改訂新版 世界大百科事典 「わらべうた」の意味・わかりやすい解説
わらべうた
子どもたちの遊びの中で,子どもによって選択され,作り変えられ伝えられる歌。わらべ歌(唄),童唄とも表記される。おとなが子どもの頃に歌った歌が伝えられることもあるが,おとなが子どものために創作した歌である童謡は,遊びで使う場合を除き,一般にここには含まれない。遊びの中ではなく年中行事の中で,子どもが参加し受け持つ歌,例えば正月の左義長(どんど焼き),夏の虫送り,秋の亥子(いのこ)などの歌もわらべうたとされる。いってみれば,わらべうたは子どもが歌う民謡(民俗音楽)である。
また,子守歌の中で,とくに眠らせるための歌は,おとなや子守娘が歌い,子ども本来の表現とは異なる性格をもち,わらべうたとおとなの民謡との中間的歌といえる。
わらべうたは子どもの遊び仲間の集団で共通し,集団が違えば歌の内容や遊びのルールも違い,子どもはその違いを厳密に区別する。しかし,多くはすぐに覚えられるような単純な構造をもつ。子どもはわらべうたに対して〈歌〉という意識をもっていない場合が多く,むしろ〈歌〉が鞠(まり)や縄と同様に遊びに欠かせぬ道具の一つと考えているようだ。だが,音楽的にみれば単純であっても民族の歌がもつ最も基本的な表現を含み,無意識の中で表現されるものであるだけに,原初的な音感覚をとらえることができる。
遊びによる分類
小泉文夫編《わらべうたの研究》(1969)では,現代の日本の子どものわらべうたを遊びによって10種に分類している。
(1)唱え歌 〈あした天気になれ〉などの唱えごとや数をかぞえたり数をよみ込んだ歌,約束やものえらびの歌,悪口やはやしことば,尻取りや頭韻あわせの歌,早口ことば,暗記歌,替歌などのことば自体を遊びとする歌。
(2)絵かき歌 〈棒が1本あったとさ〉などと歌いながら絵を描くもの。基本的にひとりで遊ぶものなので,即興的にどんどん変えられていくことが多い。日本のほか,数ヵ国にだけみられる。
(3)おはじき・石けりの歌 〈いちじくにんじん〉など遊び道具を地面や机の上にほうって遊ぶときの歌。数は多くない。
(4)お手玉・羽根つきなどの歌 遊び道具を上にほうり上げて遊ぶもの。〈おさらい〉や〈一番はじめは一ノ宮〉などのお手玉歌,〈ひとり来な〉の羽根つき歌のほか,風船,小石,けん玉遊びの歌など。数は少ない。
(5)まりつき歌(手鞠歌) 〈あんた方どこさ〉など。かつては女の子の遊びの中の主役であったが,近年あまり盛んでなくなった。それは技術的に難しく熟練しないと楽しめないなど種々の理由があげられよう。よく弾むゴムまりの普及で,立って足の技巧を中心とする遊び方になる以前は,床に座ってつき,速いテンポであった。まりつきから来るリズム感は,1拍が単位となるので,歌では2拍子や3拍子が混じったような柔軟な拍節になる。
(6)縄跳び・ゴム縄の歌 〈お嬢さんお入り〉など縄の中に入り跳ぶときの歌や,ゴムひもを跳んだりくぐったり,《春の小川》などの唱歌で足にからませながら跳ぶときの歌。縄跳びは昭和に入ってから普及し盛んに遊ばれたが,近年は廃れぎみである。なお,〈熊さん〉はアメリカの〈Teddy Bear〉が日本に輸入されたもの。縄跳び歌の拍子は,規則的にまわる縄を跳ぶ動作に由来するリズム感から,明確な強弱アクセントのある2拍子となる。
(7)じゃんけん・グーチョキパー遊びの歌 〈じゃんけんポイ〉など,グーチョキパーの三つの形で勝ち負けを決めるときの掛声のような歌や,勝敗を長びかせてよりスリルを味わうための歌。また,〈グリコ〉と3歩進む遊びなどバリエーションが多くある。手ばかりでなく足や舌,顔などでも行う。南・北アメリカでは日系人からじゃんけんが伝わり,少しずつ普及しているようである。
(8)お手合せ歌 〈せっせっせ〉などと,向かい合った2人がお互いの手のひらを打ち合わせて遊ぶときの歌。古くはストーリーのある歌詞につれて身ぶりを加えながらのものがかなりあったが,近年は《みかんの花》《桃太郎》など童謡や唱歌を歌いながら打ち合わせる,技巧に重点を置いたものが多い。〈おちゃらか〉とまったく同じものが韓国にもある。
