音便(読み)オンビン

デジタル大辞泉 「音便」の意味・読み・例文・類語

おん‐びん【音便】

国語学での用語。発音上の便宜により、語中語尾の音が他の音に変化すること。音声上は、音韻脱落転化挿入などによる現象イ音便ウ音便撥音便促音便の4種がある。
[類語]イ音便ウ音便促音便撥音便

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精選版 日本国語大辞典 「音便」の意味・読み・例文・類語

おん‐びん【音便】

  1. 〘 名詞 〙
  2. 発音上の便宜に従って音が変化すること。
    1. [初出の実例]「我大師号舎枳也二合、随音便釈迦耳猶如大唐指於不得而読弗得皆是有成而異其名也」(出典:悉曇私記(9C後))
  3. 国語学では音韻の脱落、同化、交替などをいい、イ音便、ウ音便、撥(はつ)音便、促(そく)音便の四種の区別がある。それぞれ「イ」「ウ」「ン」「ッ」となるもの。これを国語学上の用語として規定したのは本居宣長であるが、宣長は連濁をも音便に含めた。
    1. [初出の実例]「古語の中にも、いとまれまれに音便あれども」(出典:随筆・玉勝間(1795‐1812)一)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「音便」の意味・わかりやすい解説

音便
おんびん

書キテがカテ、高キがタカ、早クがハヤ、取リテがトテ、飛ビテがトデとなるような音変化(子音・母音の脱落、子音の同化・変化)を音便とよぶ。2語が複合した場合の上の語の末尾に生ずることが多く、次の4種に分けられる。

(1)イ音便(キ・ギ・シなどがイとなる) キサ←后(キサキ)、コデ←漕(コ)ギテ、マテ←マシテ
(2)ウ音便(ク・グ・ヒ・ビ・ミなどがウとなる) ハヤ←早ク、カバシ←カグハシ、コテ←請ヒテ、ヨデ←呼ビテ、タノデ←頼ミテ
(3)撥(はつ)音便(ニ・ビ・ミ・リなどがンとなる) シデ←死ニテ、トデ←飛ビテ、ヨデ←読ミテ、サカニ←盛リニ
(4)促音便(チ・ヒ・リなどがッとなる) タテ←立チテ、オテ←追ヒテ、アテ←有リテ
 現代では、古い時代に生じた音便形が固定化して用いられている場合(タマツ〔松明〕←焚(タ)キ松、カ〔笄〕←髪掻(カミガ)キ)と、動詞形容詞の連用形のように音便形と元の形の両方が用いられる場合とがある。後者はいわば生きている音便とでもいうべきものだが、この場合、音便形・非音便形のいずれかを自由に選んで使うということはできない(この点が平安時代などと違う)。すなわち、動詞は、現代では四段動詞(サ行を除く)の連用形に助詞「て」「たり」や助動詞「た」がつく場合はかならず音便形を、「書ます」「よく遊よく学べ」のような場合はかならず非音便形を用いるのである。形容詞の連用形の音便形は、現代の共通語(東京語)では、「お早うございます」「暑うございます」のような言い方以外には用いないが、西日本方言では広く用いる。また、「買ひて」「会ひて」がカテ(→コーテ)、アテ(→オーテ)となるか、カテ、アテとなるかも、西日本と東日本とで分かれる。

 上代には音便の例はまれで、一般化するのは平安時代だが、和歌においてはのちのちまで音便形の使用は避けられた。音便発生の原因については、従来、「発音の便宜から」とされてきたが、これでは、「書き手」「漕ぎ手」がカイテ、コイデとならないことの説明ができない。また、四段動詞と違って上二段動詞は音便をおこさない(たとえば、置(オ)イテとはいうが起(オ)イテとはいわない)のはなぜかといったことも解決がついていない。音便の発生には漢字音の影響があろうとする説も古くからあるが、確定的ではない。

[安田尚道]

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改訂新版 世界大百科事典 「音便」の意味・わかりやすい解説

音便 (おんびん)

