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講座派 こうざは

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

講座派
こうざは

1925~35年頃,日本資本主義の性格規定をめぐって日本のマルクス経済学界を2分した「日本資本主義論争」において,日本資本主義の本質は軍事的半封建的性格にあると主張した人々。講座派の名称は当初この派の人々がおもに岩波書店刊行の『日本資本主義発達史講座』 (1932~33) に自己の学説を唱えたことから発した。その代表的論客山田盛太郎平野義太郎であり,それぞれの主著はのちに『日本資本主義分析』 (34) ,『日本資本主義社会の機構』 (34) として刊行された。おもな論客はほかに羽仁五郎服部之総山田勝次郎大塚金之助らがいる。これに対抗したのは,向坂逸郎伊藤好道土屋喬雄大内兵衛らの学者,評論家のグループ (いわゆる労農派 ) であったが,その論争は決着をみないまま第2次世界大戦後に持越され,日本共産党と日本社会党との一線を画す論点の一つとなった。

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百科事典マイペディアの解説

講座派【こうざは】

日本資本主義論争において明治維新を不徹底なブルジョア革命と規定,半封建的農業関係の規定的意義を強調し,労農派と対立した学派。《日本資本主義発達史講座》(1932年―1933年)で主張を展開したためこう呼ばれた。
→関連項目猪俣津南雄明治維新山田盛太郎

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世界大百科事典 第2版の解説

こうざは【講座派】

1930年代におこなわれた日本資本主義論争で,日本資本主義における封建制の存在を強調した学派。名称の由来は,1932年から翌年にかけて野呂栄太郎・平野義太郎・山田盛太郎・大塚金之助の編集によって刊行された《日本資本主義発達史講座》(岩波書店,1982復刊)にこの学派が結集したことによる。おもなメンバーは上記4人のほか,羽仁五郎・服部之総・小林良正・山田勝次郎・井汲卓一風早八十二細川嘉六らで,相川春喜井上晴丸・守屋典郎らも加わった。

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大辞林 第三版の解説

こうざは【講座派】

日本資本主義分析において半封建的性格を強調し、労農派と論争した野呂栄太郎・山田盛太郎などをはじめ、服部之総・羽仁五郎らを中心とする社会科学者のグループ。「日本資本主義発達史講座」の編集・執筆を行なったことからこう呼ばれる。 → 日本資本主義論争

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世界大百科事典内の講座派の言及

【経済学説史】より

… それとともに,《資本論》の経済理論に基づき,日本資本主義の歴史的特性をどのように明らかにすべきかをめぐり,マルクス学派の内部に大規模な日本資本主義論争が展開される。そのなかで,野呂栄太郎山田盛太郎羽仁五郎らの講座派(封建派)は,コミンテルンの指示による日本共産党の二段階革命路線を支持し,明治維新後の日本の農村にも封建的地主制が存続しており,これと都市のブルジョアジーとの双方に支えられた絶対主義的天皇制の変革をともなうブルジョア民主主義革命が,社会主義革命に先だってまず行われなければならないと主張していた。これに対し,山川均荒畑寒村,向坂逸郎らの労農派は,明治維新がすでにブルジョア革命であり,その後の日本社会は資本主義の発展に規定されており,農民もますます賃金労働者に転化しつつあるとみて,一段階革命路線を支持したのであった。…

【コム・アカデミー事件】より

…1936年の講座派研究者に対する検挙事件。《日本資本主義発達史講座》の刊行(1932‐33)にともない,明治維新や地主制の性格をめぐる日本資本主義論争は白熱化した。…

【日本資本主義論争】より


[論争の争点]
 論争の主要な争点の第1は,地主的土地所有の本質規定をめぐるものである。《講座》に結集した学者たち(通称講座派)は,地主が取り立てる現物・高額の小作料は,小作農民の全剰余労働を搾取する高率小作料であって,本質において封建的な半封建地代であるとした。これに対して,櫛田民蔵,猪俣ら(労農派)は土地は商品化しており,地主・小作の関係は契約にもとづき,土地緊縛などの経済外的強制も存在しないのであるから,本質的にいって近代的な前資本主義地代であると主張した。…

【マルクス経済学】より


[日本資本主義論争]
 そのなかで最も重要な論争は,いわゆる日本資本主義論争であった。 まず,野呂栄太郎平野義太郎山田盛太郎らによって編集された《日本資本主義発達史講座》(1932‐33)に結集したマルクス経済学者は,一般に講座派と呼ばれたが,彼らは当時の日本資本主義の性格を次のように理解した。明治維新はまだブルジョア革命ではなく,封建的土地所有の単なる再編過程にすぎない。…

【マルクス主義】より

… そのなかで,1932年コミンテルンは〈32年テーゼ〉を示し,日本を半封建的地主とブルジョアに依拠する絶対主義的天皇制国家と規定して,社会主義革命へ強行的に転化するブルジョア革命を日本革命の戦略とした。このような日本資本主義(社会)像をめぐっての論争は,野呂栄太郎などによって企画され,羽仁五郎,服部之総,山田盛太郎,平野義太郎らマルクス学者の執筆する《日本資本主義発達史講座》(1932‐33)となり,これを契機に,猪俣津南雄,向坂逸郎,櫛田民蔵らの労農派と《講座》執筆者ら講座派の間で,日本社会の特質をめぐって日本資本主義論争(封建論争)が行われた。このころ,政府の弾圧は治安維持法によって激烈に行われたが,非合法の共産党員をはじめ多くの知識人がマルクス主義の政治と研究に加わり,日本のマルクス主義研究は,国際的にも高い水準を示した。…

※「講座派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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