警察官の職務執行のために必要な手段について、即時強制の権限を中心として一般的に規定した法律(昭和23年法律第136号)。警職法ともいう。明治以来、行政目的実現のための行政上の強制手段を一般的に定めた法律として存在した行政執行法(明治33年法律第84号)が1948年(昭和23)に廃止されたため、これにかわるべきものとして制定された。当時、日本の統治権が占領軍の管理下に置かれ、非軍事化、民主化が強力に推進されていたという時代的背景に基づき、個人の人権の保護についてきわめて詳細かつ注意深い規定を置いていることが特色である。警察官が個人の生命、身体および財産の保護、犯罪の予防、公安の維持などの職務を忠実に遂行するための手段として、質問、保護、避難等の措置、犯罪の予防および制止、立入り、武器の使用について規定しているが、これらの手段をとることができる場合を厳格に制限しているほか、第1条2項において、これらの手段をその目的のため必要な最小限度において用い、濫用にわたるようなことがあってはならない旨、とくに注意を促している。これらの手段のおもな内容は次のとおりである。
(1)質問 警察官は、犯罪を犯し、もしくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者、または犯罪について知っていると認められる者を停止させて質問することができ、また、その場で質問することが本人に不利であり、または交通の妨害になると認められる場合には、付近の警察署、交番等への同行を求めることができる(2条)。
(2)保護 警察官は、精神錯乱または泥酔のため、自己または他人の生命、身体または財産に危害を及ぼすおそれのある者や、迷い子、病人、負傷者等で適当な保護者を伴わず、応急の救護を要すると認められる者は本人が拒まない限り、警察署等の適当な場所に保護しなければならない。この警察の保護は、簡易裁判所の裁判官の許可状がない場合には24時間を超えてはならない(3条)。
(3)避難等の措置、犯罪の予防および制止、立入り 警察官は、天災、事変、交通事故等危険な事態がある場合、関係者に警告し、とくに急を要する場合には、危害を受けるおそれのある者を避難等させ、または関係者に必要な措置をとることを命じ、または自らその措置をとることができる(4条)。警察官は、犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは、その予防のため関係者に警告し、急を要する場合には、その行為を制止できる(5条)。これらの場合において、切迫していてやむをえないと認めるときは、警察官は他人の土地、建物等への立入りができる。また、興行場等多数の客の来集する場所には、犯罪、危害の予防のため、公開時間中に限り立入りできる(6条)。
(4)武器の使用 警察官は、犯人の逮捕もしくは逃走の防止、自己もしくは他人の防護、公務執行に対する抵抗の抑止のため必要と認める相当な理由のある場合には、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用できる。ただし、正当防衛、緊急避難その他一定の事由に該当する場合でなければ人に危害を与えてはならない(7条)。
[宮越 極]
1958年(昭和33)10月8日、政府(岸信介(きしのぶすけ)内閣)は、警察が当時の社会情勢に適応した職務執行ができるようにするため、警察官職務執行法の一部改正案を国会に提出した。これに対し、かつての治安維持法の復活であるとする野党、労働組合等を中心として激しい反対闘争が展開され、結局この法案は成立せず、廃案となった。
[宮越 極]
警察官が個人の生命,身体および財産の保護,犯罪の予防,公安の維持ならびに他の法令の執行等の職権や職務を忠実に遂行するために必要な手段を定めている法律(1948公布)。警職法と略称する。本法は,行政目的を実現するための警察上の手段を定めているが,職務質問や武器使用は,犯罪捜査という司法目的のための手段としての機能をも有している。
旧憲法下の行政執行法(1900公布)は,警察上の即時強制について検束,仮領置,家宅侵入,売淫犯者に対する強制診断,強制治療,居住制限,土地物件の使用,処分,使用制限などの権限を定め,また,代執行,執行罰,直接強制を許していた。とくに検束は,その反復によって長期間の身柄拘束用や犯罪捜査用に使われ,多くの人権侵害問題を生じていた。行政執行法は,日本国憲法の定める基本的人権尊重の趣旨に照らして1948年に廃止され,代りに,行政上の強制執行に関して行政代執行法(代執行)が,また警察官による即時強制に関する一般法として本法が,制定された。
