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弓削島荘 ゆげしまのしょう

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百科事典マイペディアの解説

弓削島荘【ゆげしまのしょう】

伊予国弓削島とその属島を荘域とした京都東(とう)寺領荘園。現在愛媛県弓削町(現・上島町)に属し,瀬戸内海のほぼ中央に位置する。古くから塩を産し,年貢を塩で納めたため〈塩の荘園〉で知られた。

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世界大百科事典 第2版の解説

ゆげしまのしょう【弓削島荘】

伊予国弓削島およびその属島(現,愛媛県越智郡弓削町)を荘域とした東寺領荘園。年貢として塩を納めたことから〈塩の荘園〉として知られる。弓削島は芸予諸島の東端,備後灘に面した島で,1135年(保延1)に伊予国留守所下文によって塩浜,田畠の所当官物を免除され,同時に国使不入の地となり,荘園として成立した。成立当初の領家は明らかでないが,鳥羽院ついで後白河院が本家職を保持していたと考えられている。源平争乱終結の後,大がかりな検注が実施され,ほぼ均等な交易畠(塩を貢納するかわりに与えられた畠)をもつ22の百姓名が設定された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

弓削島荘
ゆげしまのしょう

瀬戸内海の愛媛県越智(おち)郡上島(かみじま)町弓削島にあった中世荘園。この荘園がとくに有名なのは、塩を年貢としており、中世塩業の研究に重要な素材を提供しているためである。弓削島荘は立荘以降、鳥羽院(とばいん)領から後白河(ごしらかわ)院領となり、いわゆる長講堂(ちょうこうどう)領の一つであった。その後宣陽門院(せんようもんいん)領となり、女院から1239年(延応1)東寺(とうじ)に寄進された。1188、89年(文治4、5)の検注によれば、田地3町3反180歩、桑373本、畠(はた)26町3反180歩となっている。年貢はそれぞれ米4石8斗5升、塩373籠(かご)、麦12石3斗1升4合となっているが、麦は塩で代納されており、塩が年貢の中心になっていた。この検注で13町4反の末久名(すえひさみょう)(下司(げし)名)と22名の百姓名に編成された。各名には交易(かわし)畠と塩浜が配分されていたと考えられる。交易畠は塩を貢納するかわりに与えられた畠である。
 東寺は13世紀末の正応(しょうおう)年間(1288~93)地頭小宮氏と弓削島荘の知行(ちぎょう)をめぐって争い、鎌倉での訴訟となった。判決が出るまで数年もかかり、雑掌の鎌倉滞在も1年以上に及び、その費用は莫大(ばくだい)であった。そこで京―鎌倉間の送金に替銭(かえぜに)(為替(かわせ))が用いられたが、これは為替の早い例として有名である。地頭との争いは1303年(嘉元1)に3分の2を領家、3分の1を地頭とする下地(したじ)分割の和与(わよ)が成立し、13年(正和2)島を三分することになった。しかし、14世紀なかば以降になると小早川(こばやかわ)氏などの支配力が及んでくる。弓削島の塩は、名主でもある梶取(かじとり)が請け負って淀津(よどのつ)まで運ばれ、京都の塩商人に売却され、東寺はその代価を受け取った。[蔵持重裕]
『渡辺則文著『日本塩業史研究』(1971・三一書房) ▽高重進著『古代・中世の耕地と村落』(1975・大明堂) ▽網野善彦著『中世東寺と東寺領荘園』(1978・東京大学出版会) ▽林屋辰三郎編『兵庫北関入舩納帖』(1983・中央公論美術出版)』

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世界大百科事典内の弓削島荘の言及

【塩売】より

…とくに中世に入って瀬戸内海沿岸地方荘園から京都・奈良に送られていた年貢塩が途中の淀魚市などで販売されるようになると,大量の塩が商品として出回るようになり,その取引をめぐって各種の塩売商人が登場した。塩の荘園として有名な東寺領伊予国弓削島(ゆげしま)荘から送られてきた年貢塩を,問丸の一人と思われる備後弥源次が委託を受け1俵200文で販売したが,それを仕入れた京都の七条坊門塩屋商人は,その2,3日後京都で倍の価格で販売していた。一方瀬戸内海沿岸の製塩地には,製品塩の集荷商人,彼らから仕入れた塩を転売する荘官的商人まで現れた。…

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