翻訳|statistics
統計学とは何かということについては,いろいろな定義が与えられている。それを統計ないし統計的方法に関する学問と考えれば,その内容は一般に,(1)社会統計,(2)理論統計,(3)応用統計の三つに分けられる。
社会統計学は社会的制度としての統計を対象とする分野であり,それがふつうは政府の手によって作られるので,官庁統計と呼ばれ,それを対象とする学問は社会統計学とも呼ばれる。社会統計学においては統計の意義,統計調査法,統計制度,統計体系,統計の歴史などが研究対象とされる。そこでは統計の本質は,通常社会集団を対象とした大量観察の結果を数量的に表現したものとして意義づけられる。しかし,統計学はこのような統計が何を表すかを分析することを直接任務とすべきか,それともそれはそれぞれの社会科学分野の課題であって,統計学は統計的方法の意義を一般的に論ずることにとどまるべきかについて,古来論争がある。前者を実質科学説,後者を方法論説ないし補助科学説という。日本では一般に後者のほうが有力である。社会統計学の重要な課題の一つは,社会制度としての官庁統計の歴史的性格と,それによって生ずる社会的制約とを明らかにすることである。統計は社会の歴史的発展の過程のなかから,社会的要請に応じるために作られるに至ったものであり,したがって当然に社会の発展段階を反映する。またそれは政府と国民の協力と対抗の関係のなかで作られるものであるから,そこに社会の客観的状態に加えて,統計作成者の意図,調査される側の論理が反映し,そこから統計のひずみや限界が生ずる。そのことを前提にして統計を批判的に検討することも社会統計学の任務である。
理論統計学は,官庁統計のみならず,一般に集団的現象に関する数字データを扱う方法を考察する。それは一般に数理統計学とも呼ばれるが,数学的論理にのみ尽きるものではなく,一般に数字データの本質,その意義などを方法論的に吟味することも必要である。理論統計学の主要な分野は統計的データの分析法,および統計データの作成法の二つからなる。前者は狭義の数理統計学と呼ばれるものであり,それは統計データを整理要約する方法を考察する記述統計学と,確率モデルを前提にして,データから対象における未知の要素についての判断を導く方法を与える推測統計学の二つの分野からなる。記述統計学は度数分布,平均,標準偏差,相関などを扱う。統計データはすべて,対象の変動性,実施条件の不均一性,あるいは観測の誤差などに基づく偶然的な変動を含んでいる。このような偶然変動を確率的なものとみて,そのようなデータを通じて,客観的な対象についての判断を下す方法を研究するのが推測統計学,あるいは統計的推測理論と呼ばれるものである。そのためにデータについて,未知の母数を含んだ確率的構造を想定する。これを確率モデルという。それを前提にして,データから母数に関する推測を行う。推測のおもな形式として母数推定論,および仮説検定論,区間推定論がある。母数推定論は,未知母数について平均的に誤差がなるべく小さくなるような推定方式を求めることを課題とし,仮説検定論は,母数に関する一定の仮定(仮説)をデータによって検証する方法を扱う。また,母数の値がほぼ確実に含まれると思われる範囲を求めることが,区間推定論の目的である。数理統計学のなかにはこのような一般理論のほか,一つの対象について同時に多くの観測値が得られる場合のデータを扱う多変量解析法,対象の時間的変化を表すデータを扱う時系列解析法(時系列分析)などが,それぞれ独自の体系を作っている。
統計データの作成法を扱う分野として,標本調査法と実験計画法があげられる。標本調査法は多数の構成単位からなる大きい集団(母集団という)の特性値を,その構成単位の一部(標本という)だけを取り出して観察することにより,推定する方法を取り扱う。その際調査される対象を,なんらかの確率的方式に従って選ぶランダム・サンプリング(無作為抽出法)が一般に用いられる。実験計画法は,観測値がいろいろの理由による偶然変動を含むような条件のもとで実験を行い,結論を導く方法を扱う。その際,偶然変動を確率的なものとするためのランダム化(または確率化),実験条件を部分的に均一化するためのブロック化,結論の誤差を小さくしかつ誤差の大きさの評価を可能にするための繰返し,の三つの原則が用いられる。またいくつかの条件を同時に変化させて実験の効率化を図るとともに,いろいろな条件の組合せによって生ずる交互作用を知るために,要因実験の方法も開発されている。標本調査法は,官庁統計や社会調査において広く用いられている。統計的実験計画法は,科学的精密実験の方法とは異なる考え方を含むものであって,工業,農業,医療などの技術的応用の場において有効に用いられることが多い。
統計的方法はいろいろな分野に応用されているが,いくつかの分野ではその分野固有の論理と結びついて,それぞれ独自の理論体系を作り出している。それらはしばしば〈計量○○学〉という言葉で呼ばれる(英語では-metricsという)。その例として計量経済学,計量生物学,計量心理学,計量社会学,計量政治学などがある。またそういう名称では呼ばないが,工業における大量生産工程の製品に対する統計的品質管理の方法も,重要な応用分野である。また計量生物学と呼ばれるもののなかには,農業,医学,薬学,生態学などへの応用も含まれ,それぞれ独立した応用分野となりつつある。
