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収穫祭 しゅうかくさい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

収穫祭
しゅうかくさい

農作物の収穫にかかわる祭りや儀礼の総称。本格的な収穫期を前に少しの稲穂を刈って神に供える祭り・行事(→初穂)と,収穫が終わったあとで行なわれる祭り・行事とがある。宮中や伊勢神宮で行なわれている神嘗祭新嘗祭はその両者を代表する。家ごとに行なわれる年中行事では,近畿地方から山陰地方(→中国地方)で「八朔の穂掛け」と呼ばれている旧暦 8月1日の八朔行事が収穫前の行事で,刈り取った米を焼米にして供えたりする(→穂掛祭)。一方,東北地方で 9月29日に行なわれる行事や,関東地方などの 10月10日の十日夜,西日本の 10月亥の日の亥の子が,収穫後の行事として行なわれることが多い。また,畑作物の収穫にかかわる祭り・行事もあり,旧暦 6月15日または 7月の半夏生七夕に小麦団子を供える行事や,収穫したサトイモの長さを競い合う滋賀県日野町の芋競べ祭(9月1日),サトイモやダイコン,ダイズなど畑作物主体の神饌が供えられる岡山県新見市の倉嶋神社秋祭り頭屋行事(旧暦 9月18日)などが知られている。(→稲作儀礼

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百科事典マイペディアの解説

収穫祭【しゅうかくさい】

農作物の収穫を祝う祭。儀礼の対象には,トウモロコシ,ブドウ,ムギ,イネなど,その土地の主食,主産物となる作物が選ばれ,祈願,宗教的舞踊,初物の奉献などが世界各地で行われる。
→関連項目秋祭

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デジタル大辞泉プラスの解説

収穫祭

西澤保彦の長編ミステリー。2007年刊行。

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大辞林 第三版の解説

しゅうかくさい【収穫祭】

農作物のとりいれを祝う祭り。亥子いのこ・十日夜とおかんや・刈り上げ祝いなど多くの名称でよばれている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

