歌舞伎狂言。世話物。7幕13場。別名題《三人吉三巴白浪(ともえのしらなみ)》,通称《三人吉三》。河竹黙阿弥作。1860年(万延1)1月江戸市村座で,和尚吉三を4世市川小団次,お嬢吉三を3世岩井粂三郎(のちの8世岩井半四郎),お坊吉三を初世河原崎権十郎(のちの9世市川団十郎),土左衛門伝吉を3世関三十郎らが初演。この年は庚申(かのえさる)の年だったので,庚申の宵に懐妊した子は盗癖があるという俗説にちなんで,〈八百屋お七〉の趣向により〈吉三〉と名のる3人の盗賊を活躍させた白浪物。お七まがいに女装したお嬢吉三は,節分の宵大川端で夜鷹のおとせから百両奪い,見とがめたお坊吉三と争いになるが,和尚吉三が中に入って和解,3人は義兄弟の盃を交わし,百両は和尚が預かる。おとせの金は前夜客となった十三郎が落としたものだが,十三郎は紛失したと思って大川へ身を投げたところを,土左衛門伝吉に救われる。おとせは伝吉の娘だが,十三郎も実は伝吉が昔捨てた子で,2人は双生児の兄妹と知らず契っていた。本所割下水の貧家でこれを悟った伝吉は,因果のおそろしさにおののく。和尚も伝吉の子で,預かった百両を不孝の詫びにと伝吉へ持っていくが,伝吉はかえってこの金のためお坊に殺される。お嬢とお坊に捕手が迫ると,和尚は因果をふくめておとせと十三郎を殺して身替りにする。が,ついに囲まれ本郷の櫓の下で,雪のふりしきる中に3人刺しちがえて死ぬ。
原作には梅暮里谷峨(うめぼりこくが)の洒落本《傾城買二筋道》による十三郎の主人木屋文里と吉原の遊女一重(ひとえ)との情話がからむ。文里は作者黙阿弥と親交のあった通客細木香以(さいきこうい)(津の国屋藤次郎)をモデルに,小団次二役として書かれた人物だが,複雑すぎるうえ主筋に関連うすく地味なため,初演後ほとんど上演されない。序幕の〈大川端〉は美女じつは追剝という奇想天外の趣向と,〈月も朧(おぼろ)に白魚の,かがりもかすむ春の空……〉という七五調の厄払いの名ぜりふにより,歌舞伎中屈指の人気場面として頻繁に上演される。またこの場のお嬢の扮装をはじめ,吉祥院の場で,欄間の天人の額からお嬢が抜け出るところ,大詰〈火の見櫓〉で太鼓を打つ場面など,《八百屋お七》(《其往昔恋江戸染(そのむかしこいのえどぞめ)》)の名場面がたくみに採り入れられている。しかし幕末世話物としての神髄は,悪事のたたりで,改心した後までも息子と娘が近親相姦に落ちているのを知って悩む老父伝吉をめぐる,救いのない因果,暗い宿命の世界のなまなましい描写にある。それをうかがい知った和尚が,義兄弟を助けるためだと納得させて罪に堕ちた弟妹を手にかけ,〈あの世へ行っても畜生道……〉となげく吉祥院裏墓場の殺し場も,黙阿弥会心の場面である。美貌だがさびしげな粂三郎に新境地をとの工夫から生まれた,幕末老熟期を代表する名作。4世沢村源之助,15世市村羽左衛門,6世尾上菊五郎を経て,7世尾上梅幸,3世市川猿之助,7世菊五郎らがたびたび上演している。
執筆者:河竹 登志夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
歌舞伎(かぶき)脚本。世話物。7幕。河竹黙阿弥(もくあみ)作。1860年(安政7)1月江戸・市村座で、4世市川小団次の和尚(おしょう)吉三、8世岩井半四郎(当時粂三郎(くめさぶろう))のお嬢吉三、9世市川団十郎(当時河原崎権十郎(かわらさきごんじゅうろう))のお坊吉三らにより初演。ともに吉三と名のる3人の盗賊を「八百屋(やおや)お七」の世界にはめて描いたもの。ほかに梅暮里公峨(うめぼりこくが)の洒落本(しゃれぼん)『傾城買二筋道(けいせいかいふたすじみち)』を取り入れ、木屋(きや)の旦那(だんな)文里(ぶんり)と吉原の遊女丁字屋一重(ちょうじやひとえ)の情話を絡ませているが、大正以後はこれを省き、『三人吉三巴白浪(ともえのしらなみ)』の名題(なだい)で上演されることが多くなった。
女装の盗賊お嬢吉三は節分の夜の大川端で、夜鷹(よたか)おとせが木屋の手代十三郎に届けようとする100両を奪い、侍あがりのお坊吉三に見とがめられて金を争うが、吉祥院(きっしょういん)の所化(しょけ)あがりの和尚吉三の仲裁で、3人の吉三は義兄弟になり、100両は和尚が預かる。100両を紛失した十三郎は身投げして、和尚の父土左衛門(どざえもん)伝吉に救われる。おとせは伝吉の娘、十三郎も伝吉が昔捨てた実子で、兄妹と知らず契っていたので、伝吉は因果におののく。和尚はかの100両を持って伝吉のもとへ不孝のわびに行くが、その金のため伝吉はお坊に殺される。お嬢とお坊の詮議(せんぎ)が厳しくなり、和尚は因果を含めておとせと十三郎を手にかけ、2人の身替りにたてる。しかし、町々の木戸が閉ざされ、逃げ場を失った三人吉三は、本郷の火の見櫓(やぐら)の下で刺し違えて死ぬ。作者の白浪物の代表作。100両の金をめぐる登場人物の因果関係は複雑で、和尚・伝吉と畜生道のおとせ・十三郎の話、お嬢・お坊の衆道関係などに、幕末の退廃した気分がにじむ。お嬢吉三には、扮装(ふんそう)をはじめ、欄間(らんま)の天人像に隠れる「吉祥院」や、太鼓を打つ「火の見櫓」などに「八百屋お七」の趣向が強い。もっとも有名なのは、単独でも上演される序幕「大川端」で、お嬢の「月もおぼろに白魚の……」の独白は「厄払(やくばら)い」とよばれる美文調の長台詞(ながぜりふ)の典型である。
[松井俊諭]
『今尾哲也校注『新潮日本古典集成 三人吉三廓初買』(1984・新潮社)』
歌舞伎狂言。河竹黙阿弥作。1860年(万延元)1月江戸市村座初演。「八百屋お七」の世界を使って和尚吉三・お嬢吉三・お坊吉三という3人の盗賊が義兄弟となる筋に,梅暮里谷峨(うめぼりこくが)の洒落本の情話をないまぜにした作。庚申丸の短刀と100両の金をめぐって,因縁の糸につながれた人間関係が解き明かされる仕組みで,そこに土左衛門伝吉一家の暗い運命の悲劇が浮かびあがる。黙阿弥の代表作。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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