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モリス Morris, Charles William

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

モリス
Morris, Charles William

[生]1901.5.23. デンバー
[没]1979.1.19. フロリダ,ゲーンズビル
アメリカの哲学者。シカゴ大学教授。記号論,意味論の分野で貢献,特に従来の論理実証主義に意味論的接近法を導入,科学的経験論を唱えた。宗教面でも一つの伝統にのみ執着せず,同時に多くの伝統にかかわる態度をとるべしとした。主著『精神についての6理論』 Six Theories of Mind (1932) ,『論理実証主義,実用主義,科学的経験主義』 Logical Positivism Pragmatism and Scientific Empiricism (37) ,『記号理論の基礎』 Foundations of the Theory of Signs (38) ,『記号,言語,行動』 Signs,Language and Behaviour (46) ,『人間価値の多様性』 Varieties of Human Value (56) ,『意味づけと意義』 Signification and Significance (64) 。

モリス
Morris(Morrison), Clara

[生]1846/1848.3.17. トロント
[没]1925.11.20. コネティカット,ニューケーナン
アメリカの女優。子役として舞台生活に入り,1870年ブロードウェーにデビュー,マクベス夫人 (1875) やジェーン・エア (78) などで好評を博した。 85年病気のため引退,以後文筆にたずさわり,著書に『わが生涯の物語』 The Story of My Life (1904) などがある。 1904年回復して舞台に戻り,05年以後ときどきボードビルに出演。

モリス
Morris, Gouverneur

[生]1752.1.31. ニューヨーク,モリサニア
[没]1816.11.6. ニューヨーク,モリサニア
アメリカの政治家。ニューヨーク植民地を支配した大土地所有者の一人で,独立革命では保守派として植民地の民主化には反対したが,イギリスからの独立は支持した。 1771年弁護士,78~79年大陸会議代表となり,G.ワシントンを支持した。 87年合衆国憲法制定会議では最終案を執筆。 89年フランスにおもむき,在住 10年,その間フランス革命に際会。 92年フランス駐在公使に任命されたが,革命の激化を公然と批判し,94年解任された。財政専門家として貨幣制度の確立に尽し,ドル,セントという名称を提唱した。『フランス革命日記』A Diary of the French Revolution (2巻,1939) を残した。

モリス
Morris, Lewis

[生]1726.4.8. ニューヨーク,モリサニア
[没]1798.1.22. ニューヨーク,モリサニア
アメリカ独立革命期の政治家。ニューヨークの大土地所有者。 1746年エール大学卒業,62年以降植民地政治に活動して,イギリスの統制政策を批判するにいたる。 75~76年大陸会議のニューヨーク代表。独立宣言採択のときフィラデルフィアを留守にし,76年末署名。 77~90年断続的にニューヨーク邦 (州) 上院議員をつとめた。

モリス
Morris, Sir Lewis

[生]1833.1.23. カーマゼン
[没]1907.11.12. ペンブリン
イギリスの詩人。ウェールズ出身。オックスフォード大学に学び,ウェールズ大学の設立に尽力。『両世界の歌』 Songs of Two Worlds (1872) ほか6巻の詩集がある。

モリス
Morris, Robert

[生]1734.1.31. リバプール
[没]1806.5.7. フィラデルフィア
アメリカ独立革命期の財政家,政治家。アメリカの独立には消極的で,大陸会議代表となったが,イギリスとの協調の夢を捨て切れず,独立宣言にも数週間遅れて署名。独立戦争の間,1776~78年植民地軍の資金調達の中心人物として多大の貢献をした。 81~84年連合政府の財務総監をつとめ,また連合政府海軍部の首脳であった。この間莫大な私財をたくわえ,81年フィラデルフィアの北アメリカ銀行創設に尽力。 89~95年上院議員,A.ハミルトン財政政策を支持した。晩年,資産を商業,銀行業から引上げて土地投機にあて,失敗し破産した。

モリス
Morris, Robert

[生]1931.2.9. カンザスシティー
アメリカの美術家。カンザスシティー大学で機械工学を学んだのち,カンザスシティー・アート・インスティテュートで学ぶ。 1961年ニューヨークに定住。 Y.ライナーとともにパフォーマンスを行う一方,オブジェとしての彫刻に着手。人間の行為と物体の関係がモリスの仕事の原理といえる。プライマリー・ストラクチャーズ的立体や反形式主義的作品など,仕事の振幅が大きい。

