件について,簡易裁判所は,被告人に異議のないとき,検察官の請求により,公判前,即決裁判で5万円以下の罰金・科料を科することができ,被告人または検察官は,宣告の日から14日以内に正式裁判を請求することができる(交通事件即決裁判手続法。交通違反)。
行政上の秩序罰としての過料を科されるのは,届出・通知・登記・登録等をなすべき行政法上の義務を怠る場合のように比較的単純な違反であることが多いが,ときには反社会性の強い義務違反に対しても過料が科せられる場合があり,また,過料の金額の法定最高限は,きわめて低いものも50万円というような高いものもあり,立法政策は必ずしも統一的ではない。過料については,刑法総則は適用されず,客観的な義務違反があればこれを科することができ,故意・過失という主観的要件は要求されない。過料は刑罰ではないから,これを科するには刑事訴訟法の手続によることはない。一般の法律に基づく過料は,非訟事件手続法206条以下の定めにしたがって裁判所がこれを科する。地方公共団体の科する過料は,地方公共団体の長が行政処分としてこれを科し,不服申立てが認められ(地方自治法255条の2),さらに行政訴訟もできる。
執筆者:広岡 隆
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
行政上の義務違反に対して科せられる制裁。過去の義務違反に対して科せられる制裁であり、間接的には義務者に、義務違反を犯し、または継続することのないよう心理的圧力を加える効果を有するが、行政強制のように義務の履行を直接に実現する手段ではない。刑法に刑名のある刑罰(懲役、禁錮、罰金、拘留、科料。刑法9条)を科す行政刑罰と、軽微な違反行為に対して過料という制裁を科す秩序罰とに大別される。なお、公務員に対する懲戒処分も行政罰といわれることがある。
[阿部泰隆]
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