改訂新版 世界大百科事典 「ツル」の意味・わかりやすい解説
ツル (鶴)
crane
ツル目ツル科Gruidaeの鳥の総称。この科は4属15種からなり,ユーラシア大陸,アフリカ,オーストラリア,北アメリカに分布している。とくにアジアに分布する種が多い。熱帯や南半球のものは留鳥だが,北半球の高緯度地方で繁殖する種は,冬季南へ渡って越冬する。日本では,タンチョウが北海道に留鳥としてすみ,マナヅル,ナベヅル,クロヅル,カナダヅル,アネハヅル,ソデグロヅルの6種が冬鳥または迷鳥として渡来している。
全長70~150cm。どの種も体つきは比較的ほっそりしていて,くびと脚が長い。羽色は主として暗灰色ないし白色で,三列風切はふつう長い飾羽となって体のうしろをおおい,初列風切は黒い。ツル属では頭上あるいは顔の一部の皮膚が赤く裸出している。カンムリヅル属やアネハヅル属は,頭に冠羽や飾羽をもっている。くちばしは比較的細長く,まっすぐで,先がとがっている。ツル類はみな広い湿地,草原,耕地などにすみ,繁殖しているつがい以外は大小の群れで生活している。食性はかなり雑食である。さまざまな植物の種子,根,若芽などを食べ,湿地や地上の昆虫類,小魚,タニシやカニなどの小動物,ヘビ,ネズミ,レミング,小鳥などを捕食する。しかし,ソデグロヅルは植物を主食とし,とくに水生植物の地下茎や若根を掘り出して食べている。
ツル類に独特の行動は,〈ツルのダンス〉と〈鳴き合い〉である。ツルのダンスは,翼を広げてピョン,ピョン跳び上がり,またその間に気どったかっこうで歩いたり,くびをのばしてくちばしを上に突き上げたり,草をつまんで空中にほうり上げたり,大きな声で鳴き交わしたりする。ダンスは,2羽ないし十数羽の鳥が繁殖期前に行うことがいちばん多いが,1羽でするときも,幼鳥だけでするときもあり,またすべてのツル類が,繁殖期だけでなく1年を通してダンスを楽しむ。したがって,ダンスは性的なディスプレーであることもあるが,一般には単なる遊戯あるいはエネルギーの発散であると思われる。一方,鳴き合いは,つがいの雌雄がくちばしを上に突き上げて鳴き交わすディスプレーで,声や姿勢は種によって決まっている。鳴き合いの機能は,主としてなわばりの宣言だと考えられる。鳴き合いのときだけでなく,ツル類の声は大きく,遠くまで響きわたる。これは気管が非常に長く,多くの種ではぐるぐる巻いて鎖骨の間や胸骨の竜骨突起の中にまで入り込んでいて,ラッパ管の働きをしているためである。
巣は湿地や湖畔の草原の中につくる。湿地ではヨシ,枯枝,枯茎などを積み上げて巣とするが,草原では地面のくぼみに若干の草を敷いただけのことが多く,1腹の卵は1~2個。しかし,ホオジロカンムリヅルはときどき低い木の上に巣をつくり,カンムリヅル類は1腹3個の卵を産むことが少なくない。繁殖期には1つがいが数km2~十数km2のなわばりを占有している。抱卵日数は28~36日。雌雄とも抱卵,育雛(いくすう)にあたる。
日本はシベリアで繁殖するツル類の主要な越冬地である。1996年現在で,山口県周南市の旧熊毛町におもにナベヅルが約20羽,鹿児島県出水市とその周辺にナベヅル約5750羽,マナヅル約2200羽,他にクロヅル,ソデグロヅルなどが年により1羽ないし数羽渡来している。なお,ナベヅルは現在日本だけで越冬していると考えられ,マナヅルも日本で越冬するものが断然多い。ツル類は,広大な湿地や草原で生活しているので,そうした環境の減少に伴い,どの種も世界的に生息数が少なくなっている。とくに北アメリカのアメリカシロヅルは,ほとんど絶滅しかけたが,アメリカ合衆国とカナダ政府の国際協力による保護の結果,最近わずかに増え始めている。
アジアでは,ツル類(とくにタンチョウとオオヅル)は瑞鳥または神聖な鳥として多くの人に敬愛されている。また,タンチョウとマナヅルは日本画に描かれる代表的な鳥の一つである。
種類
シベリア,中国北部で繁殖する種がいちばん多く,マナヅルGrus vipio,ナベヅルG.monacha,タンチョウG.japonensis,ソデグロヅルG.leucogeranus,クロヅルG.grus,カナダヅルG.canadensisの6種を数える。アジアでは,このほかタンチョウが日本で,オグロヅルG.nigricollisがカシミール,チベット,中国北西部の高地で,オオヅルG.antigoneが南アジアで,アネハヅルAnthropoides virgoがアジア中央部で繁殖している。アフリカには特産種のホオカザリヅルBugeranus carunculatus,ハゴロモヅルA.paradisea,カンムリヅルBalearica pavonina,ホオジロカンムリヅルBalearica regulorumの4種が分布し,クロヅルやアネハヅルが越冬する。さらに,北アメリカにはカナダヅルとアメリカシロヅルG.americanusの2種,オーストラリアにもオオヅルとオーストラリアヅルG.rubicundusの2種が分布している。
執筆者:森岡 弘之
鶴の民俗
中国