モリス
Morris, William

[生]1834.3.24. エセックス,ウォルサムストー
[没]1896.10.3. ハマースミス
イギリスのデザイナー,工芸家,詩人,社会運動家。ビクトリア朝の装飾芸術に革命をもたらし「近代化の父」とされる。オックスフォード大学のエクセター・カレッジではのちに画家となったエドワード・バーン=ジョーンズと,卒業後は詩人で画家のダンテ・ゲーブリエル・ロセッティと親交を結ぶ。建築装飾の仕事に打ち込み,1861年には装飾美術関係の制作会社を仲間とともに設立。以後は主として,植物モチーフを自然の姿に近い形で文様化した平面デザインを手がけ,壁紙,染色,織物,カーペット,ステンドグラスなどを制作。文学面では『地上楽園』 The Earthly Paradise (1868~70) により詩人として名声を博し,『裂かれる海の物語』 The story of Sundering Flood (1898) などのような空想物語を次々と発表。また,ケルムスコット印刷工房を設立 (1890) して活字のデザイン,造本印刷まで一貫して手がけ,中世のゴシック書体を復興させ,『チョーサー著作集』など 53種もの本を発刊した。一方,人間味のある製品こそ真の美術品であるとの主張に立って,「アーツ・アンド・クラフツ運動」というデザイン運動を興し,社会改革のための言論活動を積極的に行なった。この人間性追究のデザインは,アール・ヌーボー (世紀末芸術) に直接的な影響を及ぼした。

モリス
Morris, Wright

[生]1910.1.6. ネブラスカ,セントラルシティー
[没]1998.4.25. カリフォルニア,ミルバレー
アメリカの小説家。少年の頃ネブラスカ州の各地を転々とし,一時カリフォルニアのポモナ大学に学んだのち,ヨーロッパを放浪した。 1942年に処女作『ダドリーおじさん』 My Uncle Dudleyを発表。のち,メキシコの闘牛場を訪れたアメリカ人グループのひとりひとりに視点をおいた『視界』 The Field of Vision (1956) を発表し全米図書賞を得た。写真と文章を巧みに組合せた『居住者たち』 The Inhabitants (46) ,『情事』 Love Affair: A Venetian Journal (72) のような作品もある。大学の文学教育にもたずさわり,アメリカ文学論『彼方なる土地』 The Territory Ahead (58) を著わした。

モリス
Morris, Mark William

[生]1956.8.29. シアトル
アメリカの舞踊家,振付師。初めスペイン舞踊を学ぶ。 1976年ニューヨークに移り,M.ブラック,J.ロレンツにバレエを師事。 E.フェルド・バレエ団,ハナ・カーン舞踊団などを経て,80年自身の舞踊団を結成。客演振付師としても活躍し,アメリカン・バレエ・シアターのために M.バリシニコフ主演の『汝が瞳にて乾杯を』 (1988) を振付けるなどした。 88年ブリュッセルの王立モネ劇場に迎えられ,以後ここを本拠に活躍する。さまざまなジャンルの舞踊の動きを用いる折衷的な手法で,『スタバト・マテール』 (86) など宗教的な内容のものから,『ミソロジー』 (86) のようにストリップやプロレスを扱ったユーモラスなものまで作品の幅は広く,音楽もクラシックからカントリー・ウェスタンまで多彩に用いる。

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デジタル大辞泉の解説

モリス(William Morris)

[1834~1896]英国の工芸家・詩人・社会思想家。装飾美術の発展に貢献。社会主義運動に参加する一方、印刷・造本の分野でも活躍。叙事詩地上楽園」、小説「ユートピアだより」。

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百科事典マイペディアの解説

モリス

米国の哲学者。シカゴ大学教授。C.S.パースデューイ,G.H.ミードプラグマティズムを継ぎ,ウィーン学団の論理実証主義を受けて,構文論・意味論・語用論からなる記号学を提唱,またそれを行動学的に基礎づけた。
→関連項目記号論

モリス

米国の美術家。カンザス・シティ生れ。1964年から単純で単一な形態の立体作品を制作し,ミニマル・アートの作家の一人として活動を始める。モリスの関心は,置かれた彫刻とその場との関係,つまりは観客の体験そのものにある。

モリス

英国の詩人,工芸家,社会改革家。ロンドン近郊のウォルサムストゥ生れ。聖職を志して中世史を学んだのち,工芸家となる。1857年新居〈レッド・ハウス〉の家具などをデザイン。
→関連項目アール・ヌーボーハインドマン民芸ラファエル前派

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

モリス Morris, Ivan

1925-1976 イギリスの日本文学研究家。
1925年11月29日生まれ。第二次大戦中アメリカ海軍日本語学校でまなび,のちロンドン大で「源氏物語」を研究。大岡昇平三島由紀夫の作品,「枕草子」などを翻訳。また日本のナショナリズムについて研究した。コロンビア大教授。1976年7月19日死去。50歳。ロンドン出身。ハーバード大卒。著作に「光源氏の世界」「高貴なる敗北―日本史の悲劇の英雄たち」。

