人が生物に放射線や化学物質などを作用させて、おこさせた突然変異。人が手を加えなくともおこる自然突然変異に対比する語。アメリカのH・J・マラーがショウジョウバエにX線を照射して突然変異をおこさせた(1928)のが最初とされる。その後、植物ウイルスや細菌から高等動植物にわたり、また原生動物から哺乳(ほにゅう)類に至るあらゆる生物に対して、X線、ラジウム、中性子、γ(ガンマ)線、紫外線、赤外線、遠心力、高温、低温、化学物質、電気、超音波、浸透圧など多種多様の物理的、化学的要因を作用させて、突然変異をおこさせる試みがなされている。このような人為的操作を加えて生じた突然変異を人為突然変異、または誘発突然変異induced mutationという。人為突然変異は、その後の遺伝学、育種学に大きな発展をもたらした。
[黒田行昭]
人為突然変異をおこさせるのにもっともよく使用される因子は、放射線の照射と化学変異原での処理である。放射線としては、X線、γ線、紫外線のほかコバルト60(60Co)などがよく使用される。化学物質としては、BP(ベンゾピレン。ベンツピレンともいう)、DMBA(7,12-ジメチルベンゾアントラセン)、DMH(1,2-ジメチルヒドラジン)、EMS(エチルメタンスルホン酸)、MC(メチルコランスレン)、4-NQO(4-ニトロキノリン1-オキシド)などがある。
[黒田行昭]
人為突然変異は、正常型(野生型)の微生物や動植物に放射線や化学物質を与えて、種々の突然変異をおこさせ、それらの突然変異の遺伝子の染色体上の座位を調べ、その生物の遺伝子の連鎖関係から染色体地図を作成する。さらにそれらの突然変異遺伝子DNAの塩基組成を調べ、正常遺伝子DNAと比較して、塩基配列の分子レベルでの解析を行う。
これらの突然変異のなかには、生物の形や大きさなど可視的な変異のほか、タンパク質や酵素活性の異常など生化学的な変異もあり、これらの突然変異を使用することにより正常発生の過程で作用する遺伝子の作用や、生物が生存してゆくのに必要な、正常の生理機能を営むのに関与する多くの遺伝子の作用を解析することができる。人為突然変異の実際的な利用としては、園芸植物や食用植物の品種改良など育種学、農業生物学、畜産科学などの各分野での利用のほか、ペニシリンやストレプトマイシンなど多くの抗生物質を多量に生産する菌株の誘導、作成や特定のアミノ酸やタンパク質、ホルモンその他の有用物質を多量に生産する微生物の菌株の開発などもある。
[黒田行昭]
『芦田譲治他編『遺伝と変異』(1958・共立出版)』▽『黒田行昭編『遺伝学実験法講座5 動物遺伝学実験法』(1989・共立出版)』▽『岡田吉美著『プロテインエンジニアリング』(1989・東京化学同人)』▽『蓬原雄三著『イネの育種学』(1990・東京大学出版会)』▽『柴忠義著『バイオテクノロジー実験操作入門』(1990・講談社)』▽『藤巻宏他著『植物育種学 基礎編』『植物育種学 応用編』(1992・培風館)』▽『蓬原雄三編著『育種とバイオサイエンス――育種学の新しい流れ』(1993・養賢堂)』▽『山口彦之著『放射線生物学』(1995・裳華房)』▽『山本隆一他編『イネ育種マニュアル』(1996・養賢堂)』▽『三浦謹一郎編『分子遺伝学』(1997・裳華房)』▽『David Freifelder他著、川喜田正夫訳『分子生物学の基礎』第3版(1999・東京化学同人)』▽『鵜飼保雄著『植物育種学――交雑から遺伝子組換えまで』(2003・東京大学出版会)』
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