シュトゥルム・ウント・ドラング(英語表記)Sturm und Drang

翻訳|Sturm und Drang

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シュトゥルム・ウント・ドラング
Sturm und Drang

1770~80年頃,ドイツに興った若い世代による文学運動。「疾風怒濤」の意。呼称は F.M.クリンガーの戯曲 (1776) による。シェークスピア崇拝とルソーの影響のもと,ドイツ的に屈曲した啓蒙思想の悟性万能,合理主義,形式主義への抗議として興り,ヘルダークロプシュトック,J.G.ハーマンらを中心に,感情と内発的生命力を極度に強調する非合理主義を唱え,その後のドイツ文学をはじめ,イギリス,フランスのロマン主義文学にも大きな影響を与えた。ゲーテの『ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン』『若きウェルテルの悩み』,シラーの『群盗』『たくらみと恋』などが,この期の代表作。その他ゲルステンベルクシューバルト,ライゼウィッツ,J.M.R.レンツ,F.ミュラー,H.L.ワーグナーらがいたが,多くは大成しなかった。

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百科事典マイペディアの解説

シュトゥルム・ウント・ドラング

〈嵐(あらし)と激情〉の意。1770年―1780年ごろのドイツにおこった文学運動で,その名称はクリンガーの戯曲名に由来。ハーマンヘルダーの思想に触発され,合理主義と形式的秩序への反抗を叫び,芸術における感情の解放と独創性を重視した。若いゲーテシラーがその代表で,彼らが提示した文学観はのちのドイツ文学に多大な影響を与えた。
→関連項目群盗ゴットシェート人文主義ドン・カルロスレンツ

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シュトゥルム・ウント・ドラング
しゅとぅるむうんとどらんぐ
Sturm und Drangドイツ語

「疾風怒濤(しっぷうどとう)」と訳される、18世紀60年代のなかばから80年代の終わりころまでのドイツの文芸運動。名称はクリンガーの同名の戯曲に由来する。一般に啓蒙(けいもう)主義とドイツ古典主義の中間に位置づけられ、前者の合理主義に対して感情中心の非合理主義を標榜(ひょうぼう)し、その革命的個人主義は後者の高貴な人間性の理想によって克服されたと考えられている。しかし疾風怒濤が反対したのは硬直化した啓蒙主義の悟性(ごせい)偏重や皮相的人間像にすぎない。またドイツ古典主義を完成したゲーテとシラーは、この新しい文芸運動によって初めて規則ではなく根源的な自然に根ざす文学の創作に目覚まされた。
 シュトゥルム・ウント・ドラングの思想的淵源(えんげん)は、ルソーの文明批判、ヤングの天才観、敬虔(けいけん)主義の伝統、啓蒙主義の社会解放運動、ハーマンの神秘思想などであり、これらすべてに基づき強力な理論的指導者となったのはヘルダーである。とくに彼の編集発行した小冊子『ドイツの様式と芸術について』(1773)は疾風怒濤のマニフェスト(宣言)とみなされている。当時活躍した詩人ないし作家は、若いゲーテとシラーのほか、レンツ、クリンガー、H・L・ワーグナー、ユング・シュティリング、ビュルガー、シューバルト、ハインゼなど。[木村直司]

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