(9)からだ遊びの歌 〈だるまさんにらめっこ〉〈ずいずいずっころばし〉〈おしくらまんじゅう〉など,遊び道具の代りに手や顔などのからだの一部や全体を使って遊ぶときの歌。これらはかなり昔から遊ばれており,今日でも子どもに愛されているものが多い。
(10)鬼遊びの歌 〈鬼ごっこ〉〈かごめかごめ〉〈今年のぼたん〉など,鬼を中心に遊ぶための歌や,関所遊びの〈通りゃんせ〉,子もらい遊びの〈はないちもんめ〉など,つかまえたり引っこ抜かれたりすることにスリルを感じる遊びのときの歌。この種の遊び歌の中にも古い歌がある。
現在の日本の子どもたちを取り巻く生活環境の変化は,自然現象や動植物の歌の大部分を失っている。核家族化は老人から孫への歌の伝達を切断し,安全な路地や場所も少なく,またテレビや塾などで,仲間と遊ぶ時間も減少し,ある種の歌は歌われなくなっている。とはいえ,逆に唱歌,CMソングや歌謡曲,テレビ・ドラマのテーマソングなどの中から,子どもの音感覚にとって受け入れやすい歌が遊びの中に取り込まれ作り変えられて,姿をかえつつわらべうたは生き続けている。
執筆者:小柴 はるみ
諸外国のわらべうた
子どもの世界で伝承される遊戯歌は,日本のわらべうたに限らず広く世界の諸民族の間に共通してみられる現象である。一般的には,英語でgame songs,game-rhymesまたはsinging gamesと呼ばれるものがそれにあたるが,つねに特定の遊戯が伴うとは限らず,もっぱら語呂のよいとなえ歌nursery rhymesも,むろんわらべうたの一種とみなされる。《マザーグース》はその典型的なもので,〈ジャックとジル〉や〈ロンドン橋が落っこちる〉などはイギリスの代表的なわらべうたということができる。中国語では〈児歌〉または〈童謡〉と呼ばれるが,やはり幼児が言葉や数を習得する過程で覚える数え歌や唱え歌が多い。一般的に音楽構造は比較的単純なものが多い。
わらべうたの通文化的な研究はいまだみるべきものがないが,乏しい資料を比較するだけでも,似通った遊戯があちこちに散見する。鞠つきや縄跳びのように道具を用いる遊戯はいうまでもないが,お手合せ歌や〈ずいずいずっころばし〉のように素手で遊ぶゲームや絵かき歌にも,文化を超えて共通なものがみられるのは興味深い。例えば,イランで最も広く知られる〈アタルマタル〉や,エジプトの〈ハーティヤ・マーティ〉は,一種の〈ずいずいずっころばし〉に伴う遊戯歌である。また日本の〈かごめかごめ〉などの鬼遊びに分類される遊戯歌も多く,今日ギリシアで広く歌われている〈イ・ミクリ・マリア〉はその一例である。〈通りゃんせ〉に類する遊戯歌も比較的多く,ギリシアの〈メリサ〉やスペインの〈パシミシ・パシミサ〉がその例である。一般にわらべうたの歌詞は,その地方の方言で歌われ,さらに子どもが無意識の中で再創造していくために変唱が多く,言葉の意味は前論理的でつじつまの合わないものが多い。と同時に子どもの世界はきわめて保守的でもあり,古い時代の儀礼の慣習がこの遊戯歌の中に保存されていることも指摘される。諸民族のわらべうたを比較してみると,一方で遠隔の地域間に意外な共通性がみられるが,同時に自然環境や文化を如実に反映した民族性の違いも,歌詞や音楽構造や遊戯のしかた,そして遊び道具にもはっきりと現れる。〈羊と狼〉というテーマは西アジアから欧米にかけて遊牧民族の間で広くみられるが,日本には本来的なものではない。早婚の風習がある地域のわらべうたには,結婚式と関連する遊戯や歌が多い。南スペインのように舞踊が生活の中に溶け込んでいる文化では,遊戯歌もおとなの民踊歌と密接な関係をもつ。
執筆者:柘植 元一
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