コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

荒畑寒村 あらはたかんそん

7件 の用語解説(荒畑寒村の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

荒畑寒村
あらはたかんそん

[生]1887.8.14. 神奈川
[没]1981.3.6. 東京
社会運動家。小学校以外,正規の学校教育は受けていない。堺利彦幸徳秋水社会主義論に傾倒し,1904年平民社に入る。まもなく社会主義伝道行商に加わって田中正造を知り,足尾鉱毒事件を素材に,07年処女作『谷中村滅亡史』を著述。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

あらはた‐かんそん【荒畑寒村】

[1887~1981]社会運動家。神奈川の生まれ。本名、勝三。明治37年(1904)横浜平民結社を組織、社会主義宣伝のための伝道行商を行う。赤旗事件人民戦線事件などで数度入獄。労農派として活動し、第二次大戦後、日本社会党結成に参加。著「谷中村滅亡史」「寒村自伝」など。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

荒畑寒村【あらはたかんそん】

社会主義者。横浜出身。独学しつつ,幸徳秋水堺利彦らの論説で社会主義に開眼。《平民新聞》の編集に従事し,1907年政府の谷中村強制収容に憤慨して《谷中村滅亡史》を著す。
→関連項目管野スガ近代思想土岐善麿売文社宮嶋資夫

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

荒畑寒村 あらはた-かんそん

1887-1981 明治-昭和時代の社会主義者。
明治20年8月14日生まれ。幸徳秋水らの反戦・社会主義思想に共鳴し,明治37年横浜平民結社を組織。大正元年大杉栄と「近代思想」を発刊。共産党,社会党の結成に参加するが,のち離党した。社会党時代の昭和21年衆議院議員(当選2回)。昭和56年3月6日死去。93歳。神奈川県出身。本名は勝三。著作に「谷中村滅亡史」「寒村自伝」など。
【格言など】死なばわがむくろをつつめ戦いの塵にそみたる赤旗をもて(「寒村自伝」)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

あらはたかんそん【荒畑寒村】

1887‐1981(明治20‐昭和56)
社会運動家。本名勝三。横浜廓内の台屋の子として生まれる。1901年小学校卒業後,海軍を志願したが果たさず,外国商会のボーイ,造船工見習職工となり,独学する。03年,堺利彦,幸徳秋水連名による《万朝報》の〈退社の辞〉に感激し社会主義者となる。翌年,社会主義協会に入会,横浜平民結社創立。05年,社会主義宣伝のために東北伝道行商を行う。07年,政府の谷中村強制収用に憤慨して《谷中村滅亡史》を出版(即日発禁となるも,後世に残る名著となった)。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

あらはたかんそん【荒畑寒村】

1887~1981) 社会主義者・評論家。横浜生まれ。本名、勝三。平民社の運動に参加後、社会主義の普及に尽力。日本共産党創立に参画、のち離党して労農派の中心として活動。第二次大戦後、日本社会党創立に参加。晩年は文筆活動に従事。著「寒村自伝」など。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

荒畑寒村
あらはたかんそん
(1887―1981)

