ベーダーンタ学派 (ベーダーンタがくは)
インド哲学で最も有力な学派。サンスクリットでベーダーンタバーダVedāntavādaという。ベーダーンタは〈ベーダ聖典の終りの部分〉を意味し,ウパニシャッドを指すので,〈ウパニシャッドの学徒(アウパニシャダAupaniṣada)〉とも呼ばれる。
おそらく前3世紀ころまでには,古ウパニシャッドのかなりの部分が作成されたと推定されるが,ベーダーンタ学派ないしその源流と考えられるものも,そのころ成立したらしい。ベーダ聖典の解釈学的・体系的研究は,〈ミーマーンサー〉(考究)と呼ばれ,ベーダ聖典の知識部に関する研究はベーダーンタ・ミーマーンサーなどといわれ,ベーダーンタ学派へと展開する。ベーダ聖典の祭事部の研究であるカルマ(祭事)・ミーマーンサーはミーマーンサー学派へと展開するが,両学派の学問は相補関係にあり,相合して正統バラモン哲学の総体を成し,後代においては鋭く対立するにいたるとはいえ,少なくとも初期の諸学者は両学問を兼学していたと推定される。
両者の共通点は,ブラフマンを知るための根拠はベーダ聖典のみとする,聖典および語に関する見解にある。前1世紀ころバーダラーヤナが活躍するが,彼は後にベーダーンタ学派の開祖と目されるにいたった。およそ700年にわたる多数の学者の活動を背景に,おそらく400~450年ころ,この派の根本聖典《ブラフマ・スートラBrahmasūtra》が編纂され,明確な形態を備えた哲学学派として,インド古典文化の黄金時代,グプタ朝の思想界に登場した。
《ブラフマ・スートラ》は,当時有力であった,純粋精神プルシャと根本物質プラクリティの二元論を説くサーンキヤ学派に対抗して,ウパニシャッドの中心論題であるブラフマンを宇宙の唯一絶対の究極原因であるとして,一元論を展開した。〈ベーダーンタ〉という語はウパニシャッドを指し,ウパニシャッドに絶対的権威を認め,その統一的解釈と体系化を目ざしたが,学派の伝統が確立すると,ウパニシャッドのみならず,《バガバッドギーター》と《ブラフマ・スートラ》をも併せて,〈三つの体系(プラスターナトラヤPrasthānatraya)〉と呼び,基本的な文献とみなした。
《ブラフマ・スートラ》成立後の学派の展開は必ずしも明確ではないが,8世紀前半のシャンカラの出現に至るまでのおよそ300年間に活躍した学者の名前が10名ほどあり,その著作も現存している学者に,文法学にベーダーンタ哲学を導入したバルトリハリ(5世紀後半),仏教の影響を強く受けたガウダパーダ(640ころ-690ころ),その弟子でシャンカラの師と伝えられるゴービンダGovinda(670ころ-720ころ),シャンカラとは立場を異にする不二一元論を説いたマンダナミシュラMaṇḍanamiśra(670ころ-720ころ)がいる。マンダナの同時代の後輩であったと思われるシャンカラは新しい不二一元論の立場から《ブラフマ・スートラ》の注釈を著し,ベーダーンタ学派中最も有力な不二一元論派の開祖となった。その後も,多くの学者が種々の立場から〈スートラ〉に対して注釈を著し,たくさんの新しい学派を創始した。代表的なものに限れば,ラーマーヌジャの被限定者不二一元論,マドバの二元論,ニンバールカの本質的不一不異論,バッラバの清浄不二一元論があり,不二一元論と併せて五つのベーダーンタ伝統説を挙げることができる。
→ウパニシャッド
執筆者:前田 専学
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ベーダーンタ学派
べーだーんたがくは
Vedānta
インドの六派哲学中でもっとも有力な学派。ベーダーンタとは「ベーダ聖典の終わり」「ベーダ聖典の極意(ごくい)」の意味で、本来はウパニシャッドをさしたが、のちにウパニシャッドの体系的解釈を行うベーダーンタ学派の名称となった。本学派は紀元前3世紀ころすでに存在していたと考えられ、ミーマーンサー学派とは姉妹関係にある。後世この学派内部で開祖とみなされるバーダラーヤナが、前1世紀に現れ、解脱(げだつ)とその手段としてのブラフマン(梵(ぼん))の認識を重視して、祭式の実行を重視するミーマーンサー学派との相違を明確にした。5世紀には、本学派の根本聖典『ブラフマ・スートラ』が、現存する形に編纂(へんさん)された。この聖典は、当時有力だったサーンキヤ学派の説く純粋精神と原物質の二元論に対抗して、純粋精神ブラフマンを唯一の世界原因とする一元論を展開した。本書の出現で、ベーダーンタ学派は、ブラフマンの考究を最大の課題とする学派として確立した。その後、大乗仏教の影響を受け、本学派は幻影主義化した。一例をあげれば、7世紀のガウダパーダ作『マーンドゥーキヤ頌(じゅ)』には唯識(ゆいしき)思想の影響が著しい。
