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ボヘミア ボヘミア Bohemia; Cechy; Böhmen

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ボヘミア
ボヘミア
Bohemia; Cechy; Böhmen

チェコ名チェヒドイツベーメンチェコの西部,主としてブルタバ川の流域にあたる地方の歴史的な名称。東のモラビアとともにチェコを構成。豊かな農地と鉱産資源に恵まれ,同国の政治,経済,産業の中心地。

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デジタル大辞泉の解説

ボヘミア(Bohemia)

チェコ西部の地方。スデーティ山地・エルツ山地ボヘミアの森に囲まれ、盆地をなす。農地と地下資源に恵まれ、機械・ガラス工業も盛ん。モラバを含めたチェコ全域を指すこともある。中心都市プラハドイツ語名ベーメン。

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百科事典マイペディアの解説

ボヘミア

チェコ共和国西部の地方。チェコ語ではチェヒ,ドイツ語ではベーメン。ズデーテン山地,エルツ山地,ベーマー・ワルト(ボヘミア森)などに囲まれた盆地で,ラベ川,ブルタバ川が流れる。
→関連項目ガラス工芸チェコチェスケー・ブジェヨビツェホラショビツェポルカモラビア

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世界大百科事典 第2版の解説

ボヘミア【Bohemia】

チェコ共和国西部をさす歴史的名称。チェコ語ではチェヒČechy,ドイツ語ではベーメンBöhmenヨーロッパのほぼ中央部に位置し,ボヘミア盆地を中心として周囲をオーストリア,ドイツ,ポーランド,チェコのモラビア地方に囲まれた起伏に富んだ高地。 ボヘミアの語源は,ギリシア語ボイオイBoioiラテン語のボイイBoiiであり,ケルト族の一分枝で,前4世紀に西南ドイツ付近からマイン川ドナウ川の中間地帯を通って今日のボヘミアに移住した集団を指す。

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大辞林 第三版の解説

ボヘミア【Bohemia】

チェコ共和国の西部地方。エルベ川とその支流のモルダウ川の流域を占め、石炭・鉄などの資源が豊富。 〔「波希米」とも当てた〕

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ボヘミア
ぼへみあ
Bohemia

チェコ共和国西部をさす歴史的名称の英語読み。同共和国東部はモラビアと称する。チェコ語ではチェヒechy。ドイツ語ベーメンBhmen。ヨーロッパのほぼ中央に位置し、周囲をオーストリア、ドイツ、ポーランド、モラビア(チェコ語名モラバ)地方に囲まれている。面積5万平方キロメートル強、人口約612万(2001)。地理的には、全体的には起伏に富んだ高地で、中央部が低く、周りを北東部のスデティ(ドイツ語名ズデーテン)山脈(クルコノシェとオルリツケー・ホリの各山地からなる)、北西部のエルツ山脈(クルシネ・ホリ)、南西部のボヘミアの森(チェスキー・レスとよばれる丘陵地とシュマバ山地からなる)、南部のチェコモラバ(ボヘミア・モラビア)高地といった山地で囲まれ、盆地状になっている。盆地の中央部を南から北へブルタバ(ドイツ語名モルダウ)川が流れ、北部でラベ(ドイツ語名エルベ)川と合流する。最高峰はスデティ山脈のスネジカ山(1603メートル)。ラベ川流域は肥沃(ひよく)な土壌で、小麦、ビート(テンサイ)栽培が行われている。北部山岳地帯は貴金属に富み、古くから開発が行われ、ボヘミアの伝統的な工業発展の原動力をなしている。ブルタバ川中流域にチェコの首都プラハがある。ボヘミアにはほかにプルゼニ、フラデツ・クラロベ、リベレツ、チェスケー・ブデヨビツェなどチェコの商工業をリードする都市や、温泉で名高いカルロビ・バリなどがある。気候は弱い大陸性で、プラハでは年平均気温7.9℃(1月零下1.9℃、7月17.5℃)、年降水量533ミリメートル(1月21ミリメートル、7月72ミリメートル)である。植生は混交林と針葉樹林地帯で、1200~1400メートル以上で山地草原となる。地下資源は鉄鉱、多金属鉱、石炭、磁土、黒鉛があり、鉱泉も出る。農業、工業ともに発展するチェコの中心地域となっている。[稲野 強]

