イリ(IRI)(読み)いり(英語表記)IRI

日本大百科全書(ニッポニカ) 「イリ(IRI)」の意味・わかりやすい解説

イリ(IRI)
いり
IRI

イタリア政府全額出資の産業復興公社Instituto per la Ricostruzione Industrialeの略称。イタリア最大の国営企業グループとして発展したが、国境を越えた経済のグローバル化、ヨーロッパ連合EU統合が進むなか、傘下企業を相次いで民営化し、IRIも2000年に解散した。

[風間信隆]

IRIの拡大発展

1933年、世界恐慌で打撃を受けた金融機関や製造業を立て直すため、独裁者ムッソリーニによって政府全額出資の持株会社としてIRIが設立された。ファシスト政権下で傘下企業の保護に加え、国防力の増強や経済的自立達成のためにIRIの権限は強化された。第二次世界大戦後、イタリア経済は市場経済を基本としながらも、その弊害を政府による公的介入を通じて是正するという「混合経済」体制によって、1950年代から1960年代初頭にかけて「奇跡の成長」とよばれる安定した高度成長を実現した。IRIも1948年に新しいIRI法の下に再生が図られ、戦前の政府統制が緩和され、官民協調体制の下での運営が目ざされるところとなった。トップマネジメントとして、総裁副総裁、金融・産業界の専門家3名、関係8省の代表から構成される理事会が設置され、この理事会が傘下企業の資金調達や投資に関する意思決定も行い、主要な金融機関や重厚長大型産業に属する大企業を支配していた。また、IRIの年次報告書は閣議議会に報告することが義務づけられていた。1956年には国家持株省が新設され、エネルギーから流通までを扱うENI(エニ)(全国炭化水素公社)などほかの国家持株会社とともに、IRIの活動もその監督下に置かれた。

 IRIはイタリア最大の国家持株会社として戦後のイタリア経済の発展に大きな役割を果たし、基幹産業育成や失業対策、さらには南部振興などを目的としてその産業支配を拡大した。ピーク時の1960年代には傘下に約300社、従業員60万人を擁する、世界でも売上高上位10社に入る巨大コングロマリットを形成、イタリア混合経済の象徴ともいえる存在となっていた。IRIは、電話、海運、機械、鉄鋼、造船、食品加工、情報などの業種ごとに持株会社を設置し、これらの持株会社がその傘下に多数の事業会社の株式を所有、支配していた。そのほか、アリタリア航空(現、アリタリア‐イタリア航空)、イタリア国営放送(RAI(ライ))など多数の直轄事業会社も支配していた。

[風間信隆]

民営化とIRIの解体

しかし、すでに1960年代から1970年代にかけて、イタリア経済の長期の低迷や経済のグローバリゼーションとともに、IRIに象徴される国家による経済への介入に対する批判も高まってきていた。とくに1990年代に入って、EU統合の深化の過程では、主要産業を政府が管理する経済システムに対してEU加盟国からの批判が強まった。さらに、EU経済通貨統合を目ざす「マーストリヒト条約」(1993年発効)により、財政赤字を国内総生産(GDP)の3%以内に抑えなければならないという事情もあって、1990年代後半以降、積極的な株式の売却による民営化が押し進められることとなった。1982~1989年、1993~1994年にIRI総裁を務めたロマーノ・プロディ(後にヨーロッパ委員会委員長)を首相とする中道左派政権「オリーブの木」の下で、1996年から1998年までにテレコム・イタリア、イタリア商業銀行、高速道路公団など傘下企業の民営化が相次いだ。IRIはこうした民営化により多額の株式売却益をあげるところとなり、1997・1998年度にも総額8兆リラに上る配当を国庫省に行い、政府の財政赤字の削減に貢献、イタリア政府の対GDP財政赤字も3%を切るまでに削減された。IRI傘下の造船・航空・防衛を手がけるフィンメカニカFinmeccanicaとローマ空港の保有株式の売却益だけで約13兆リラに上ったといわれる。イタリアの株式指標であるミラノ証券取引所株価指数MIB30のうちの9銘柄が、これらの民営化されたIRI傘下の元国営企業であり、またこうした民営化企業の時価総額はイタリア証券取引所上場企業の35%を占めた。傘下の国営企業の相次ぐ民営化により、IRIの存在意義がなくなった結果、2000年6月にIRIは清算され、67年の歴史に幕を閉じることになった。

[風間信隆]

『テオ・ティーマイヤー、ガイ・クォーデン編、尾上久雄・広岡治哉・新田俊三編訳『民営化の世界的潮流』(1987・御茶の水書房)』『伊藤カンナ著「戦間期イタリアにおける金融再編とIRI設立」(『土地制度史学』41巻2号通巻162号所収・1999・土地制度史学会)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

今日のキーワード

黄砂

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android