改訂新版 世界大百科事典 「ブタ」の意味・わかりやすい解説
ブタ (豚)
hog
pig
Sus scrofa var. domesticus
偶蹄目イノシシ科イノシシ属の肉用家畜。英語では,とくに集合的に用いるときはswine,雌ブタに対してはsowという表現もある。祖先種はイノシシで,新石器時代に農耕が始まってから,中国,インド,西アジア,中部ヨーロッパで,それぞれその土地のイノシシを馴化(じゆんか)して家畜となったものである。イノシシに比べて,外部形態では吻(ふん)が著しく短くなり上方にしゃくれて,きばもたいへん小さく,体軀(たいく)は後軀が長くなっており,経済性の高い肉のとれる部位が発達している。またイノシシの幼獣に見られる縦縞は,改良種のブタには見られない。発育も早くなっていて,体重90kgに達する日齢も,イノシシでは同一飼養水準で1年以上を要するのに,ブタでは6ヵ月と半分以下であり,性的な成熟も早い。繁殖力も増しており,周年繁殖可能で,年に2回以上分娩(ぶんべん)し,1腹の産子数もイノシシの5頭前後に対し,10頭以上と増えている。しかし,歯式がの合計44本である点や,嗅覚の鋭い点,食性の幅の広い雑食性である点など,祖先のイノシシとよく似た特徴も多く残っている。
品種
ブタの品種は現在400種ほどあるが,これらは屠体(とたい)の品質から脂肪用型(ラードタイプ),生肉用型(ポークタイプ),加工用型(ベーコンタイプ)の3型にわけられる。最近ではラードの需要が減少してきているので,脂肪用型の品種はだんだん減ってきており,加工用型のものへと改良が進められる傾向にある。おもな品種として次のようなものがある。
(1)ランドレース種Landrace デンマーク原産の白色・加工用型の品種。在来種を大ヨークシャー種で改良して成立した。現在,世界で最も広く分布,飼養されている。頭は小さく耳は垂れ,胴は長くももが充実し,脂肪が薄く肉量が多い。大型で体重300~330kg。発育が早く生後6ヵ月で90kg前後になる。(2)大ヨークシャー種Large White(Large Yorkshire)(ヨークシャー種) イギリス,ヨークシャー原産の白色・加工用型の品種。顔はまっすぐで耳は立ち,胴は長く後軀も充実している。四肢は長い。体重300~350kg。(3)ハンプシャー種Hampshire アメリカのマサチューセッツ州およびケンタッキー州原産の生肉用型の品種。皮膚,被毛は黒色で,肩から前肢にかけて白い帯があり,耳は立耳。性質は活発で,放牧の際の探食性が強い。肉質も優れている。成体重250~300kg。(4)デュロック種Duroc アメリカのニューヨーク州およびニュージャージー州原産の赤色・生肉用型品種。成立の初期は脂肪の蓄積の早い脂肪用型の品種であったが,後に生肉用型に改良された。性質は温順,体質は強健で,アメリカでは飼いやすいブタとして好評。(5)バークシャー種Berkshire イギリス西部バークシャー原産の黒色・生肉用型品種。全身黒色であるが,鼻端,四肢端,尾端の6ヵ所に白斑がある。体質は強健で,粗飼料の利用性もよく,肉質が優れている。日本では戦前,中ヨークシャー種に次いで多く飼われた品種で,現在でも九州南部に飼育されている。(6)中国種Chinese 世界最大の養豚国,中国原産の品種の総称。おもな品種だけを数えても100品種ほどあるといわれ,毛色も白・黒・黒白斑(花猪(かちよ)と呼ばれる)とさまざまで,体型も変異に富むが,一般に繁殖力が優れ,粗飼料の利用性に富み,抗病性が高い特徴をもつ。新淮(しんわい)種,吉林黒種,新金種,金華種,そして台湾の桃園種などが有名。(7)ミニチュア・ピッグminiature pig ブタは形態的にも生理的にも人間と似た特徴をもち,医学用の実験動物として価値が高い。アメリカ,ドイツでこの目的に開発された小型種で,体重は60~90kgぐらい。(8)その他 イギリス原産のウェルシュ種Welsh,ラージ・ブラック種Large Black,アメリカ原産のチェスター・ホワイト種Chester White,ドイツ原産のドイツ改良種German Improved Landraceなどがある。
