人の肖像は,その人と密接に結びついていて,その人の人格価値そのものであるから,人の肖像を正当な理由や権限なくみだりに他人が写真,絵画,彫刻その他の手段で作成(複製)すること,また,これを公表することについては,肖像の本人に,作成についての拒絶権,公表についての拒絶権があると考えられ,これが肖像権である。
肖像権については,日本の法律には規定がないが,デモ行進中の者を警察官が写真撮影し,これに抗議した参加者が警官を竿で傷つけた刑事事件で,最高裁1969年12月24日判決が憲法13条を根拠に〈何人も,その承諾なしに,みだりにその容貌・姿態(〈容貌等〉という)を撮影されない自由を有するものというべきである。これを肖像権と称するかどうか別として,少なくとも,警察官が正当な理由もないのに個人の容貌等を撮影することは憲法13条の趣旨に反し,許されないものといわねばならない〉と判決し,以後民事事件でも,判例が認め,現に形成されつつある権利である。
肖像には,人格的な利益と経済的な利益があり,通常肖像権といわれる場合,前者の利益を侵害する者に対する,撮影拒絶権としての肖像権および公表拒絶権としての肖像権を指している。人格権としての肖像権である。いずれも侵害された場合,損害賠償の対象になる。またこの人格権としての肖像権により,差止めも可能と解される。ただし,肖像の作成・公表が,公益の利害に関し,もっぱら公益目的でなされ,その公表内容が相当と考えられる場合や,報道の自由の見地から,記事とともに肖像写真が掲載され,この記事と一体と判断されて記事が名誉毀損に該当しない場合,肖像写真は,肖像権侵害にならないとの下級審判例がある。
肖像の経済的な利益の面に着目して,構成される権利がパブリシティ権である。肖像利用権,肖像営利権ともいえよう。特に,俳優,芸能人,スポーツ選手等の有名人は,人格的な利益が通常人に比べて減縮される一方,自己の肖像・氏名を対価を得て第三者に利用させうるが,この経済的・財産的な権利がパブリシティ権である。
日本ではマーク・レスター事件(1976年東京地裁判決)が,パブリシティの用語を用いなかったが,俳優の氏名・肖像の営利目的での無断利用者に対し損害賠償を命じ,これはパブリシティ権を認めた最初の判決である。東京高裁1991年9月26日判決は,タレントの肖像・氏名をカレンダー等に無断で利用した者に〈氏名・肖像利用権〉に基づいて製造販売の差止めを命じ,〈人格権〉侵害により損害賠償を命じている。
→パブリシティ権 →プライバシーの権利
執筆者:大家 重夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
承諾なしに、また正当な理由なく、自分の肖像(顔、姿)を写真や絵画、彫刻などに写しとられたり、公表あるいは使用されたりしない権利。法律による明文の保護規定はないが、プライバシーの権利の一部として理解され、民法上は、人格に固有の非財産的利益である人格権の一つとして認められている。この権利を違法に侵害した場合には、不法行為(民法710条)として損害賠償の責任が生じ、あるいは公表や使用の差止めがなされることもある。たとえば、顔写真が無断でマスコミの報道に利用されたり、商品広告に使われたりした場合に、この権利の侵害が問題となる。例外として、報道写真のように公共目的の場合、あるいは政治家や芸能人のような著名人に関する場合は、一般に違法性がないものと考えられる。肖像権は、国家権力との関係では、とくに刑事事件の捜査に際して問題となる。デモ行進参加者に対する警察官による写真撮影の適法性が争われた「京都大学管理法反対デモ事件」における最高裁判決(1969年12月24日)は、憲法第13条で保障された幸福追求権の趣旨から、「個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容貌(ようぼう)・姿態を撮影されない自由を有する」とした。ただし、現行犯の場合で証拠保全の必要性、緊急性があり、相当な方法による撮影であるときは適法であるとしている。また、身体の拘束を受けている被疑者の写真撮影は、刑事訴訟法第218条2項で認められている。
[浜田純一]
(原田宗彦 早稲田大学教授 / 2007年)
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