ある事件(前訴)が裁判所で審理される状態(起訴係属)にあるとき,それと同一事件(後訴)をさらに起訴することをいう。民事訴訟法では二重起訴を禁止している(民事訴訟法142条)。これを認めると,訴えられた人の迷惑,不経済な重複審理,矛盾判決のおそれ,などの弊害が生ずるからである。二重起訴は,相手方の抗弁をまつまでもなく,不適法として却下される。しかし裁判所が二重起訴に気づかず前訴と後訴の双方について判決をした場合には,上訴で争うことになるが,確定してしまった場合には,双方の確定判決が矛盾していれば,起訴の前後に関係なく,後の方の確定判決は再審によって取り消される(338条1項10号)。
事件が同一かどうかは当事者が同一かどうか,審理の対象となっている権利関係(訴訟物)が同一かどうかによって判断する。訴訟物については二つの考え方がある。旧訴訟物理論は,たとえばバスが崖から落ちて負傷した乗客が,バス会社に対し不法行為に基づき損害賠償を請求する場合と,運送契約の債務不履行を原因として損害賠償を請求する場合とでは,実体法上の権利が異なるので別個の事件とみるが,新訴訟物理論は,これらは損害賠償を支払えという一個の法的権利を主張しているにすぎないと考えるので,同一事件とみる。われわれの生活感覚からみて,どちらがすなおに受け入れられるか,という視点も,両説のよしあしを決めるうえの重要な要因であるといえよう。
刑事訴訟の場合にも,同一とみられる事件で2度も裁判にかけられることは,被告人にとってはたえられないであろうし,2度も処罰を受ける可能性すらでてくる。そこで刑事訴訟法は重複した判決が生じないよういろいろと規定を設けている。たとえば,同一の裁判所へさらに公訴が提起された場合は,判決で後訴は棄却され(刑事訴訟法338条3号),別個の同級の裁判所へさらに公訴の提起があったときは,原則として先に公訴を受けた裁判所が審判し,後訴は決定で棄却される。ただし検察官または被告人の請求により上級裁判所が,後訴を受けた裁判所に審判させるという決定をすることができる(11条,339条1項5号)。上級裁判所へ後から公訴があった場合は,この上級裁判所が審判し,先の公訴は決定で棄却される(10条,339条1項5号)。
執筆者:竜㟢 喜助
複数の国に関連を有する渉外的な民事事件の場合,提訴可能な裁判所として複数の国の裁判所が並存することがあり,このため時として,ある国の裁判所にすでに係属している事件と同一の事件についての訴えが別の国の裁判所に再び提起されることがある。これを国際民事訴訟法上,国際的訴訟競合または国際的二重起訴という。このような状況を生ぜしめる当事者の動機はさまざまであるが,一般に,国籍の異なる者の間での紛争の場合,互いにみずからの本国の裁判所による裁判を望む傾向があることに加え,国が異なれば手続法が異なり,国際私法を通じて適用される実体法も異なりうるため,どの国で訴訟をするかについて当事者の利害に対立があることがその背景にある。日本の場合,この問題については二,三の下級審判決があるだけであるが,そのいずれも,民事訴訟法142条で禁止されるのは日本の裁判所に係属している事件についてさらに訴えを提起することだけであるとし,国際的訴訟競合をまったく規律していない。これに対し,ドイツ,フランスなどのように,外国裁判所で将来下される判決が外国判決承認・執行の要件を具備するに至ると判断される場合には,後れて提起された内国訴訟を認めない法制や,英米法諸国のように,裁判の便宜,当事者の動機などを考慮して,より適切な法廷地での訴訟を優先させる法制が存在する。また,国際条約により,国際的訴訟競合を規律しようとする動きもある。なお,刑事事件では,被告人の所在する国で裁判がなされるのが原則であるので,同一の被告人の同一の行為について複数の国で並行して刑事裁判がなされることは通常ない。ただ,外国で確定判決を受けた者が入国した場合,同一の行為についてさらに処罰することができるとされている。ただし,この場合に,その者が外国で言い渡された刑の全部または一部の執行を受けているときには,刑の執行が減軽または免除される(刑法5条)。
執筆者:道垣内 正人
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
民事訴訟法では、裁判所に係属している事件について当事者がさらに訴えを提起することをいう。重複起訴ともいい、法によって禁止されている(民事訴訟法142条)。もし二重起訴の禁止に違反して訴えを提起したときは、旧法のような妨訴の抗弁をまつことなく、不適法な訴えとして口頭弁論を経ないで判決で訴えを却下する。
刑事訴訟法では、同一事件が一定の裁判所に係属しているときに、重ねて公訴を提起することをいい、同じく法により禁止されている。公訴の提起があった事件について、さらに同一の裁判所に公訴が提起されたときは、判決で公訴を棄却する(刑事訴訟法338条3号)。同一事件が事物管轄を異にする数個の裁判所に係属するときは、原則として上級の裁判所がこれを審判し、同一事件が事物管轄を同じくする数個の裁判所に係属するときは、原則として最初に公訴の提起を受けた裁判所がこれを審判する(同法10条・11条)。前記の規則により審判してはならないほうの裁判所は決定で公訴を棄却する(同法339条1項5号)。
[内田一郎]
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