収穫祭
しゅうかくさい

農耕儀礼の一つの段階で、主として農作物の収穫に感謝し、翌年の豊作を祈念する祭り。収穫期のはっきりしている作物については、多かれ少なかれ世界中で行われ、年中行事や祭りの基本をなしていることが多い。
 日本では、木の実や野草の採集から焼畑耕作に進み、さらに稲作を受け入れて水稲中心の農耕社会が形成された。米は栄養の面で優れており、日本人の嗜好(しこう)に合致したばかりでなく、温暖・湿潤の風土条件に適していた。狭い耕地に労働力を集約し、園芸農業といわれるほどに手をかけて多くの収穫を期待した。増殖と回生の冬祭り、年頭の予祝祭、農作業開始期の春祭り、防災除疫の夏祭りなど、稲作工程の折り目ごとに農耕儀礼が行われ、秋の収穫祭に至るのである。さらにその収穫祭も、収穫の前段階としての穂掛(ほかけ)祭り、稲刈り終了時の刈上(かりあげ)祭り、稲穂から粒を落とし終わった際の扱(こ)き上げ、籾殻(もみがら)を磨(す)り外す工程のあとの磨り上げ、全工程を終えてからの秋上げというように、各段階の終了のたびに、家族中心の小さな祝い事をしていた。それほどに稲作工程は手間暇のかかる激しい労働であったし、近隣の人々の援助を受けた場合は、それに報いる意味もあった。以下、収穫祭の諸儀礼の概略を示す。日本列島は南北に長く、高地・低地の落差が甚だしいばかりでなく、新暦と旧暦との混乱もあって、期日で押さえることは困難である。
 まず穂掛祭りは、8月1日の八朔(はっさく)、8月15日の月見、9月9日、社日(しゃにち)、秋彼岸(ひがん)などに行われる。餅(もち)を搗(つ)いて田の神を祭り、田から稲を1株とか4、5本とか刈ってきて田の神様の前に掛けたり、まだ未熟の稲で焼き米をつくって神に供えたり食べたりする。次の刈上祭りは、稲刈り作業終了時に一息つく意味での祝いをいう場合と、以後の作業工程ごとの祝いを含めて収穫祭全体をさす場合とがある。前者は各家の行事であり、後者は村の行事になっている例が多い。稲刈りが終わると、餅を搗いて祝い、鎌(かま)を飾って供物をあげたりする。刈り上げた稲は、以前は7日から10日間も天日に干して脱穀にかかる。機械化の進んでいなかったころは、脱穀調整に多大の労力と日時を要したので、刈り取った稲束を田の畦(あぜ)に積み上げておいた。それが稲村・稲積み・穂ニオ(堆)などとよばれるものである。稲村で田の神を祭ることがあったろうから、稲村は田の神の依代(よりしろ)とも考えられている。穂から粒を落とす工程は、扱箸(こきはし)、千把(千歯)(せんば)、足踏み脱穀機、動力脱穀機と改良されてきた。その作業が終わると、扱き上げ、箸(はし)納め、千把上げなどといって内祝いがあった。籾殻を外す工程は、竪杵(たてぎね)を使って臼(うす)で搗いていたが、土摺臼(どずるす)や木摺臼(きずるす)などの籾磨臼(もみすりうす)が普及したため、脱穀工程に組み入れられた。もとは籾のままで保存し、必要に応じて脱穀し精米していたのが、籾磨臼の普及によって作業の能率があがり、一挙に玄米の状態にして出荷もしくは保存することになったのである。その工程が終わると、磨り上げ、ニワじまい、ニワ上げなどといい、土間に散乱した米を集めてニワヨセ団子、ハキヨセ餅、ツツボ(土穂)団子などをつくって祝ったものである。最後の秋上げは脱穀調整の全部終わったときの祝いで、手伝ってくれた人々への御苦労振舞いである。秋忘れ、秋振舞いなどという。旧正月の直前まで延びるような場合は、収穫祭とは別の行事のように考えられている。
 収穫祭が村の祭りに組み込まれ、あるいは年中行事として固定したものも多い。旧暦の9月9日・19日・29日は物日(ものび)であるが、東北地方などは三度の九日(くにち)を一括して三九日(みくにち)とよび、とくに29日を刈り上げの節供として稲を取り入れてしまう。旧暦10月の亥(い)の日に行われる亥の子は、中国の俗信を受け入れたものであるが、日本では秋の収穫祭と結び付き、餅を搗いたり石搗き(亥の子搗き)をしたりして、まったくの収穫祭になっている。関東周辺では旧暦10月10日を十日夜(とおかんや)といい、藁(わら)鉄砲をこしらえて子供たちが田畑や家の前などをたたき歩く。長野県あたりではカカシアゲといって、案山子(かかし)を田の神の依代とし、田から庭先に迎えて供え物をしたりする。村氏神をはじめ各地の神社では、9月から11月の間に秋祭りを執行するのが一般で、これは当然に収穫祭の意味合いをもつものであり、11月23日の勤労感謝の日も第二次世界大戦前は新嘗祭(にいなめさい)とよばれて、国の祝祭日に数えられた収穫祭であった。
 畑作の収穫祭は、稲作ほどに作業工程が複雑でないこと、稲作の儀礼に吸収された面もあったらしいことなどから、表面に現れたものは少ない。麦作にも穂掛けの祝いがあって、徳島県や山口県の一部では初穂を畑や家の軒や竈(かまど)の上の壁にかけることがある。またダイコンの収穫などで、東北から中部地方にかけて、また他の地方でも、大根(だいこん)の年夜(としや)、大根の誕生日などという日が10月にある。[井之口章次]
『「年中行事覚書」(『定本柳田国男集13』所収・1963・筑摩書房) ▽にひなめ研究会編『新嘗の研究 第1輯』(1953・創元社)』

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