日本における書道の異称。唐の張懐瓘撰《書断》に〈王羲之,晋帝時,祭北郊更祝版。工人削之,筆入木三分〉とあり,入木とは書聖と仰がれる東晋の王羲之が祝版(祭文)を書いたところ,筆力が盛んなため墨汁が木にしみこむこと三分にも及んだという故事による。〈入木三分〉は筆力の強いことを形容し,〈入木〉は文字を書くことから筆法,書法の意に使われるようになった。なお,宋の呉淑撰《事類賦》には〈逸少驚入木之七分〉とあって,一説に〈入木七分〉とも伝えられたようである。〈入木〉の語は日本でも平安時代より使用された。《本朝文粋》《台記》などに用例が見られ,藤原伊行の《夜鶴庭訓抄》の冒頭に,〈入木とは手かくことを申す。この道をこそは,何事よりも伝ふべけれ〉と定義されている。そして中世以降,とりわけ近世に至り書において〈道〉という観念が生じてからは〈入木道〉と称し,例えば弘法大師を〈本朝入木道の祖〉というように,書道の代名詞として用いられた。中国に比べると日本には書法,書論の著作がごくわずかしかないが,最も内容が充実していると評価されるものに,尊円親王の《入木抄》がある。彼の書風は青蓮院流,御家流として中近世の書の主流をなし,各階級で用いられ,《入木抄》は日本の書にかかわる彼の理想を列記した貴重な著述である。
→書
執筆者:角井 博
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書道の異称。書聖と仰がれる中国・東晋(とうしん)の王羲之(おうぎし)が書いた祝版(しゅくばん)(神を祭るときに祝文を書く掲示の板)を工人が削ってみると、墨が木に3分(約9ミリメートル)も浸み込んでいたという「入木三分」の故事により、入木は書道を表すことばとして用いられた。この話はすでに唐の張懐瓘(ちょうかいかん)『書断』にみえるが、能書の筆力の強さを物語る伝説として、後世さまざまに引用、脚色された。わが国にも、平安時代から入木の語の使用例がみられ、空海(くうかい)や藤原定信(さだのぶ)に結び付けた伝説も生まれた。14世紀なかばころからは、入木道ということばが用いられるようになり、師匠から弟子に口伝(くでん)によって伝えられる一定の型にはまった書道を意味するようになる。
[松原 茂]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
王羲之(おうぎし)の書した木板を削ったところ,3分余も墨がしみ込んでいた(入木)という羲之の筆力を物語る中国の故事にちなみ,日本では書道を意味する。平安期の藤原伊行(これゆき)の「夜鶴庭訓抄(やかくていきんしょう)」には「入木とは手かく事を申す」とある。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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