雁皮紙(読み)がんぴし

精選版 日本国語大辞典 「雁皮紙」の意味・読み・例文・類語

がんぴ‐し【雁皮紙】

〘名〙 和紙の一つ。ガンピのじん皮を原料とする手すき紙の総称。古くは斐紙(ひし)。紙質の薄いものを薄様(うすよう)といい、厚様(あつよう)は鳥の子と呼ばれた。古来から紙の王と称され、その強い紙質、高尚な肌合い、程よい光沢が喜ばれた。薄様は謄写版原紙や複写用に、鳥の子は高級印刷物などに用いられる。がんぴ。
洒落本・やまあらし(1808)一「そこに厂皮紙(ガンヒシ)があるから、なんなら返簡をかいておきなせへ」

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デジタル大辞泉 「雁皮紙」の意味・読み・例文・類語

がんぴ‐し【×雁皮紙】

ガンピ靭皮じんぴ繊維を原料とした和紙。質は密で光沢があり、湿気・虫害にも強く、古来「紙の王」とよばれて珍重される。鳥の子紙も同系統。斐紙ひし

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改訂新版 世界大百科事典 「雁皮紙」の意味・わかりやすい解説

雁皮紙 (がんぴし)

ガンピを原料とする紙で,楮紙(こうぞがみ)とともに和紙を代表する。数量では楮紙より劣るが,光沢のある紙で虫害が少なく,長い保存力をもつ点から高い評価を受け,料紙など高級紙に活用されてきた。ガンピはジンチョウゲ科に属し,その繊維はおよそ2.5~5mm程度でコウゾより短いがミツマタよりは長く,細く半透明で光沢に富み,緻密(ちみつ)でねばりのある性質がそのまま紙に現れている。ガンピにはキガンピ,サクラガンピなど種類が多いが,いずれも栽培が困難なので野生のものを採集している。したがって,大量の製紙が困難なため,雁皮紙の生産は,元来は多いものではなかった。

 古代において,雁皮紙は斐紙(ひし)と呼ばれていた。正倉院に残る紙の調査によれば,ガンピのみですく場合よりも,コウゾと混合してすく場合が多い。これはコウゾのみでは粗面になりやすい紙肌を,緻密な繊維のガンピを混入することで平滑な紙面にして,筆のすべりをよくする目的のほかに,ガンピに多く含まれるヘミセルロースの働きでコウゾの長い繊維を水中に浮遊させるなど,ねり剤の働きをし,このため紙料の水切れが遅くなり,これが流しずきを生んだものといわれる。なお,和紙の技法の特色である流しずきは,奈良時代から平安時代にかけての時期に完成されたと推定されている。平安時代には,ガンピの薄紙である薄様(うすよう)が,とくに貴族の女性の間で,仮名書きの手紙や歌を書く用紙や包紙など(懐紙)として愛用された。各色に染めた薄様を重ね合わせ,中間色になる効果を楽しむなど,半透明の雁皮紙の特色がよく生かされている。また料紙を飾っている内曇(うちぐもり)や飛雲(とびくも)などは,いったんつけ染やはけ染などで染紙にした雁皮紙を,叩解(こうかい)して着色した繊維に戻し,再びすき合わせたものである。内曇の技法は現在も越前紙に伝承されており,小間紙(美術紙)にはガンピを生かした手法が多い。中世には鳥の子紙や間似合紙(まにあいがみ)と呼ばれる雁皮紙が現れる。鳥の子紙は雁皮紙の未ざらし色が鶏卵の淡黄色に似ているところから名前が出た。間似合紙は半間の襖(ふすま)の幅に間に合うところから生まれた紙名で,耐火や伸縮防止のため石粉を混入してすく場合が多い。襖紙に用いられるとともに,水墨画などの画材用紙に使われた。なお,日本に渡来した宣教師は,雁皮紙を東洋の羊皮紙(パーチメント)と称して,キリスト教宣教のための書物用紙として愛用した。

 江戸時代に雁皮紙をすいた産地は十数ヵ国ほどあるが,江戸時代の全期を通して終始一貫すきつづけたのは越前(武生と敦賀)と摂津(名塩)の2ヵ国である。この雁皮紙の代表的な両産地は,現在もなお伝統を守りつづけている。越前の雁皮紙は,内曇,水玉,すき模様紙など技巧的な装飾を行うのを特色としている。名塩は雁皮紙のみをすく産地であるが,粉入り(泥入り)と称して,地元特産の岩石の微粉を混入してすくのが特色である。なお,各藩は藩札の偽造を防ぐため,特殊な性格を有する両産地に藩札の製紙を依頼することが多かった。