本法の規定する警察上の手段を,その行使の対象となる事態により分類すると,犯罪に関連のある異常事態への手段として停止,質問,同行要求,凶器検査,生命,身体の救護に関連のある異常事態への手段として保護,天災,事変,雑踏等による危険事態への手段として警告,引止め,避難,〈必要な措置〉,立入り,犯罪による危険事態への手段として警告,制止,立入り,武器使用となる。また,手段の強制性,任意性により分類すると,凶器検査,泥酔者等の保護,避難措置としての引止め,避難,犯罪の制止,危険事態の際の立入り,武器の使用等が強制手段であり,質問,同行要求,迷い子等の保護,犯罪予防のための警告,立入り要求等が任意手段である。
本法に規定された諸手段については,本法により創設されたものであり,明規された手段しかとりえないという説と,警察法により与えられた権限を例示的に確認したものであり,規定がなくとも合理的に必要な限度で実力を行使できるという説とが,対立している。国民に法律上の義務を課したり,実力で自由を制限して警察目的を実現するには(権限行使の一般的根拠をも定めているものの),組織法としての性格が強い警察法のみでは足りないというべきであるが,他方,本法についても,社会公共の安全と秩序の維持についての規定に不十分な点が指摘されよう。また,本法1条2項は,警察比例の原則(〈警察〉の項目参照)を規定し,諸手段の濫用を禁止している。それゆえ,本法に規定を欠いても,警察法のみを根拠として行使できるのは,相手方の意に反しない程度の任意の手段だけであり,相手方の意に反して実力を行使するには,直接にその手段を定めた個々の法律の条項を必要とすると解されよう。
執筆者:荒木 伸怡
1958年10月に岸信介内閣が国会に警察官職務執行法改正案を提出したことに反対する広範な国民運動。警職法改正の趣旨は第一線警察官の権限拡大にあった。改正案では〈疑うに足りる相当な理由のある者〉に対しては職務質問や所持品取調べができ(2条),〈犯罪が行われることが明らかであると認めたときは,その予防のため〉警告をし,その行為を制止できる(5条)などとされていた。そのため治安維持法の復活,警察国家の再来であるとの反対意見も出,日本社会党の反対で国会審議は停止した。労働団体,婦人団体,文化団体なども,〈この法案は人身の保護と良心の自由を守る憲法の原則を踏みにじるものだ〉として反対運動を展開した。11月5日には全国400万人の参加で〈国民統一行動〉を行うなど反対運動が盛りあがったため,政府は改正を断念し,衆議院の自然休会に伴って審議未了となった。
執筆者:高橋 彦博
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行政執行法にかわって警察官の職務権限を定めた法律。1948年(昭和23)7月公布。質問・保護・避難措置,犯罪予防のための警告・制止,武器の使用などを規定。58年岸内閣は改正案を国会に提出し,従来逮捕後とされた職務質問・所持品調べを犯罪を犯す疑いのある者にもできるとするなど権限の拡大をはかったが,社会党や諸団体の反対により審議未了となった。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
…たとえば,警察当局が危険視する政治的集会に参加しようとする者を,警察署で検束し,一度釈放したのちただちにふたたび検束し,または,他の警察署へ身柄を送るなど,〈むし返し〉〈たらい回し〉などと称せられる脱法的な運用がなされた。新憲法の下で,このような検束を認めていた行政執行法は廃止され,新しく制定された警察官職務執行法は,かつての予防検束のようなものは認めず,保護検束にあたるものを〈保護〉と称して認めている。それによれば,警察官は,精神錯乱または泥酔のため,自己または他人の生命,身体または財産に危害を及ぼすおそれのある者,および,迷い子,病人,負傷者等で適当な保護者を伴わず,応急の救護を要すると認められる者を発見したときは,とりあえず,警察署,病院,精神病者収容施設,救護施設等で保護し,事後すみやかに家族等へ通知するなど所定の措置をとらなければならない。…
※「警察官職務執行法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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