繁殖
繁殖に供用されるブタは生後10ヵ月(体重120kg以上)から5~6歳までが普通である。成熟した雌は21日の周期で発情を繰り返し,この発情期(3日間)にだけ雄を許容するので,自然交配か人工授精で受胎させる。妊娠期間は115日前後で分娩する。1腹の産子数は10頭ぐらいであるが,中国種のように20頭も産む多産の品種もある。子ブタは生時体重1kgぐらいであるが,40~50日の哺乳期間を終えると,8~12kgになる。最近では子ブタ用の飼料が進歩したので,早期に離乳ができるようになり,親ブタの分娩間隔が短縮され,年に2.5回分娩させることが可能となった。
育成,管理
ブタは食性が広いので,飼料として利用できるものはたくさんある。粗放な飼養形態では農業副産物を給与したり,草,果実などの自然の飼料資源を利用したりすることもあるが,近代的な企業養豚では,市販の配合飼料を利用する場合が多い。穀物,ぬか類,食品製造かす,いも,牧草などもよい飼料となる。幼時はタンパク質,ビタミンの多いものを与え,成長するにしたがって炭水化物の多いものを与える。給与量は飼養標準によって決定するのがよいが,肉豚肥育の場合は,不断給飼で自由採食させることが多い。肉豚は生後6~8ヵ月の90~105kgで出荷される。
ブタは不潔な動物と思われがちであるがそうではなく,豚舎やブタの体は清潔を保つように留意すべきである。野生のイノシシが水辺で排出する習性があるように,ブタも濡れた場所に好んで排糞(はいふん)排尿するから,豚舎をその性質にあわせて作っておけば,一定の場所に排出させて,寝場所や飼槽付近を清潔に保つようにしつけることができる。
病気
多頭数を飼育することの多いブタでは,伝染性の疾病はひじょうに大きな被害をもたらすから,予防と早期発見には最大の努力を払う必要がある。防疫上重要な伝染病の代表的なものは豚コレラである。これは豚コレラウイルスによる急性熱性敗血症性の伝染病で,症状が激しく死亡率も高い。ブタ水疱病もウイルスによって起こり,ひづめのまわりや鼻,口唇,皮膚の粘膜に生じた水疱が破れて,ただれたようになる。同じくウイルスによって起こる病気に口蹄疫や日本脳炎がある。後者は繁殖豚の死,流産と種雄豚の造精機能障害を起こす。細菌による伝染病には,ブタ赤痢,ブタ丹毒,大腸菌症などがある。ブタ赤痢は粘血便を排出して発育不良となり,大腸菌症は新生子ブタの敗血性疾患,白痢,浮腫病を多発する。また病原菌の感染によって鼻甲介が萎縮し,いわゆる鼻曲りを示す萎縮性鼻炎もある。寄生虫病としてはトキソプラズマ病(人獣共通の原虫病)やブタ回虫症(肝臓に白斑。発育不良)などがある。そのほか微粉飼料の供与によって胃潰瘍が胃食道部に多発する。
利用
屠体歩留りは65~70%,肉,脂肪,内臓は食用に供される。豚肉は柔らかく,特異臭も少なく,脂肪の融点が低く冷食にも適するところから,ハム,ベーコン,ソーセージなどの加工品の原料肉として多く利用される。皮革は多孔で,強靱性はないが袋物に用いられ,骨は細工物,工業原料に利用される。毛は背部の剛毛が毛長もあり弾性に富むので,ブラシの材料として珍重される。
なお,ブタの飼養は〈養豚〉の項目を参照されたい。
執筆者:正田 陽一+本好 茂一
ブタをめぐる禁忌
ブタは家畜のなかでも,もっぱら肉用家畜として,もっとも古くから飼養され始めた家畜の一つといってよい。イヌと同様,人間の住居の周囲,残りかすや排出物があるところ,また作物の植えられた畑に出没し,それらを食べることを通じて半家畜化し,飼育されるにいたったと考えられる。現在でもオセアニアにおけるブタの飼い方は放飼いで,ときに森に入って,イノシシと交雑することもある。