しかし、8世紀前半になると、彼の孫弟子シャンカラが逆に仏教をベーダーンタ哲学に取り込んだ。そのため、ブラフマンと個我と現象世界がともに実在であるとする『ブラフマ・スートラ』の実在論的一元論は、ブラフマンのみが実在で個我と現象世界は幻影であるとする幻影主義的一元論(不二一元論(ふにいちげんろん))へと変容した。また彼は、ブラフマンの認識のみを解脱の手段と考え、行為を否定した。8世紀後半には、バースカラがシャンカラを批判し、伝統的な実在論的一元論と知行併合(ちぎょうへいごう)論の復活を図ったが果たせなかった。11世紀に入ると、ラーマーヌジャが、信愛によるビシュヌ神崇拝の高まりを背景として、ベーダーンタ哲学を実在論の側に引き戻し、行為を再評価した。彼はシャンカラを批判し、ブラフマンと個我・物質世界とはともに実在で、後者は前者の身体であるとする制限不二論(せいげんふにろん)を唱えた。そして、ブラフマンをビシュヌ神と同一視し、神への信愛を説いたが、その信愛は知の色彩が濃かった。12、13世紀には、マドバが、実在論をさらに推し進め、ブラフマンと個我と物質世界はともに実在で、おのおの明確に異なる存在であると主張して、実在論的な別異論を唱えた。14世紀には、ニンバールカが、ラーマーヌジャの影響を受け、ブラフマンと個我・物質世界とはともに実在で、両者は不一不異であると説いた(不一不異説)。そして、ブラフマンをクリシュナ神と同一視し、信愛を本来の情的なものに戻して、いわゆる恋愛的信愛を創始した。15、16世紀には、バッラバが不異説をさらに徹底させた。彼の説は純粋一元論で、ブラフマンと個我・現象世界とは、ともに純粋精神であり不異であるとしている。その後、ベーダーンタ学派は、近代のビベーカーナンダ、タゴールをはじめ多くの思想家に影響を与え続け、現代に至っている。
[島 岩]
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「ベーダーンタ学派」の意味・わかりやすい解説
ベーダーンタ学派【ベーダーンタがくは】
インド哲学の最有力学派。〈ベーダーンタvedanta〉とはベーダの末尾をいい,ウパニシャッドのことでもあるので,〈ウパニシャッドの学徒(アウパニシャダ)〉とも呼ばれる。ミーマーンサー学派とは相補的関係にあり,開祖は前1世紀ごろのバーダラーヤナとされる。根本経典《ブラフマ・スートラ》は5世紀ころに現行のように編集された。絶対者はブラフマンであり,人生の目的はブラフマンとの合一による解脱(げだつ)であると説く。ウパバルシャ,ガウダパーダなどのすぐれた学者が出たが,8世紀のシャンカラが最も有名。
→関連項目ラーダークリシュナン|六派哲学
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世界大百科事典(旧版)内のベーダーンタ学派の言及
【インド哲学】より
…(5)ミーマーンサー学派 ダルマ(法)の研究を目指し,ベーダの規定する祭礼・儀礼の実行の意義を哲学的に考究する。(6)ベーダーンタ学派 ミーマーンサー学派と密接な関係にあり,ウパニシャッドの主題ブラフマンの考究を目指し,宇宙の根本原理として純粋に精神的原理ブラフマンのみを想定する。後代多くの派に分かれるが,インド思想界の主流を形成して今日に至っている。…
【有】より
…この〈有〉は一般にはブラフマン(梵)と称され,上述のごとく実はアートマンと同一である。なお,後世のベーダーンタ学派では,仏教の中観派の用法をまねて,ブラフマン(=アートマン)を勝義(真実)有,現象界のものを世俗有と言い分ける。仏教一般では,生死輪廻する主体としての〈有bhava〉を想定し,特に死後再生するまでの間を〈中有(中陰)〉という。…