中国では,鶴はその高貴な立姿や空を飛ぶさまや清らかな鳴声からして神仙に縁のある仙禽(せんきん)とみなされ,《神仙伝》に出る蘇仙公のように鶴に化して故郷に帰った仙人の話もある。一方,また鶴が美女に化して人間の男とあう話もあった。例えば《異苑》に,晋の永嘉年中(307-312)に徐奭(じよせき)という若者が田で美女を見かけて意気投合し,女の家に逗留(とうりゆう)するうち,若者の兄弟がさがしにきて湖辺で女とともにいるのを発見し,杖で打つと,女は化して白鶴となって飛び去ったという。《幽明録》にもほぼ同趣向の話があり,美女の姓名は蘇瓊(そけい)で,従弟が杖で女を打つと雌の白鵠に化したとある。白鶴,白鵠はともに白鳥と同じであり,昔話でいう白鳥処女伝説,羽衣説話の一種であり,日本の〈鶴女房〉の昔話の前段をなすものである。しかし中国では鶴はその仙禽としての神仙趣味が強調されたためか,俗信,俗説,説話の方面に登場することはそれほど多くはない。
執筆者:沢田 瑞穂
日本
古くは〈たづ〉といい,冬枯れの景色の中に白い姿が印象的で,神鳥と考えられた。餌をくちばしで空中にほうり上げて食べる習性があり,よく稲田におりて落穂をついばむためか,穀霊神的な要素が強い。鶴がくわえてきた稲穂から稲作が始まったとか,新品種が栽培されるようになったとかする穂落し伝説は広く分布している。そのため,鶴が舞いおりるのを瑞兆とみなして,茨城では,鶴は二千石見晴しの田でなければおりないと伝えている。鶴を嘉祥と考えるのは中国の影響が強いが,〈鶴は千年,亀は万年〉のことわざのように,鶴と亀は対として口にされる場合が多い。《今昔物語集》にも,鶴が亀を運ぶ話がある。〈焼野の雉子(きぎす),夜の鶴〉といわれるように,鶴は子に対する愛情の深い鳥として知られるが,〈鶴子明神〉や〈鶴の宮〉の伝説では,鶴の夫婦愛の強さが話の重要なモティーフになっている。昔話では〈鶴女房〉がとくに有名で,人間から受けた恩に報いるために,わが身から抜き取った羽まで織り込んだ綾錦という反物をつくっている。また,鶴は福をもたらす鳥として認識されたので,鶴の導きによって発見されたという由来譚をもつ温泉が各地に点在する。
執筆者:佐々木 清光
食用
江戸時代には鶴の肉が非常に珍重された。食用にされたのは肉,血ともに香気があるというマナヅルの類で,とくにクロヅルが美味だとされた。タンチョウは肉がかたくてまずいそうである。鶴が珍重された理由は《本朝食鑑》(1697)などがいうように,古来千年の齢(よわい)をたもつ仙禽とされたため,それを体内にとり入れることによって長寿を得ようとする観念によるものだったと思われる。毎年正月17日には宮中で鶴庖丁(つるぼうちよう)が行われた。天皇の御前で鶴を切る型を披露するというもので,豊臣秀吉が鶴を献上してから新年の嘉例になったものだといい,やがて幕府や大名家でも年頭や慶事の際に行われるようになった。こうしたことが乱獲を招いたものか,享保3年(1718)幕府は3年間鶴の献上や饗応での使用をさし止めている。鶴は秋から冬にかけては鷹狩で捕獲されたものなどが料理されたが,それ以外の季節では塩漬が用いられた。《毛吹草》(1638)には松前の名産として塩鶴の名が記されている。料理としては〈汁,せんば,酒浸(さかびて),其他色々〉と《料理物語》(1643)に見える。〈せんば〉は煎酒(いりざけ)と塩などで炒煮(いりに)にしたもの,酒浸は酒にだしと塩を加えて煮立て,それに刺身を浸しておくものであるが,すべて鶴を使った料理には,印(しるし)として〈筋(すじ)〉を上置にした。筋は鶴の脚の毛のない部分の表皮を細く切ったものをいう。
執筆者:鈴木 晋一
西洋
鶴は灰色や黒などじみな体色と集団でくらす習性から,キリスト教圏では修道院生活や,一般に宗教への帰依(きえ)を象徴する。この鳥は西洋においても古くから縁起のよい鳥とされ,ローマの鳥占いではワシやハゲワシと並んでもっとも尊ばれた。瑞兆の鳥は多くの場合高く飛べることが要件であったらしく,《イソップ物語》にも鶴が天頂まで飛んでいける能力は孔雀の華麗さに勝るとたたえられている。したがって〈至高性〉の象徴ともなり,しばしば霊の力や瞑想(めいそう)の効力を表すのに使われる。大プリニウスの《博物誌》によれば,よくとおる鶴の声は渡りの際に先導役の鳥の号令を列の後方に届かせる役を果たし,眠るときにはつねに1羽が見張りに立つという。また,見張りの鶴は眠りこまないように片足で立ったり石を食わえたりするとの彼の記述から,後世では職務への忠誠を表す鳥ともみなされるようになった。
ギリシア神話には,χをはじめ数種のギリシア文字を発明したパラメデスが,列をつくって飛ぶ鶴の群れから文字の形を思いついたという話がある。またホメロスの《イーリアス》やアリストテレスの《動物誌》に,ナイル川上流に渡ってくる鶴が,同地に住んだピュグマイオイ(ピグミー)と毎年土地争いを行い,この小人族を大量に殺すとあるが,後世の伝説では鶴をピュグマイオイの天敵とし,この鳥が彼らを滅ぼしたという話にもなっている。
執筆者:荒俣 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報