コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

記録所 きろくしょ

6件 の用語解説(記録所の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

記録所
きろくしょ

初め記録荘園券契所といい,荘園整理の目的で,後三条天皇により,延久1 (1069) 年設置された。太政官内の朝所 (あいたんどころ) をその事務所とする。天永2 (1111) 年には,荘園記録所といわれ,国司と荘園領主との荘園に関する相論 (訴訟) を審議する機関に変った。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

きろく‐じょ【記録所】

記録荘園券契所(きろくしょうえんけんけいじょ)」の略。
源頼朝の要請により、文治3年(1187)訴訟処理を主な目的として朝廷に設置された役所。
南北朝時代、建武政府が設置した、朝廷の重要事項を取り扱う訴訟機関。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

記録所【きろくしょ】

記録荘園券契所(けんけいじょ)の略称。令外官(りょうげのかん)の一つ。1069年後三条天皇が設けた荘園整理事業のための役所。天皇の死後消滅するが,のち白河上皇や源頼朝らが性格・機能の変化した記録所を設置。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

きろくしょ【記録所】

1069年(延久1)創設された〈記録荘園券契所〉の略称。のちにその性格・機能の変遷に応じて,〈記録所〉が正式名称となった。
[記録所の成立]
 後三条天皇は,1069年荘園整理令の発令に引き続いて,太政官の外局的機関として記録荘園券契所を設置した。その機能については当該項目を参照されたい。職員は,上卿(しようけい),弁,寄人(よりうど)から成り,長官の上卿には権大納言源経長,ついで権中納言源隆俊が,弁には蔵人右少弁大江匡房(まさふさ)が任ぜられた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

きろくじょ【記録所】

〔「記録荘園券契所」の略〕 1069年、後三条天皇によって荘園整理を進めるために設けられた役所。
1333年、後醍醐天皇が親政のため設けた裁断機関。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

記録所
きろくじょ

平安後期から戦国期に断続的に朝廷に設置された機関。(1)荘園券契(しょうえんけんけい)の真偽の勘決、(2)朝廷に関する所領の訴訟勘決などをおもに扱った。職員は、基本的には上卿(しょうけい)(参議以上)・弁(弁官)・寄人(よりゅうど)(外記(げき)・明法家(みょうぼうか)など)によって構成された。後三条(ごさんじょう)天皇の延久(えんきゅう)の記録荘園券契所((1)の機能)に始まり、白河(しらかわ)院政期の天永(てんえい)記録所(おもに(2)の機能)、後白河(ごしらかわ)天皇期の保元(ほうげん)記録所((1)(2)両機能)、後白河院政期の文治(ぶんじ)記録所(おもに(2)の機能)を経て、鎌倉期には訴訟機関として常設化するに至る。しかし、院評定(ひょうじょう)制が整備される鎌倉後期には、院の文殿(ふどの)にその機能を奪われるようになり、天皇親政時以外には設置されなくなった。伏見(ふしみ)天皇は1293年(永仁1)記録所を開き番編成で訴訟を扱った。後醍醐(ごだいご)天皇は1321年(元亨1)親政を開始すると、院政の象徴である「文殿庭中(ていちゅう)」(文殿裁判)を停止し、議定衆(ぎじょうしゅう)、記録所を置いた。これは建武(けんむ)政権の記録所に及んだが、雑訴決断所(ざっそけつだんしょ)が設置されると、重事のみの裁決を行う機関となった。建武政権崩壊後も天皇親政時には設置され、「記録所庭中」が行われたが、室町期にはしだいに訴訟機関としての実を失った。その後は不明な点が多いが、戦国期までその名がみえる。[飯沼賢司]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の記録所の言及

【文殿】より

…ところが1246年(寛元4)後嵯峨上皇が院中に評定衆と伝奏を置き,評定と奏事をもって政務を運営するに及び,評定目録や奏事目録などを文殿に保管し,文殿の明法官人らに訴訟の審理・勘申を命じ,さらに文殿に庭中(法廷)を開くに至った。こうして院文殿は〈貴賤の訴訟〉をひとえに成敗する所といわれた朝廷の記録所と同質化し,天皇親政のときは記録所,院政のときは院文殿が政務の重要な機関となった。ついで南北朝時代に入っても,北朝では院政が継続し,文殿雑訴法が定められて,庭中式日・越訴式日が設けられ,伝奏(着座公卿または上卿ともいう)が着座して訴訟や議事を指揮した。…

※「記録所」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

記録所の関連キーワード執権秦致貞延久記録荘園券契所国免荘十段荘家野球の殿堂延久荘園整理令荘園記録所

今日のキーワード

災害派遣

天災地変その他の災害に際して,人命または財産の保護のために行なわれる自衛隊の派遣。災害出動ともいう。都道府県知事などの要請に基づいて,防衛大臣が派遣することを原則とするが,特に緊急を要する場合,要請を...

続きを読む

コトバンク for iPhone