ブタは,ウシ,ヒツジに比べると群居性の度は低く,追随性も弱い。地中海地域で,40~50頭の群を放牧する例もあるが,一家に数頭,舎飼いで飼養する例の方が普通であり,草原の家畜というよりも,むしろ家付きの家畜である。またどんぐりや木の根などもたべるので,野よりも集落周辺の森と里との境界域で飼養されている。
イスラム世界では,ブタを食べることはタブーとされている。これはユダヤ教における,食物禁忌に関する伝統に由来するものと考えられる。旧約聖書の《申命記》や《レビ記》には,ブタの食の禁忌規定が記されている。反芻(はんすう),偶蹄という二つの属性をもつウシ,ヤギ,ヒツジ,そしてその近縁野生種は食べてもよいが,そのいずれかの属性を欠くものは食べられないといって,偶蹄ではあっても,反芻しないブタをも禁忌対象としている。イスラエルの民は伝統的にヒツジ放牧をする遊牧の民で,周辺のカナンやエジプトの定着農耕的文明世界と対立していた。これら農耕的なオアシス都市の世界で,ブタは食べられていた。遊牧民にとってブタの飼養は困難であり,農耕民の家畜とみなされたことも,忌避の理由となったと考えられる。
ブタの食の禁忌はキリスト教世界では消滅したものの,汚れた霊が宿るという観念はなお残ったようである。ヨーロッパ中世において,ブタは平民のための肉食源として重要であり,秋に屠殺し,塩漬にして食に供されたにもかかわらず,悪態の中にしばしば登場し,蔑視(べつし)の代用語にさえなっている。中世都市では,街路に投げすてられた排出物や食物の残りで飼われており,このことも,ブタの汚れ,そして低評価の背景をなしている。
他方,中国,東南アジア,そしてオセアニアで,ブタはイヌを除くともっとも価値のある家畜とみなされている。中国古代においても,ブタは一般的な家付き家畜として飼われており,《周礼(しゆらい)》に記された六畜の一つに数えあげられている。日本においても,イノシシを野に放ったという《続日本紀(しよくにほんぎ)》の天平4年(732)の記事や,猪養部といった部民名の存在から,ブタの飼育が確認される。ただ仏教による殺生の禁とともに,野猪(やちよ)は別として,ブタの飼養は衰えた。そして長崎地方で渡来中国人がブタを飼い始めるのは,17世紀になってからである。
インドネシアやニューギニアでは,ブタは儀礼における犠牲として欠かせぬ家畜とみなされ,儀礼的消費の対象としてときに大量屠殺される。
執筆者:谷 泰
象徴
ブタは西洋では不潔な動物の代表であり,怠惰な人間を揶揄(やゆ)するときにも,しばしば引合いに出される。本来はオシリスやアッティスなど豊饒(ほうじよう)神の聖獣であり,一方で多産の部分が強調され,〈貪欲〉や〈性欲〉のあからさまな象徴ともなった。大プリニウスは《博物誌》において,〈生後8ヵ月から,場所によっては3ヵ月から,8歳までは生殖能力をもつ〉と述べており,古代ローマからブタと性欲との強いむすびつきは成立していたらしい。当時,犠牲獣は前歯がはえるまでは供犠に使わないならわしであったが,〈子ブタは4日,子羊は7日,子牛は1ヵ月後が捧げどき〉といわれるように,その早熟性が注目されていた。中世では貪欲の寓意として図像に取り入れられ,例えば女性の姿をした〈貞節〉に踏まれる図柄が描かれた。近世に至って,性欲にかかわる悪夢にはしばしばブタが現れるといわれたのも,これら古い象徴の影響であろう。また,ブタは魔女や淫夢魔(いんむま)(インクブス,スクブス)の化身ともいわれた。
他方,ブタは古い家畜であることから,従順,愚鈍,家庭的温和さの象徴ともされてきた。船でさらわれると,飼主の声が聞こえる方の船べりに寄り集まって船をくつがえし,元の小屋に泳ぎ帰るといい,また市場へ売られても家へ逃げ帰ってくるなどと信じられた。人間を獣に変える魔力をもつキルケが,オデュッセウスの配下をブタに変えてしまうギリシア神話中の逸話も,家畜化の寓意と考えられる。なお童話にあっては愚鈍で非力な動物として描かれ,しばしば狂暴なオオカミと対比される。
執筆者:荒俣 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報