 明治維新以後,雁皮紙として最も生産が多かったのが,謄写版原紙に用いられる薄様であったが,近年,複写機の普及で急速に減少した。現在,雁皮紙の用途は,金箔等を打ち延ばす箔打紙,襖の下ばり用となった間似合紙,金糸や銀糸の地紙(台紙),仮名料紙,民芸紙の一部等である。とくに安部栄四郎(1902-84)の雁皮紙の厚紙は,民芸運動の柳宗悦がほめ,それが民芸紙誕生の機縁となったものである。安部は雁皮を黒皮のまま使って,力強い光沢を発揮しており,1968年に重要無形文化財〈雁皮紙〉の保持者に認定された。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「雁皮紙」の意味・わかりやすい解説

雁皮紙
がんぴし

日本の暖地に自生するガンピ(雁皮)の靭皮(じんぴ)繊維を原料とする和紙。ガンピは栽培が非常にむずかしいが、繊維が良質なため奈良時代から製紙に利用されてきた。『正倉院文書』や『延喜式(えんぎしき)』にみられる斐紙(ひし)は、ガンピや同じジンチョウゲ科のコガンピ、トサガンピ、ミヤマガンピ、キガンピ、オニシバリなどのほか、おそらくミツマタ(当時はサキクサといった)も原料としていた。麻紙(まし)や楮紙(こうぞがみ)は、古代中国や朝鮮半島でも早くから漉(す)かれていたが、とくに雁皮紙は「紙の王」とたたえられる風格をもった日本の特産である。中世以降の鳥の子紙や修善寺紙(しゅぜんじがみ)も同系統で、海外においても名声を博している。

 ガンピの繊維は繊細で均整がとれており、光沢があって粘性に富む。草丈(くさたけ)約2メートルの枝条を刈り取り、外皮を生(なま)はぎにして黒皮とするが、これを処理して紙とするまでの工程はコウゾ(楮)の場合と同様である。ガンピ繊維の粘性は、ヘミセルロースの含有量の多さに基づき、その化学構造はネリに用いるトロロアオイやノリウツギの粘質物と酷似している。また和紙抄造の際、繊維の叩解(こうかい)を速めて水中での繊維の均一分散を助け、簀(す)からの水漏れを遅らせて絡み合いを強め、地合いのよい強靭(きょうじん)な紙をつくるのに効果がある。コウゾなどの他繊維に混合抄紙した場合でも、その粘滑作用を発揮する。植物性粘液のネリを利用する日本独特の流し漉き法が考案された契機は、雁皮紙(斐紙)の製造から得られたものと考えられている。雁皮紙は質が密で、インクでもにじまない。

[町田誠之]

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百科事典マイペディア 「雁皮紙」の意味・わかりやすい解説

雁皮紙【がんぴし】

ガンピを原料とした強靭(きょうじん)で,美しい光沢がある薄い手すき和紙。奈良時代には斐紙(ひし)と呼ばれ,すでに写経に用いられていた。また平安時代には,とくに宮廷の女性たちの間で薄手の雁皮紙である薄様が染色されたうえ,懐紙などとして愛好された。明治時代以降は謄写版原紙,複写,図引きなどに使用された。現在では民芸紙としてその風合を楽しむ用途に使われている。主産地は岐阜・高知・静岡各県など。→
→関連項目生漉紙

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図書館情報学用語辞典 第5版 「雁皮紙」の解説

雁皮紙

「がんぴし」と読む.ジンチョウゲ科の植物であるガンピの靭皮繊維を主原料として漉かれた和紙.半透明で光沢のある高級紙で,耐久性に優れ,虫害を受けにくい特徴がある.

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「雁皮紙」の意味・わかりやすい解説

雁皮紙
がんぴし

ジンチョウゲ科の落葉低木のガンピの繊維を原料とした強靭で美麗な光沢のある薄葉紙。古くは斐紙と呼ばれた。用途は木版の版木用写図,絵画の粉本,謄写版原紙など。近年複写機の普及により生産,使用量とも激減した。また箔打紙,襖の下張り用の間似合紙,金糸・銀糸の地紙用などの特殊用途や民芸品,書道用紙の一部として用いられている。通常手すきであるが,機械ずきもある。岐阜と高知の両県で産する。

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世界大百科事典(旧版)内の雁皮紙の言及

【薄様】より

…非常に薄い雁皮(がんぴ)紙を指し,薄葉,薄用などとも書く。平安時代から用いられてきた名称であるが,本来,紙の厚さを指す言葉なので,厚様(あつよう)・中様(ちゆうよう)などという表現もある。…

【鳥の子紙】より

…中世につくられた雁皮(がんぴ)を主原料とした紙で,雁皮紙を代表する紙名といえる。鳥の子の名称は嘉暦年間(1326‐29)に初出する。…

※「雁皮紙」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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