社会主義者。本名勝三。明治20年8月14日横浜に生まれる。高等小学校卒業後、外国商館のボーイ、海軍造船工廠(こうしょう)の見習い職工をしながら独学。幸徳秋水、堺利彦(さかいとしひこ)らの反戦・社会主義思想に共鳴して1904年(明治37)平民社の活動に参加。翌1905年社会主義宣伝のための伝道行商に出発、途上で会った田中正造の姿に感激、谷中(やなか)村問題を詳しく知り、これをもとに1907年20歳のとき処女作『谷中村滅亡史』を著した。1908年赤旗事件で入獄。1910年の大逆事件後のいわゆる「冬の時代」には堺の売文社を手伝い、1912年(大正1)には大杉栄らと『近代思想』を発行、サンジカリズムの宣伝に努めた。その後、労働組合運動の研究と実践にかかわり、しだいにマルクス主義の立場に移っていった。1920年社会主義同盟の創立、1922年日本共産党の創立に参画したが、1927年(昭和2)には福本イズムに反対し第二次共産党への入党を拒否、雑誌『労農』の同人となり、以後労農派マルクス主義の立場で活躍。1937年の人民戦線事件で検挙され下獄。第二次世界大戦後は日本社会党中央委員となり、衆議院議員に2回当選(1946~1948)したが、1948年(昭和23)には脱党、以後文筆活動に力を注いだ。早くからロシアのナロードニキに共鳴し、戦後『ロシア革命運動の曙(あけぼの)』を著した。昭和56年3月6日死去。[北河賢三]
『『寒村自伝』(1965・筑摩書房) ▽『荒畑寒村著作集』全10巻(1976~1977・平凡社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の荒畑寒村の言及

【赤旗事件】より

…筆禍事件で入獄していた山口は直接分派問題に関係がなかったこともあり,久しぶりに両派が一堂に会して盛大な歓迎会を開いた。会の終了後,革命歌を歌いながら荒畑寒村らが準備した〈無政府共産〉〈無政府〉と白文字を縫いつけた赤旗を振り回したため,これを阻止しようとする警官隊と路上でもみあいとなった。格闘の末,大杉,荒畑,森岡栄治,佐藤悟などと管野スガら婦人4名,さらになだめ役だった堺利彦,山川均も含め14名が検挙された。…

【足尾鉱毒事件】より

…そして日露戦争下世論の鉱毒問題離れが進むなかで,上流と下流の被害農民を分断し,甘言と強権をもって下流の谷中村民を遠くは北海道のサロマベツ原野などに移住させた。07年かつて陸奥の秘書で前年まで古河鉱業の副社長だった内務大臣原敬は,遊水池化に抵抗する16戸の残留民に土地収用法を適用し,強制破壊を行った(同年8月刊の荒畑寒村《谷中村滅亡史》は即日発禁とされた)。田中正造と残留民はなおも仮小屋をつくって住み続け,土地の不当廉価買収訴訟を起こし(1919年控訴審で一応勝訴)谷中村復活を目ざした。…

【解放】より

…創刊号に〈宣言〉をかかげるなど,他の総合雑誌とは性格を異にし,労働問題,社会問題がとくに重視され,社会主義思想の影響を強く受けた。黎明会,新人会の会員が執筆したほか,荒畑寒村,堺利彦,山川均,山川菊栄などの社会主義者も毎号のように登場している。文芸欄には小川未明,宮地嘉六,金子洋文らが執筆,しだいに労働者作家,社会主義的作家の寄稿が増加したが,関東大震災のため23年9月終刊した。…

【近代思想】より

大杉栄荒畑寒村によって1912年10月に創刊された思想・文芸誌。月刊。…

【マルクス主義】より

…人道主義的立場から《貧乏物語》(1917)を書いていた河上肇は,個人雑誌《社会問題研究》を創刊(1919)し,しだいにマルクス主義研究を進めた。また堺や山川均,荒畑寒村らも《社会主義研究》や《新社会》を発刊して,〈我々の旗印とは何ぞや,曰くマルクス主義である〉と宣言(1919)し,労農ロシアのボリシェビズムへと向かった。一方,大杉栄は荒畑寒村とともに雑誌《近代思想》を創刊(1912)し,アナルコ・サンディカリスムの立場から新しい思想的啓蒙を行っていたが,クロポトキンの《相互扶助論》の訳出をはじめ,アナーキズムを広める活動を行った。…

※「荒畑寒村」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

荒畑寒村の関連キーワード蒲生正男遠藤隆吉赤神良譲伊串英治井之口政雄権田保之助武田良三竹中勝男橋浦時雄山岸巳代蔵

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone

荒畑寒村の関連情報