歴史

ボヘミアの語源は、ギリシア語のボイオイ、ラテン語のボイイで、ケルト人の一分枝の名称である。彼らは前4世紀に西南ドイツ付近からマイン川、ドナウ川の中間地帯を通って今日のボヘミアに移住した。ドイツ語のベーメンは「ボイイ人の故郷」という意味。彼らはゲルマン人の圧迫により前60年ごろこの地を去り、ボヘミアに残ったボイイ人は前10年ゲルマン系のマルコマンニ人に従属したが、ゲルマン人も民族移動期にボヘミアの地を去り、やがて西スラブ人が進出した。ボヘミアは9世紀にはモラビア王国の一部であったが、王国の崩壊後、チェコ民族王朝プシェミスル家の手で独自の国家形成が開始された。やがてボヘミアはドイツ、ハンガリーなどの隣国との対抗上、神聖ローマ皇帝に臣従を誓い、1156年には王国に昇格した。ボヘミア王国はモラビア辺境伯領、シレジア公領を従属させてチェコ諸領邦を構成し、その中心をなした。13世紀後半にはその領土は一時アドリア海から北海に達するまでになった。さらに14世紀なかば、ルクセンブルク朝のボヘミア王は神聖ローマ皇帝となり、ボヘミアを中欧一の強国に押し上げ、首都プラハは中欧ルネサンスの中心となった。こうしたボヘミアの発展の背景には14世紀に隆盛を迎えたドイツ東方植民があった。ボヘミア諸王の積極的な入植政策に応じて、ボヘミア北、北西、西部、モラビア北部を中心に入植したドイツ人農民、職人、市民は、土地の開墾、都市建設、鉱山開発に従事し、ボヘミアの経済的、文化的発展に多大な影響を与えた。ボヘミアでのドイツ人支配層の形成、王侯の教会保護による権力拡大に対抗して、15世紀にはフスの宗教改革、それに続くフス戦争が起こった。16世紀、中欧へのトルコ勢力の伸長からボヘミアの王位はオーストリア・ハプスブルク家にゆだねられたが、その支配はボヘミアのカトリック化と並行して強化されたために、ボヘミアのプロテスタント派のチェコ人貴族が抵抗し、両者の戦いが17世紀前半にヨーロッパ中を戦乱に巻き込んだ三十年戦争を引き起した。この戦争でチェコ人貴族は敗北を喫し、形式的にはボヘミア王国は1918年まで存続するものの、実質的にはボヘミアはハプスブルク家の一属領に堕し、ドイツ化の浸透をみるに至った。すなわち1806年に神聖ローマ帝国解体後は新たに発足したオーストリア帝国(1804年成立、1867年よりはオーストリア・ハンガリー帝国)領となり、かつ1815年に形成されたドイツ連邦にも属した。
 18世紀末以降、啓蒙(けいもう)主義、ドイツ・ロマン主義の影響下で、チェコ人、スロバキア人の自由主義的知識人たちを中心に民族復興運動が起こったが、その中心はボヘミアであり、1848年にはプラハでスラブ民族会議が開催されるに至った。だが1867年、オーストリアがハンガリーとの間で二重王国制を確立すると、民族的に劣勢に置かれたボヘミアのチェコ人は、オーストリアの政策に不満をもつスラブ系諸民族の先頭にたち、民族資本の発展を背景に台頭した。その結果、長い間ボヘミアを支配し続けてきたドイツ人勢力との対立が先鋭化していった。第一次世界大戦終了時の1918年、オーストリア・ハンガリー帝国が解体すると、ボヘミア王国領はシレジア、モラビアとともにスロバキアと合体してチェコスロバキア共和国を建設した。そして93年1月1日にチェコとスロバキアは分離・独立した。その結果、ボヘミアはふたたびチェコの中心地域となった。[稲野 強]
『ピエール・ボヌール著、山本俊朗訳『チェコスロヴァキア史』(白水社・文庫クセジュ) ▽矢田俊隆著『ハンガリー・チェコスロバキア現代史』(1978・山川出版社) ▽薩摩秀登著『王権と貴族』(1991・日本エディタースクール出版部) ▽林忠行著『中欧の分裂と統合――マサリクとチェコスロヴァキア建国』(中公新書) ▽南塚信吾編『ドナウ・ヨーロッパ史』(1999・山川出版社)』

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世界大百科事典内のボヘミアの言及

【チェコ】より

…1993年1月にスロバキアと分離・独立した。西部のボヘミア(チェコ語ではチェヒČechy),東部のモラビア(チェコ語ではモラバMorava)の二つの地方からなる。モラビアには歴史的領土のシュレジエン(チェコ語でスレスコSlezsko,ポーランド語でシロンスク)が含まれる。…

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