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シング シングSynge, John Millington

9件 の用語解説(シングの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シング
シング
Synge, John Millington

[生]1871.4.16. ラスファーナム
[没]1909.3.24. ダブリン
アイルランドの劇作家。ダブリンのトリニティー・カレッジに学んだのち,故郷とパリの間を往来して文筆活動にたずさわる。 1899年パリで W.イェーツに会い,アイルランドの庶民生活を描くことをすすめられ,数年にわたるアラン諸島での見聞をまとめて『アラン諸島』 The Aran Islands (1907) を書く。

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シング
シング
Synge, Richard Laurence Millington

[生]1914.10.28. リバプール
[没]1994.8.18.
イギリス生化学者。ケンブリッジ大学で学位を取得し (1941) ,リーズの羊毛調査協会,ロンドンリスター予防医学研究所,アバディーンのローウェット研究所などで研究した。 A.J.P.マーティンとともに分配クロマトグラフィー,とりわけペーパークロマトグラフィーの研究ですぐれた業績を上げ,1952年2人でノーベル化学賞を受賞した。

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デジタル大辞泉の解説

シング(John Millington Synge)

[1871~1909]アイルランドの劇作家。詩的写実劇を発表、アイルランドの国民演劇運動を推進し、文芸復興に貢献。作「谷間にて」「海へ騎(の)りゆく人々」「西の国の人気者」など。

シング(Richard Laurence Millington Synge)

[1914~1994]英国の生化学者。分配クロマトグラフィー法とペーパークロマトグラフィー法を考案し、アミノ酸分析の基礎を築いた。1952年、A=P=マーティンとともにノーベル化学賞受賞。

シング(thing)

もの。物体。事物。

出典|小学館
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百科事典マイペディアの解説

シング

アイルランドの劇作家。ダブリン近郊に生まれる。ヨーロッパ放浪中に世紀末文学の影響を受けたが,フランス滞在中イェーツに見いだされ,そのすすめでアラン諸島を訪れ,海辺の自然と漁民の生活感情を素材にした作品を生む。
→関連項目アベー座アラン[諸島]

シング

英国の化学者。ケンブリッジ大学卒。ペーパークロマトグラフィーなどのすぐれたアミノ酸微量分析法を確立し,抗菌性物質クラミシジンのアミノ酸配列を決定した。1952年共同研究者のA.J.P.マーティンとともにノーベル化学賞。

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世界大百科事典 第2版の解説

シング【John Millington Synge】

1871‐1909
アイルランドの劇作家。ヨーロッパを放浪して世紀末文学の影響を受けたが,パリでW.B.イェーツに会って帰国をすすめられ,帰国後はアベー座でアイルランドの民衆生活や伝説を題材とした劇を発表。アイルランド演劇復活運動の中心人物の一人となる。作品には,アラン諸島で聞いた民話をもとに農民を描いた《谷の陰The Shadow of the Glen》(1903),漁師の夫や息子を海に奪われた女たちの嘆きを扱った詩的な悲劇《海へ騎(の)り行く人々Riders to the Sea》(1904),喜劇《聖者の泉》(1905)や《鋳掛屋の婚礼》(1909)があるが,最も有名なものは《西の国の伊達男The Playboy of the Western World》(1907)である。

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大辞林 第三版の解説

シング【John Millington Synge】

1871~1909) アイルランドの劇作家。イエーツらとともにアイルランド文芸復興運動に尽力。代表作「海へ騎りゆく人々」「西国の伊達男」

出典|三省堂
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世界大百科事典内のシングの言及

【スカンジナビア】より

…この闘争を通じて組織されたスウェーデン国会Riksdagには,他のヨーロッパ諸国の身分制議会と異なり農民代表が地位を占めた。
[集会の機構]
 農民たちは,共通の関心事(相互の紛争の調停,治安,防衛)を処理するために集会(古北欧語シングthing,現代語ting,しばしば民会と訳される)をもった。異教時代にはここで,共同体結合を神聖化し,収穫と平和と戦勝を祈願する祭祀も行われた。…

【民会】より

…帝政初期以降,属州の都市や部族の代表が中心市で元首をまつり,属州の問題を議したもので,ときには総督の失政を元首に訴えた。【鈴木 一州】
【ゲルマン社会】
 ゲルマン人のもとでは,ディングDing(ドイツ語),シングthing(古北欧語)などと呼ばれる自由人の集会があった。古典古代すなわちギリシア・ローマの民会が国政上の一機構であり,評議会,元老院による貴族の発議権に対する平民の同意権(ないしは拒否権)が行使される場であるのと異なり,ゲルマン人の〈民会〉は経済的・政治的にそれぞれ自立した自由人の集合・集会であり,タキトゥスも《ゲルマニア》11~12章にいうように,立法・司法機能をもつが執行機能をもたない。…

【アイルランド演劇】より

…イギリスやヨーロッパの商業的あるいは自然主義的演劇の模倣ではなく,祖国の神話,民俗的伝統,また社会的現実に題材を求めること,ただし政治的党派性を排して,真の民族的文化の自覚を高めること――このような目標をかかげて同志を集めた運動は,1903年アイルランド国民劇場協会Irish National Theatre Societyへと発展し,04年にはホーニマン女史の援助でダブリンに拠点劇場アベー座が建てられた。伝説的英雄クーフリンを扱った《バーリアの浜辺で》(1904初演)から最晩年の《煉獄》(1938初演)にいたるイェーツの戯曲のほとんどがここで初演されたほか,脱獄した独立運動家を扱ったグレゴリー夫人の《月の出》(1907初演),アラン諸島に生きる貧しい漁民たちの不幸を描いたJ.M.シングの簡潔な悲劇《海へ騎(の)りゆく人々》(1904初演)などの秀作が生まれた。ケルト民族特有の幻視的ロマンティシズムにみちた作品や,西部地方の方言を会話に生かした写実的でしかも詩情豊かな作品など,さまざまな作風の作品が簡素で象徴的な演出によって上演され,アベー座は20世紀初頭の世界演劇における重要な一拠点と目されるにいたった。…

【アイルランド文学】より

…文学運動の実践をうながす直接のきっかけとなったのは,オグレーディStandish James O’Grady(1846‐1928)の《アイルランド史》2巻(1878‐80)である。彼がここに集成したアルスター伝説群には,王コノハーの奸智,デアドラの悲恋,英雄クーフリンの武勲などをめぐる物語が含まれており,イェーツ,グレゴリー夫人,シングをはじめ,G.W.ラッセル(筆名AE),J.スティーブンズらの文学者にかっこうの素材を提供することになった。イェーツはフィニア伝説群にも題材を見いだし,フィンの息子を主人公とする長編詩《アシーンの放浪》(1889)において,この英雄が妖精ニーアブとともに西方の魔法の島々をめぐり,300年を経て故郷へ帰るという幻想的な物語を,繊細巧緻な韻文で語り,詩人としての地位を確立した。…

【アラン[諸島]】より

…元来,漁夫の防水用であったセーターがアラン・セーターの名で日本でも親しまれている。劇作家シングはしばしばここを訪れ,その経験は《海へ騎(の)りゆく人々》(1904初演)に結実した。R.フラハティの映画《アランMan of Aran》でも知られる。…

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