【観念論】より
…ただ,あえて言うならば,インド思想のほとんどは観念論だということになろう。たとえば,《ウパニシャッド》文献に端を発するベーダーンタ学派,サーンキヤ学派の考えによれば,われわれが経験するこの世界は,われわれが自己の本体(アートマン)が何であるかを知らないこと(無知,無明)がきっかけとなって展開したものであり,つまりわれわれの日常的認識(分別,迷妄)が作り出したものであるとする。これは仏教でも基本的には同様であり,《華厳経》の〈三界唯心〉,瑜伽行派の〈唯識無境〉〈識の転変〉なども,日常生活における主客対立の見方である〈虚妄分別〉の心作用がこの世界を形成すると説いている。…
【解脱】より
…その真実の知を仏教では悟り(ボーディbodhi,菩提(ぼだい),覚(かく))といい,それを得た人をブッダbuddha(仏陀,覚者)といい,悟りの境地をニルバーナnirvāṇa(涅槃(ねはん))という。 仏教以降に出た諸派の解脱観については,たとえばサーンキヤ学派,ヨーガ学派は,自己の本体である[プルシャ]puruṣa(純粋精神)を,身体(ふつうの意味での意識も含む)や外界など物質的なものから完全に区別して知ること(区別知,ビベーカviveka)によって,純粋精神が物質的なものから完全に孤立すること(独存(どくそん),カイバルヤkaivalya)が解脱であるとし,ベーダーンタ学派は,自己の本体である[アートマン]ātman(我(が))が実は宇宙の本体である[ブラフマン]brahman(梵)と同一であると明らかに知ること(〈明〉)によって解脱が得られるとするが,いずれにしても,真実の知によって解脱が得られるとする点では,基本的に上述の仏教の考え方と軌を一にする。[苦][悟り]【宮元 啓一】。…
【語常住論】より
…古代インドのミーマーンサー学派,ベーダーンタ学派,文法学派が主張した説。言葉は常住,ないし言葉と意味の結合関係は永遠不変であるとする。…
【実在論】より
…これに対して,仏教(経量部,ないしその系統をひく論理学派)は,実在するのは刹那(せつな)(瞬間)に消滅する個物のみであり,普遍などは,われわれの分別(ふんべつ)によって捏造された虚妄なもので,たんなる名称,言葉としてあるにすぎないとする。これに類似した説を,ベーダーンタ学派,サーンキヤ学派も唱えている。おおまかにスコラ哲学の用語をあてはめれば,ニヤーヤ学派などが実念(実在)論を,仏教などが唯名論を展開したといえる。…
【真理】より
…また初期仏教の教法は四聖諦(ししようたい)としてまとめられているが,この〈諦〉もサティヤの漢訳語である。一般に,悟りへの道を示す教えはサティヤと称しうるが,ベーダーンタ学派などでは,窮極的なサティヤはブラフマン(梵)であるとされる。また,タタターtathatā(真如),ヤターブータyathābhūta(如実)は仏教でとくに愛好される語で,悟りの境地で体得される真実の世界を示している。…
【マーヤー】より
…仏教においては心作用の一つとされ,〈欺瞞〉〈裏切り〉を意味し,また〈人を眩惑する力〉〈幻〉を意味し,事物に実体がないことにたとえられる。仏教の影響を強く受けたベーダーンタ学派の[ガウダパーダ]の場合には,アートマン,心,あるいは思考のもつ〈神秘的な力〉〈魔術的幻影〉を意味する。不二一元論学派の開祖[シャンカラ]の場合には,〈詐欺〉〈神の神秘的な,人を眩(くら)ます幻力〉〈魔術〉などを意味するにすぎないが,後継者たちの場合にはしばしば[無明]の同義語で,宇宙の質料因と考えられている。…
【六派哲学】より
…100年ころに編纂された《ミーマーンサー・スートラ》([ジャイミニ]作と伝えられる)が根本経典。(2)[ベーダーンタ学派]の哲学 この学派はミーマーンサー学派と同根の姉妹学派で,ベーダ文献の知識部(とくにウパニシャッド)の解釈を旨とする。この学派によれば,宇宙の根本原理としてはただブラフマンがあるのみであり,そして我々の自我の本体であるアートマンは実はこのブラフマンにほかならないという。…
※「ベーダーンタ学派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」