統計学の前身として,ふつう政治算術political arithmetic,国状論Staatenkunde,確率論の三つがあげられる。いずれも17世紀にそれぞれイギリス,ドイツ,フランスで生まれたものである。統計そのものの作成は古く古代ローマあるいは古代中国にまでさかのぼることができるが,統計的な数字を用いて社会の客観的な認識が可能になることを説いたのがW.ペティであり,出生・死亡について法則性があることを実際に示したのがJ.グラントであった。彼らの方法は政治算術と呼ばれる。またヨーロッパ諸国の状況比較(国状論)を行ったのがH.コンリングであり,それは最初数字を用いなかったが,後には統計数字による比較も重視するようになった。また偶然現状の数理を扱うものとしての確率論は,B.パスカル,P.フェルマーらによる賭けのゲームの分析に始まったが,ベルヌーイJakob Bernoulli(1654-1705)は,それを体系化し〈推測の術〉として,その論理を明確化した。それは後にC.F.ガウス,P.S.ラプラスによって体系化され,誤差を含んだ測定値を処理するための最小二乗法が作られた。これらの流れを総合して近代的な統計学の概念を確立したのはL.A.J.ケトレである。彼は統計的方法に基づく社会認識の精密な科学としての〈社会物理学〉を構想する一方,統計の普及と官庁統計の確立,統計における国際協力にも努めた。ケトレの影響とそれに対する批判のなかから,統計的方法の社会的意義を論ずることを主要な課題とするドイツ社会統計学が成立し,19世紀後半から20世紀前半まで発展した。19世紀後半,ダーウィンの進化論の実証を目的として,生物学に統計的方法を応用する計量生物学がF.ゴールトンおよびK.ピアソンによって建設された。とくにピアソンは大標本理論を中心として相関,回帰分析,検定,推定の方法を作り出した。20世紀に入って小標本についての精密標本理論がW.S.ゴセットおよびとくにR.A.フィッシャーによって建設され,さらにネーマンJerzy Neyman(1894-1981),ピアソンEgon Sharpe Pearson(1895-1980),ワルドAbraham Wald(1902-50)らによって統計的推測理論は精密化された。またフィッシャーはロザムステッドの農事試験場の経験のなかから統計的実験計画法を作り出した。ネーマンはランダム・サンプリングの方法を提唱した。統計的方法のいろいろな分野,とくに心理学,経済学,工業(品質管理)への応用は20世紀に入ってから普及し,最近になってその応用分野はますます広がりつつある。
日本では統計学は近代的な統計制度とともに明治の初期に導入された。第2次大戦前は社会科学全体と同じように,ドイツ社会統計学の影響が強かったが,戦後になって推測統計学の方法が〈推計学〉の名のもとに導入され,論争も行われた。また標本調査法,統計的品質管理,実験計画法も,戦後になって輸入された。現在では理論・応用の各分野で活発な活動が行われている。
→統計
執筆者:竹内 啓
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
集団現象を数量的に観察・把握し、統計データを処理・分析する方法に関する学問。
統計学は元来、社会的集団の数量的側面を反映する統計数字をいかに作成するか=統計調査論と、その見方・使い方=統計の加工・利用論とを主たる内容とし、社会科学に属する学問であった。その伝統は今日も生きているが、19世紀末から20世紀にかけて、数字データを処理・分析する統計的方法の急速な進歩と、その応用領域の拡大に伴って、現在では一般に、統計学は、自然現象・社会現象の別にかかわりなく、さらに抽象的な数値の集団をも含めて、集団から抽(ひ)き出された数量的情報としての統計数字(数字データ)を処理・分析する統計的方法を研究するもの、との見解が支配的になっている。
統計学を統計の作成とその加工や利用、さらに統計的方法に関する学問とすれば、その内容は、(1)社会統計学、(2)数理統計学、(3)応用統計学の三領域にわたると考えられる。
[泉 俊衛]
統計学を統計方法に関する学問とする。ここで統計方法とは大きくは二つに分かれ、それは、社会や経済の現象を集団としてとらえて統計調査を行い、その結果から統計を作成する集団観察法と、得られた統計を利用し、また加工や解析などを加えて社会科学的な認識に役だてる統計解析法とをいう。統計は社会の歴史的な発展過程に照応し、それぞれの時代の社会的要請や、とりわけ政府・地方自治体の行政活動の必要からつくられることが多い。統計にはなによりもその信頼性と正確性が要求されるが、統計は社会の産物であり、調査者と被調査者との協力や対抗関係のなかでつくられ、そこにはさまざまの問題がある。このような視点から、社会統計学は統計の意義や特質、統計調査の理論と方法、統計制度や統計体系のあり方、統計の歴史、そして社会科学的視点からの統計の加工や利用法などをその研究対象としている。
[泉 俊衛]
