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アワ

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栄養・生化学辞典の解説

アワ

 [Setaria italica].カヤツリグサ目イネ科エノコログサ属に属する.雑穀の一つで,コメのようにして食べられるほか,製菓にも使われる.

出典|朝倉書店
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デジタル大辞泉の解説

アワ(AWA)

日本のAWA(アワ)社が運営する、ストリーミングによる定額制音楽配信サービス。平成27年(2015)6月にサービス開始。専用のアプリケーションソフトには、オンデマンド配信による聴取やプレーリストの公開、SNSを通じたプレーリスト共有などの機能がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アワ
あわ / 粟
foxtail millet
[学]Setaria italica Beauv.

イネ科の一年草。茎は1メートル未満のものから2メートルを超すものまである。穂は穎果(えいか)が密につき、フォックス・テール(狐の尾)の名のごとく動物のしっぽのような形に垂れ、長さ10~40センチメートル。穂の大きさなどでオオアワ(粱(りょう))Italian millet/var.maxima Al.とコアワ(粟)German millet/var. germanicum Trin.とに分ける。日本で栽培されるのはオオアワであるが、原産地は東アジア地域とされ、エノコログサから分化したと考えられる。ヨーロッパには石器時代に伝わっており、イタリア、ドイツ、ハンガリーなどでは古くから栽培されている。中国では黄河流域で紀元前2700年ころ栽培されたとする記録がある。日本には縄文時代に朝鮮半島を経て渡来したと考えられている。生育期間が短いので昔は高冷地ではもっとも重要な穀物の一つで明治後期には20万ヘクタール余りも栽培されていた。大正以降は減り続け、現在では郷土料理用などに特別に栽培される程度で、菓子用や小鳥の餌(えさ)用には輸入に頼っている。多くの品種があるが、栽培上は春アワと夏アワとに分ける。春アワは北海道や東北地方に適し、5月に種を播(ま)き、夏アワは西南日本の暖地で栽培され、6~7月に種を播く。[星川清親]

食品

五穀の一つに数えられ、日本に農耕が伝わったころからの重要な食糧であった。粒は、長さ2ミリメートルほどの球形または卵円形で、無色、やや黄色や灰青色を帯びることがあり、とくに、胚乳(はいにゅう)が黄みがかったものが良品質として好まれる。タンパク質や脂質に富み、精白粒100グラム当り、水分12.5グラム、タンパク質10.5グラム、脂肪2.5グラム、炭水化物72.6グラムで、熱量は363キロカロリーであり、消化吸収率も優れている。
 アワには糯(もち)種と粳(うるち)種とがあり、日本では糯種のほうが多いが、アワを主食とする国々では粳種のほうが多い。粳アワは、精白して一晩水を吸わせてから米と混ぜて炊く。糯アワは、単独で、あるいは糯米と混ぜて蒸して搗(つ)き、粟餅(もち)や粟団子(だんご)などにする。また飴(あめ)や粟おこしなどの菓子の材料や、泡盛などの醸造原料とする。最近では常食とする所はなくなり、菓子としての利用も激減した。中国北部では精白あるいは粉として主食にされる。とくに東北部では精白したものを小米、小米子、糯アワを粘穀(ねんこく)とよんで重要な食糧とされている。また、欧米では粉にして小麦粉と混ぜてパンにもされるが、製パン性や味はキビより劣るとされる。[星川清親]

人間との関係

アワが古い時代のユーラシアの夏雨気候帯で広く栽培されていたことは想像にかたくないが、起源地と伝播(でんぱ)経路についてはよくわかっていない。中国北部や日本、台湾など東アジアの雑穀として知られているが、アワ属を利用してきたのはアジアの人々だけではない。アフリカのサバンナ地帯にも多くの野生種があり、種子は食糧として古くから採集されてきた。同じように新大陸のメキシコでも、のちに主穀物となるトウモロコシが栽培化されるはるか以前の前7000年ごろから利用されてきた。しかしアフリカでも新大陸でも、人為的にアワが栽培されたことはなかったようである。
 栽培化されたアワに関するもっとも古い痕跡(こんせき)は、中国とヨーロッパに残っており、中国では初期仰韶(ぎょうしょう)文化の遺跡、半坡(はんぱ)の貯蔵穴から大量の籾殻(もみがら)が発見されたほか、山西、陝西(せんせい)、甘粛(かんしゅく)各省の同時期の遺跡からもアワやキビの遺残が発見されている。さらに共伴する農具や複雑な村落構造をあわせて考えても、前5000年から前4000年ごろまでの間にすでに栽培が始まっていたと思われ、乾燥に強いアワやキビは黄土によく適した作物であった。一方ヨーロッパでは、スイスのニーダビルなどの遺跡から、同じころ同種のアワが栽培されていたことが明らかである。ヨーロッパのアワはその後、オリエント起源のムギ類に凌駕(りょうが)されて重要性を失い、栽培と利用の中心はほとんど東アジアに限られるようになった。
 現在は米食が浸透したが、最近までアワに依存して生業を営んできた台湾の高砂(たかさご)諸族は、アワをめぐる複雑な儀礼を発達させていた。たとえば初刈りや後刈りのアワ、種アワの播き残りなどは「禁忌(きんき)のアワ」を意味することばでよばれ、家族を中心に父系民族以外での共食が禁じられていた。これに違反すると、食べた者も食べさせた者も死ぬとか、畑が不作になると信じられていた。[松本亮三]

民俗

アワは現在でこそ小鳥の餌(えさ)にされる程度で、われわれの食生活にはなじみが薄いが、日本人は古くからアワを常食してきた。稲作の普及が遅れた山村や離島はもちろん、農村においても、米だけを炊いたご飯は、正月や盆、祭りといったいわゆるハレの日を中心に食べられる程度で、普段には麦飯のほか、米にアワやヒエなどの雑穀や大根などを加えて炊いたものを食べていた。そのため、アワにまつわる習俗や儀礼も各地に多く伝承されてきた。
 伊豆諸島の御蔵(みくら)島では、正月12日の歳神(としがみ)の祭りに粟蔵(ぐら)(粟棚)をつくったとされており、愛知県北設楽(したら)郡では10月になると各自が持ち寄ったアワで餅をつき、日待(ひまち)(特定の日に村内の同信者が集まって御籠(おこも)りをすること)をしたという。そのほか、薩南諸島から八重山(やえやま)群島に至る南島地域では、アワの収穫を祝う粟祭りという行事が広く行われていた。[湯川洋司]

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