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マリ帝国 マリていこく Mali empire

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マリ帝国
マリていこく
Mali empire

13~16世紀に栄えたマリンケ族の帝国。 11世紀末にガーナ王国が衰退したのち,この地域に勢力圏をもっていたスス族支配に反抗し,1240年頃これを打破したマリンケ族のスンディアタが始祖と伝えられる。

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百科事典マイペディアの解説

マリ帝国【マリていこく】

現在のマリ共和国を中心とする地域につくられたマリンケ族の国家。伝承によれば,13世紀ごろにスンディアタ・ケイタという英雄によって建国されたといわれる。しかし,帝国とはいってもその国家としての組織力はかなり脆弱(ぜいじゃく)であった。
→関連項目アフリカガーナ王国サハラ砂漠スーダン(地域)セネガル[川]バンバラマリ(国)

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世界大百科事典 第2版の解説

マリていこく【マリ帝国】

黒人アフリカの帝国の一つ。その名を継いで1960年に独立したマリMali共和国の地域をおもな版図に,14世紀を最盛期として栄えた。イスラム化された北アフリカかなたにある黒人アフリカの〈黄金の都〉として,ヨーロッパ世界の幻想をかきたてたトンブクトゥは,マリの栄華を象徴した。しかし,この商都が帝国の首都ではなく,マリの君主の都がどこにあったのかさえ不明なことからもわかるように,帝国といっても,統一国家としての組織化は弱く,いくつかの地方に盛衰した王朝の,交易路と交易拠点を覆う〈勢力圏〉とみるべきである。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マリ帝国
まりていこく

西アフリカ内陸部、ニジェール川湾曲部を中心に、12世紀ごろ建設されたマリンケ人の帝国。伝承によれば、紀元後数世紀に建設され繁栄したガーナ帝国の支配下にあったマリは、ガーナ帝国の勢力の衰退につれてトンブクトゥを中心に台頭した。スンディアタ王のもと、西はガンビア、東はニジェール川沿岸のガオ、北はサハラ南縁のサハラを越えてくるアラブ人隊商の基地、南はニジェール川上流のバンブフ、ブレの金鉱まで、広大な地域を支配下に収め、ガーナ帝国にかわってサハラ縦断交易を独占することになった。1324年ムサ王は、メッカ巡礼を行ったが、その際彼が携行した巨額の金(きん)によって、マリ王国の名はヨーロッパにまで知れ渡った。しかし、15世紀初頭から相次ぐ内乱でしだいに勢力が衰え、16世紀までにはこの地域の覇権は、ソンガイ帝国の手に移った。[原口武彦]

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世界大百科事典内のマリ帝国の言及

【アフリカ】より

…家族は一夫多妻の拡大家族で,亡夫の父系血縁者の年少者が寡婦を妻として受けつぐ寡婦相続の慣行が広く行われている。政治組織の面からみると,北方のニジェール川大湾曲部地方を中心に発達したマリ帝国,ソンガイ帝国のような,広大な版図をもち多部族の支配の上に成り立った政治組織はなく,オートボルタのモシ族,グルマンチェ族,ガーナのマンプルシ族,ダゴンバ族のような,先住農耕民を騎馬の軍事集団が支配して形成された,支配者が共通の祖先から分かれた連合体ないし上下の序列をなしているような中規模の国家,ナイジェリアのハウサ諸国家のような都市を中核とするイスラムの神権政治国家,セネガルのウォロフ族,マリのドゴン族,オートボルタのカセナ族のような小規模な首長制社会,オートボルタのロビ族,サモ族のような,氏族と拡大家族が社会的統合の最大単位であるような集権化の度合の著しく弱い社会など,社会・政治的統合のさまざまなレベルの形態が見いだされる。 次に,中規模の集権的統合の形態を,モシ族を例にとって略述してみよう。…

【サハラ砂漠】より

…11世紀のアラブの地誌家バクリーの記述にも,ガーナで塩と金の交易に王が課税していたことが述べられている。 乾燥化とムラービト朝の攻撃によって11世紀末にガーナが衰退したあと,これより東のニジェール川大湾曲部を中心にマリ帝国が興り,14世紀を頂点として,やはり塩と金の交易をおもな経済的基盤として栄えた。金の主産地のセネガル川上流やニジェール川上流の山地は舟運で砂漠地方と結ばれていたが,ニジェール川が北へ向かって張り出した,いわば砂と水の結節点に交易都市トンブクトゥが生まれ,〈黄金の都〉としてヨーロッパにまで知られた。…

【スンディアタ】より

…西アフリカ内陸のニジェール川大湾曲部を中心に,14世紀を頂点に栄えたマリ帝国の伝説上の始祖。勢力圏内でとれる金の交易で栄えていたガーナ王国が11世紀末に衰えると,代わってこの地方にソソ族が君臨したが,13世紀中ごろマリンケ族のスンディアタがソソの支配を覆し,やがてマリ帝国の基をつくった。…

【トンブクトゥ】より

…トンブクトゥは初め,サハラ砂漠のラクダの遊牧民トゥアレグ族の宿営地だったといわれる。ガーナ王国のあと,その東のニジェール川大湾曲部に栄えたマリ帝国の時代に,サハラを南北に越える交易路も東に移った。サハラ砂漠の南縁と,ニジェール川が最も北に張り出した部分の接点に位置するトンブクトゥは,北からのラクダの輸送の終点,南から舟で運ばれてくる商品の終結地として,交易上重要な位置を占めた。…

【バンバラ族】より

…マリにおいても,マンデ諸族は人口の半ば以上を占めており,バンバラ語はフルフルデ(フルベ)語,ソンガイ語,タマシェク語(トゥアレグ族の言語)とともに国語に指定されている。 マンデ系のほかの部族と同じように,バンバラ族は13世紀に勃興し,14世紀に繁栄の頂点を迎えたマリ帝国の末裔であるとの自負をもっている。マリ帝国は15世紀中ごろから衰退をはじめ,17世紀には勢力を失い,ニジェール川上流のカンガバに退却した。…

【マリ】より

…マリの言語政策はフランス語を公用語としているが,人口や文化を考慮してバンバラ語,フルフルデ(フルベ)語,ソンガイ語,タマシェク語(トゥアレグ族の言語)の四つを国語に決めて,まずバンバラ語の正書法の画定作業に取りかかった。マンデ語系諸族は,かつて14世紀に栄えたマリ帝国の担い手の子孫であるという自負をもち,言語のみならず,社会組織や伝統的信仰の面でも,深い文化的統一性をもっている。サバンナに住む彼らの生業はトウジンビエ,モロコシ,フォニオ,イネなどの穀類を栽培する農耕である。…

【マンサ・ムーサ】より

…西アフリカ内陸に,13~14世紀に栄えたマリ帝国最盛期の王の名。マンサは王の称号で,カンカン・ムーサKankan Mūsāともいう。…

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