たとえば,〈つきたち〉が〈ついたち〉,〈かみかき〉が〈かうがい〉,〈をみな〉が〈をんな〉あるいは〈取りて〉が〈取って〉となるような音変化を総括して音便という。音便は,それ自体は音変化であるが,変化の結果が文法現象として固定した音便形になっており,今日では,顕著に認められる。なお,音便の一つの特徴は,歴史的かなづかいにおいても,表音的にこれを書くことである。音便にはつぎの4種類がある。(1)イ音便,(2)ウ音便,(3)はね音便(撥(はつ)音便),(4)つめ音便(促音便)。動詞のうち,音便形をもつのは,四段活用とナ行変格およびラ行変格である。

以上のごとく,音便形が四つの音便のどれをとるかは,動詞の所属する行によって,それぞれ一定している(もっとも,ある行,たとえばハ行の場合には,ウ音便とつめ音便とのどちらも許されるかのごとくであるが,これも一定の方言においては,一定している)。

 つぎに,形容詞については,(1)イ音便は,連体形体言につらなるときと,付属語〈かな〉につらなるときに現れる(たとえば〈かなしいかな〉)。なお,口語における終止の形(たとえば〈ああ,かなしい〉の〈かなしい〉のごとき)は,文語終止形(たとえば〈かなし〉)でなく,連体形が音便をとった形から生まれたものである。(2)ウ音便は,連用形に現れる(たとえば〈かなしうおぼゆ〉)。(3)はね音便は,〈よかんめり〉〈うれしかんべいこと〉など〈めり〉〈べし〉または〈なり〉につらなる言い方に現れる。(4)つめ音便も,かつて行われたことがある(たとえば〈うらめしかっしことども〉〈うらめっさ〉-うらめしさ)。

 音便は,種類によって,文献上の現れ方に遅速はあるが,おおむね平安時代の中期までに,ひと通り完成されていたと考えられる。音便の発達は,日本語のなかにかつては存しなかったはね音節(ン)やつめ音節(ッ)を加えたり,母音音節の〈イ〉や〈ウ〉が語中に立つことを新たに許したりするに至った点で,日本語の組織を大いに変えたものである。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「音便」の意味・わかりやすい解説

音便
おんびん

単語の語中,語尾の一定の音節が発音の便宜に従って,イ (イ音便) ,ウ (ウ音便) ,ン (撥音便) ,ッ (促音便) に変化した現象。イ音便はキ,ギ,シ,リから (透垣〈スキガキ〉→スイガイ) ,ウ音便はク,グ,ヒ,ビ,ミから (白ク→白ウ) ,撥音便はニ,ビ,ミ,リから (死ニテ→死ンデ) ,促音便はチ,ヒ,リから (勝チテ→勝ッテ) 生じた。名詞の場合は散発的であるのに対し,動詞,形容詞の活用形ではかなり規則的に生じている。この音韻変化の結果,文法上固定した形を,もとの形に対し「音便形」という。おそらく文体的な差を伴ってもとの形と共存していたと考えられる。平安時代の口語に生じた音便形は,次第にもとの形を圧倒し,現代語ではもとの形は用いられなくなった。したがって,名称はともかく,活用体系において音便形の占める文法的役割は,かなり異なるものとなっている。音便の原因は,漢語の影響とする説が有力であるが疑わしい。琉球方言でも特殊な音便形が発達している。なお,かなは音便の結果生じた音のとおりに書き改められるのが通例。

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百科事典マイペディア 「音便」の意味・わかりやすい解説

音便【おんびん】

日本語の音韻変化の一種。語中・語尾の音節キ・ギ・シ・リ等がイになるイ音便,ク・グ・ヒ・ビ・ミ等がウになるウ音便,ニ・ビ・ミ・リ等が撥(はつ)音になる撥音便,チ・ヒ・リ等が促音になる促音便の4種がある。これらの音便はいずれも大体平安時代の中期までにはひと通り完成されていたと考えられる。イ音便は,后(きさき)→きさい,序(つぎて)→ついで,まして→まいて,ござります→ございます,ウ音便は,高く→たかう,かぐはし→かうばし,問ひて→とうて,頼みた→たのうだ,撥音便は,死にて→しんで,呼びて→よんで,読みて→よんで,成りぬ→なんぬ,促音便は,立ちて→たって,戦ひて→たたかって,因りて→よって。音便の発達は日本語のなかにかつては存在しなかった撥音〈ン〉や促音〈ッ〉を加えたり,母音音節の〈イ〉や〈ウ〉が語中に立つことを新たに許したりするに至った点で,大いに日本語の組織を変えた。

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