モリス Morris, Joseph

1849-1911 イギリスの電信技術者。
1849年7月トルコのイスタンブール生まれ。明治4年(1871)政府にまねかれて来日,工部省電信寮技師となる。大阪-下関間の電信線架設を調査,東京-豊橋間の電信線工事を監督した。9年電信監督長。函館-青森間の海底電信架設の調査もしている。17年帰国し,大阪毎日新聞社のロンドン通信員となった。1911年4月死去。61歳。

モリス Morris, Roland Sleter

1874-1945 アメリカの外交官。
1874年3月11日生まれ。駐日大使として大正6年(1917)から10年まで在任シベリア出兵に関する日米間の折衝にあたった。帰国後はペンシルベニア大教授。1945年11月23日死去。71歳。ワシントン州出身。プリンストン大卒。

モリス Morris, Ira

1903-1972 アメリカの小説家。
1903年11月11日生まれ。外交官から小説家に転身。昭和32年広島をおとずれ,被爆者援護のために「広島憩いの家」を創設した。妻のエディタ=モリスも「ヒロシマの花」「ヒロシマの種」の作者として知られる。子のアイバン=モリスは日本文学の研究者。1972年3月12日死去。68歳。ハーバード大卒。著作に「シカゴ物語」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

モリス【Charles William Morris】

1901‐79
アメリカの哲学者,記号学者。アメリカにおける論理実証主義,統一科学運動の指導者のひとり。コロラド州のデンバーに生まれ,ウィスコンシン大学ノースウェスタン大学で工学,生物学,心理学などを学び,その後シカゴ大学に移って哲学を専攻した。1925年に博士号を取得,長年シカゴ大学で教え,58年からフロリダ大学に移った。モリスの思想はプラグマティズムに属し,特にC.S.パースの記号学,J.デューイの行動の哲学,G.H.ミードの社会心理学の影響を強く受けている。

モリス【Desmond John Morris】

1928‐
イギリスの動物学者。バーミンガム大学を卒業,オックスフォード大学でティンバーゲンの下に研究を続ける。魚類や哺乳類の行動の研究から出発したが,徐々に人間の動物学的研究へと関心を移し,《裸のサル》(1967)では動物行動学,生態学を適用した大胆な人間論を展開して話題となった。そのほかにも《芸術の誕生》(1962),《マンウォッチング》(1977)など動物学関係の一般向けの著作が多く,R.アードリーとともに動物行動学的思想の普及に果たした役割は大きい。

モリス【Robert Morris】

1734‐1806
アメリカの商人,政治家。イギリスに生まれ,1747年ごろアメリカに渡る。フィラデルフィアでウィリングらと提携しつつ貿易商として成功。独立革命時は革命政府の財務総監(1781‐84)を務め,公私の信用を駆使して財政難を救済し〈独立革命の財政家〉と呼ばれた。戦後はフェデラリスツの政治家として連邦議会上院議員(1789‐95)などを務めて活躍したが,土地投機に失敗して獄につながれ失意のうちに死んだ。【田島 恵児】

モリス【William Morris】

1834‐96
イギリスの詩人,工芸家,社会改革家。エセックス州の裕福な実業家の家に生まれる。聖職を志して,オックスフォードのエクセター・カレッジに入学。幼いころから中世のロマンスの世界に憧れており,中世史を熱心に学ぶ。オックスフォード運動の余波やラスキンピュージンラファエル前派の影響を受け,宗教的・芸術的情熱の発露を建築に見いだして,56年建築家G.E.ストリートの弟子となる。大学入学以来の親友バーン・ジョーンズが師と仰いだD.G.ロセッティにひかれて画家を志望し,57年オックスフォードのユニオン討議場の天井と壁画の装飾に加わったのち工芸家に転向。

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大辞林 第三版の解説

モリス【Morris】

〔Charles William M.〕 (1901~1979) アメリカの哲学者。記号論および意味論の研究でプラグマティズムを論理実証主義に結びつけた。著「記号論の基礎」など。
〔William M.〕 (1834~1896) イギリスの工芸家・詩人。中世の美にあこがれ産業革命後の芸術の機械化に反発、壁紙・椅子から書体の設計に至る工芸の広範な分野で活躍、近代デザイン運動の発端を作った。社会主義を信奉し、「ユートピアだより」を著す。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

367日誕生日大事典の解説

モリス

生年月日:1901年5月23日
アメリカの哲学者
1979年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典内のモリスの言及

【唇】より

… 人の唇は他の霊長類に比べて厚く外へめくれている。D.J.モリスは,人が直立したために性的信号を前面から送るようになり,めくれた赤唇は陰唇を模倣した信号となっているという。彼によれば,唇の薄い類人猿も上手にキスするから,人の唇の形は触覚よりも視覚信号であり,性的興奮によって唇も膨れるし,文化的にも数千年の昔から口紅で赤く装い性器を暗示してきた。…