一般に集団的現象に関する数字データを処理・分析する方法を研究対象とする。その主要な分野の一つは数字データの分析法である。それは数字データを整理・要約し、集団について度数分布・平均・標準偏差・相関など統計解析的観察に基づいて分析・記述するものである(これは社会統計学の統計の加工や利用とも共通する)。また確率の理論に基づいて一部のデータから集団について有意義な情報を取り出す推測統計も用いられ、その形式として母数推定・仮説検定および区間推定などの方法論がある。いま一つの分野としては統計データの作成法を扱うもので、そこでは標本調査法と実験計画法がある。どちらも確率論の適用を前提とし、標本調査法は、観察対象である集団(母集団)の特性値を、その集団の一部(標本)の観察結果から推定する方法であり、実験計画法は、推測値がさまざまな理由から偶然変動を含むような条件下で、実験結果からどのようにして結論を導くかといった方法などを扱うものである。前者は統計調査や社会調査に広く用いられ、後者は工業や農業、さらには医療などの実践的な応用分野で用いられることが多い。
[泉 俊衛]
数字データの処理・分析法である統計的方法はいろいろの分野で用いられている。たとえば、経済学における計量経済学、経営学におけるオペレーションズ・リサーチ、生物学における優良品種の選別などであり、それらは数字データを扱う一般的な統計的方法を基礎としながら、経済統計・経営統計・生物統計などのいわば分野別に独自の統計的方法が、それぞれの分野の固有の論理と結び付いて形成されている。
[泉 俊衛]
人口・土地・物産などの統計がつくられた歴史は古代にまでさかのぼるが、学問としての統計学の形成は17世紀以降のヨーロッパにおいてである。統計学の源流は一般にイギリスの政治算術、ドイツの国情論、フランスの確率論の三つとされている。社会認識の実証的方法に統計数字を用いた先駆はイギリスのJ・グラントによる出生・死亡などについての法則性の発見であった。そういう実証的な研究方法はW・ペティによりさらに発展し、広く社会・経済の数量的分析に高められて、政治算術とよばれた。同じころドイツではH・コンリング(1606―1681)による国家についての諸知識を体系化して国家状態を記述する国情論が始められた。それは後継者G・アッヘンワルによって学問的形態を整えた。統計学Statistikという用語は、彼が自らの国情論につけたのがその初めである。また、フランスではB・パスカルなどによる賭(か)けの数理についての分析を契機として、数学における確率の研究が始まり、やがてJ・ベルヌーイ(1654―1705)、F・ガウス、S・ラプラスらによって古典確率論が大成された。これら三つの学問の流れを統合し近代統計学を確立したのがベルギーのA・ケトレーである。彼は確率の大数の法則を統計的研究方法の基礎とし、社会認識の精密な科学として社会物理学を構想し、また官庁統計の確立や統計の国際的な普及・協力に努力した。一般にケトレーをもって近代統計学の祖としている。その後、ケトレーの影響とその批判から、G・マイヤに代表されるドイツ社会統計学と、統計的方法を生物学の研究に応用したF・ゴルトンや、K・ピアソンなどによる数理統計学が始められた。20世紀に入ってR・A・フィッシャーなどにより小標本理論の開発、統計的推論・実験計画法などの研究が大成した。そして、数理統計学における統計的方法の応用は心理学・経済学・工学などへ普及し、最近ではその応用分野はますます広がりつつある。
日本への統計学の導入は、明治維新後の政府による近代的な統計制度の導入とともに始まった。この面で大きく貢献したのが杉亨二(こうじ)や呉文聡(くれぶんそう)らである。日本では一般にドイツ社会統計学の影響が強かったが、第二次世界大戦後に推測統計学が導入され、また、戦後の統計制度の改善・拡充期に標本調査のためのサンプリング理論が導入され、さらに統計的品質管理法や実験計画法なども導入された。そして、これら一連の数理統計学における理論と統計的方法の適用は、急速に各分野へ広がっている。
[泉 俊衛]
『竹内啓著『社会科学における数と量』(1971・東京大学出版会)』▽『武藤真介著『社会統計学』(1974・有斐閣)』▽『中村隆英・林周二編『統計学のすすめ』(1979・筑摩書房)』▽『中村隆英他著『統計入門』(1984・東京大学出版会)』▽『安川正彬著『統計学の手ほどき』(日経文庫)』
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(2013-7-5)
…また時間の変数を純虚数にとって場を考えるユークリッド場の理論や,幾何学的手法を駆使するヤン=ミルズ場など最先端の数学のいたるところに浸透している。(2)統計学 その数学的基礎を主として確率論に負っているため確率論とは一体となって進んできた。応用面から要請される種々の確率分布の解明は分布のパラメーターの推定法を提供し,検定法をも研究対象としてきた。…
※「統計学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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