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シャルパンティエ シャルパンティエ Charpentier, Georges

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シャルパンティエ
シャルパンティエ
Charpentier, Georges

[生]1846
[没]1905.11.15.
パリの著名な出版業者。父ジェルベ・シャルパンティエ (1805~71) の跡を継ぎ,夫人とともに同時代の文学,音楽,美術の保護者として名をはせた。夫人の主宰するサロンにはゾラ,ドーデ,フローベール,ゴンクール兄弟,ロスタン,メーテルランクベルレーヌマラルメなどが集った。

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シャルパンティエ
シャルパンティエ
Charpentier, Gustave

[生]1860.6.25. デューズ
[没]1956.2.18. パリ
フランスの作曲家。リール音楽院で学んだのち,1881年パリ国立音楽院に入学,85年から J.マスネに師事。 87年カンタータ『ディドン』で,ローマ大賞受賞。 1900年代表作『ルイーズ』がパリのオペラ・コミック座で初演される。

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シャルパンティエ
シャルパンティエ
Charpentier, Marc-Antoine

[生]1643?. パリ
[没]1704.2.24. パリ
フランスの作曲家。ローマでジャコモ・カリッシミの教えを受けた。のちパリに帰り,イエズス会学校の楽長を務め,1698年サント・シャペルで楽長となる。作品には『メデー』(1693)をはじめとするオペラ,『ペテロの否認』ほかのオラトリオ,多数の教会音楽がある。

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百科事典マイペディアの解説

シャルパンティエ

フランスの作曲家。パン屋の息子として生まれ,バイオリンクラリネットを学ぶ一方,15歳から製糸工場で働く。その才能に驚嘆した工場社長の肝いりでリール音楽院に入学。

シャルパンティエ

フランスの作曲家。17世紀後半のフランス音楽を代表する大家の一人。生地や家系は判っていない。若くしてイタリアに3年間留学し,カリッシミの門に学ぶ。フランス帰国後,リュリと袂(たもと)を分かったモリエールの依頼を受け,そのコメディバレエのために《気で病む男》(1672年−1673年)などを作曲。

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ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者)の解説

シャルパンティエ

フランスの作曲家。1634年生まれ説もあるが、近年の研究では1643年生まれとされる。パリに生まれ、ローマでジャコモ・カリッシミに師事。ルイ14世には仕えなかったが、1680年代初めに王太子に仕え、こ ...続き

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世界大百科事典 第2版の解説

シャルパンティエ【Alexandre Charpentier】

1856‐1909
フランスの彫刻家,アール・ヌーボーの家具デザイナー。パリに生まれ,1890年代初期には生硬なイギリスアーツアンド・クラフツ・ムーブメントの影響を示していたが,世紀末ころから曲線のアール・ヌーボー様式に共鳴し,曲がりくねった裸婦のレリーフを加えた,彫塑的でリズミカルな様式の家具を設計した。ブリュッセルの〈レ・バン(20人展)〉(1895)および〈自由美学展〉(1899)に出品,またパリでは装飾美術家ジャン・ダンなどと1895年に〈5人展〉を結成,応用美術の刷新を試みた。

シャルパンティエ【Gustave Charpentier】

1860‐1956
フランスの作曲家。リールとパリの音楽院で学び,1887年にカンタータ《ディドン》によってローマ大賞を受けた。管弦楽組曲《イタリアの印象》(1890),3幕の交響劇《詩人の生活》(1891。これをもとに4幕のオペラに拡大した《ジュリアン》1913),とりわけ自由恋愛と女性の自立を主題にしたオペラ《ルイーズ》(1900初演)で知られている。師マスネーの抒情的な作風にワーグナー示導動機法,半音階法も加味して,ロマン主義現実主義の混ざり合ったオペラを作曲した。

シャルパンティエ【Marc‐Antoine Charpentier】

1645から50ころ‐1704
フランスの作曲家。オルレアンフィリップに音楽教師として仕えるかたわら,イエズス会の教会や修道院音楽監督,またサント・シャペルの楽長を歴任し,これらのために宗教音楽や劇音楽を作曲した。1660年代ころに数年間,ローマでカリッシミに音楽を学び,帰国後もイタリア音楽を好むサークル出入りした。彼は,フランスでオラトリオならびにカンタータを作曲した最初の一人とされ,ローマ楽派の様式をフランスに導入したといわれるが,とくに宗教音楽に,イタリア音楽の影響が顕著にみられる。

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大辞林 第三版の解説

シャルパンティエ【Marc-Antoine Charpentier】

1634頃~1704) フランスの作曲家。オラトリオ形式をフランスに導入、フランス語で初めてカンタータを作曲。カンタータ「地獄に下るオルフェ」、オペラ「メデ」など。

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世界大百科事典内のシャルパンティエの言及

【フランス音楽】より

…その壮美な趣は,王(ルイ14世)の威信を輝かすのにふさわしいものであった。以後リュリの後にM.A.シャルパンティエ,カンプラ,デトゥシュAndré Cardinal Destouches(1672‐1749)らが出て,イタリアの影響におりおりさらされながらも,フランス歌劇は偉大な作曲家であり理論家であったラモーを迎える。 しかしラモーのころ,時代は反古典主義の兆しをみせはじめていた。…

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