【乳房】より

…象は胸に2個の乳房をもつという指摘(《動物部分論》同上)は,より正しくは前肢の付け根というべきで,ほかでは霊長類とコウモリの胸に乳首がある。 霊長類の中で人だけが隆起した乳房をもつ理由について,D.J.モリスはそれが猿の〈肉質の尻(しり)のコピー〉だからという(《裸のサル》)。2足で直立して胸と腹を見せ合う人間にとっては,他の霊長類のように充血したしりの性皮を見せて異性を性的に誘う方法は有効でない。…

【プライマリー・ストラクチャーズ】より

…狭義では上記の展覧会を指すが,広義ではミニマル・アートからコンセプチュアル・アートにかけての動向中の立体造形(彫刻)を指す。代表的作家は,カロAnthony Caro(1924‐ ),ジャッドDonald Judd(1928‐94),ルウィットSol LeWitt(1928‐ ),モリスRobert Morris(1931‐ ),キングPhilip King(1934‐ ),グローブナーRobert Grosvenor(1937‐ )ら。【千葉 成夫】。…

【アーツ・アンド・クラフツ・ムーブメント】より

…このような理想主義は,社会主義の原理を包括することによってはじめて実現可能となるのであるから,芸術活動は必然的にきわめて社会主義的性格をもつこととなった。情熱的なW.モリスの活動によってこの運動は形をなし,61年,モリス・マーシャル・フォークナー商会の設立(1875年,モリスの個人経営によるモリス商会として再発足)となって一段と社会性をもつにいたる。彼は大量生産に抗し,生活空間の美化をはかるためにはあらゆる部門の連携が必要であると考え,多くのデザイナーと提携した。…

【アール・ヌーボー】より

ラスキンは工業社会が生み出す醜悪な生活環境に抗議し,ゴシックの時代の工人の伝統をよみがえらせようとした。これに呼応してW.モリスは,家具や衣服など身のまわりのもののデザインに関心を向けた。また19世紀後半は,万国博覧会の時代でもあり,パリやロンドンで開かれた博覧会には世界中から出品され,ヨーロッパは自分たちの芸術だけが唯一ではないことを知った。…

【ケルムスコット・プレス】より

W.モリスのはじめた印刷工房で,名称は彼のオックスフォード近郊の別荘の名にちなむ。1891年設立,モリスの死後2年を経た98年まで存続し,その間に53部65巻の書物を出版した。…

【室内装飾】より

…そのため,さまざまな様式というものは構造体の表面にはりつける装飾であると考えられるようになった。 このようなルネサンス以来の装飾に対する考え方に革新的な意見を述べたのは,W.モリスである。モリスは産業革命による労働の分化と機械化に抵抗して,手工芸の復活につとめた室内装飾家と目されているが,様式をはりつけたとしか思えないような歴史主義の装飾にも強く反対した。…

【社会民主連合】より

…同年,党内民主主義と社会主義戦術とをめぐり分裂。W.モリスらは脱退し,エンゲルスの支持を得て社会主義連盟を結成する。連盟がアナーキズムに傾く一方,ハインドマンのSDFは失業者示威運動を組織して戦闘性を強め,革命と改良の中間の道を選んだ。…

【手芸】より

…服装の簡素化をもたらしたフランス革命の影響によってヨーロッパ大陸の伝統手芸は急速に衰え,またイギリスでも産業革命の勃興とともに手作り品は機械生産品との競争に敗れ,衰微していった。伝統技術の衰微を憂えたW.モリスはその保存を図る運動を起こし,王立刺繡学校設立の機運をつくった。 日本で手芸という言葉が使われたのは明治以降で,それ以前にはつまみ細工,押絵,袋物などが細工物と呼ばれて女子の教養の一部として盛んに行われていた。…

【地上楽園】より

…イギリスのW.モリスの3巻,4万2000行に及ぶ長編詩。1868‐70年刊。…

【デザイン】より

… このような生産技術を中心とした流れのほかに,もう一つの水脈があった。それは19世紀後半イギリスのW.モリスとアーツ・アンド・クラフツ・ムーブメントである。モリスらは機械製品の粗悪な質に対して,かつて手仕事による工芸品がもっていた質の回復を図ろうとする。…

【ユートピア】より

… 第2は,ロマン主義の影響のもとに成立したものであり,第1とは逆に高度な技術文明を嫌悪し,前産業化社会を背景として調和と協働,自然への回帰と人間性の回復を基調とする理想社会をもとめた。ブルワー・リットン《未来の人種》(1871),W.モリス《ユートピア便り》(1890)などが典型例で,これらは社会運動としてはギルド社会主義にも結びつき,近代社会批判として強い影響力をもった。 第3は,党派的なユートピアであるが,かつて宗教的運動の中で主張されたような孤絶したユートピア構想とは異なった,新しい開放性をもっている。…

※「モリス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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