能の曲名。四番目物。現在物。作者不明。シテは佐野源左衛門常世(つねよ)。ある雪の夜,上野(こうずけ)の佐野に着いた旅の僧(ワキ)が,常世の住む貧屋に宿泊を請う。いったんは断った常世だが,妻(ツレ)の言葉を受け入れて僧を連れ戻り,粟(あわ)の飯をすすめ,秘蔵の鉢植えの梅,松,桜を火にたいて,精いっぱいの歓待をする(〈上歌(あげうた)・クセ〉)。そして常世は,一族の横領にあってこのように落ちぶれているが,もし鎌倉に事が起きたら一番に駆けつけて命を捨てて戦う覚悟だと話す。翌朝,旅僧はなごりを惜しんで家を去る(〈ロンギ〉)。後日,鎌倉から諸国の武士に召集がかかる。常世もやせ馬に乗って駆けつけると,例の旅僧は前執権の最明寺入道時頼で,常世の言葉に偽りがなかったことを賞し,鉢の木のもてなしに報いるためだと言って,梅田,松枝,桜井の3荘を与える。舞踊的部分を欠く劇能だが,武士道賛美の主題が昭和初期まで好まれてきた。
→佐野源左衛門常世
執筆者:横道 万里雄
人形浄瑠璃,歌舞伎の一系統。能の《鉢木》を題材にした作品の総称。人形浄瑠璃では,早くから角太夫(かくだゆう)その他の古浄瑠璃《佐野源左衛門》や義太夫の《大友真鳥(おおとものまとり)》の中などに鉢の木の場面が採り入れられていた。また,古浄瑠璃《鎧之本尊女鉢の木(よろいのほんぞんおんなはちのき)》や1699年(元禄12)3月ごろの近松門左衛門作《最明寺殿百人上﨟》(大坂竹本座)には時頼が常世の妻に会うという女鉢の木の趣向が構えられ,とくに後者は1726年(享保11)4月の《北条時頼記(ほうじようじらいき)》(大坂豊竹座)に流用されて大当りをとっている。一方,歌舞伎では,1702年11月江戸中村座の《女鉢木三鱗》,07年(宝永4)11月江戸市村座の《鉢木大鑑》等々,江戸の顔見世狂言に仕組まれることが多かった。また,前記の《北条時頼記》も歌舞伎化され,さらに幕末期の代表作には,1858年(安政5)10月市村座の河竹黙阿弥作《小春宴三組杯觴(こはるのえんみつぐみさかずき)》がある。
執筆者:原 道生+服部 幸雄
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能の曲目。四番目物。五流現行曲。作者は不明。一族のために領地を奪われた上野(こうずけ)国の佐野源左衛門常世(つねよ)(シテ)は、妻(ツレ)とわびしく暮らしている。大雪の夜、1人の旅僧(ワキ)を泊め、秘蔵の鉢の木の梅・桜・松を焚(た)いてもてなし、いざ鎌倉というときは真っ先に馳(は)せ参ずる決意を語る。僧は実は各地の政治を視察していた最明寺(さいみょうじ)入道時頼(ときより)(後ワキ)で、その非常招集令にやせた馬にむち打ち、錆(さ)びた薙刀(なぎなた)を持った源左衛門(後シテ)が真っ先に駆けつけてくる。時頼は源左衛門の誠忠をたたえて、旧領の回復とともに、いつぞやの一泊の礼として梅・桜・松にゆかりの三領地を与え、全軍に不正に悩む訴訟あらば申し出よと告げる。源左衛門は喜び勇んで故郷へ帰っていく。封建時代にとくに好まれた能だが、雪の夜の人間的な連帯感が美しい。最明寺の巡視の話は、水戸黄門説話の原型でもあり、『増鏡(ますかがみ)』『太平記』などに載っているが、佐野常世の話はない。類曲に観阿弥(かんあみ)が得意としたという『横山(よこやま)』があり、零落した武士と妻と遊女の心意気を描く。1962年(昭和37)に復活上演された。
[増田正造]
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…上野国佐野(現,高崎市内)の住人という。謡曲《鉢木》の主人公として名高い。鎌倉幕府の執権北条時頼が出家して最明寺入道となり,旅僧に身をやつして諸国行脚の途中,上野佐野で大雪に遭い,貧家に一夜の宿を借りた。…
…《越中志徴》巻二の礪(砺)波郡西明寺村,《淡路名所図会》巻一の西明寺村,《下野国誌》芳賀郡益子郷西明寺,《新編相模国風土記稿》足柄上郡金子村最明寺,《蓮門精舎旧詞》巻二十五の信濃更級郡真島村最明寺,《越前国名蹟考》巻四の今立郡水海の最明寺堂など,いずれも時衆や遊行者の語りひろめた伝説の痕跡である。《増鏡》《太平記》に最明寺入道時頼の回国伝説がみえるが,謡曲《鉢木》は特に名高い。旅僧に姿をやつした時頼が上野の国佐野で大雪に道を失い,佐野源左衛門常世の零落した家に泊めてもらう。…
※「鉢木」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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