レオ(1世)(読み)れお(英語表記)Leo Ⅰ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「レオ(1世)」の意味・わかりやすい解説

レオ(1世)
れお
Leo Ⅰ
(400ころ―461)

ローマ教皇(在位440~461)、聖人教会博士ローマで教育を受け、若年の身で聖職者になる。430年ごろに助祭となり、440年に教皇に選出された。ペラギウスらの異端争い、キリスト単性説を排し、第4回カルケドン公会議(451)において、「唯一の神の御子(おんこ)イエス・キリストが、真の完全な神であるとともに真の完全な人間でもあること」を主張して教会の一致の土台政治権力からの独立を強調、その後の中世教会の立場を確立した。災難、争い、暴力陰謀のうちにあって、彼の姿は、荘厳な柱のようにそびえ立っていたといわれる。彼はまた「つねに中道を進んでいる」人として教会統治にあたった。

[朝倉文市 2017年12月12日]

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旺文社世界史事典 三訂版 「レオ(1世)」の解説

レオ(1世)
LeoⅠ

390(または400)ごろ〜461
ローマ教皇(在位440〜461)
451年にカルケドン公会議を召集し,単性説を異端として糾弾し,ローマ教皇の優越的地位を高めた。また,452年フン族のアッティラ攻撃や,ヴァンダル王ガイセリックの略奪からローマを守るなど,聖俗にわたり活躍

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