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八瀬 やせ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

八瀬
やせ

京都市左京区の一地区。旧村名。 1949年京都市に編入。鴨川支流の高野川の谷に位置。京都から大原花折峠を経て若狭へ向う街道 (国道 367号線) が通じる。南端部から比叡山へのケーブルカーが通じ,その登山口となっている。八瀬遊園地がある。

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百科事典マイペディアの解説

八瀬【やせ】

京都市左京区の一地区。比叡山の西麓,高野川に臨む景勝地で,桜の名所。古くは山門青蓮(しょうれん)房が支配し,中世には青蓮院門跡領八瀬荘で推移。八瀬荘民は山門へ奉仕する一方で八瀬童子と称し,朝廷の駕輿丁(かよちょう)を務め,課役免除の特権を得ていた。
→関連項目京都[市]

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大辞林 第三版の解説

やせ【八瀬】

京都市左京区の地名。比叡山西麓、高野川の清流に臨み、北の大原とともに洛北の景勝地。 → 八瀬童子

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日本の地名がわかる事典の解説

〔地域名〕八瀬(やせ)


京都府京都市左京区にある地域名。
高野川の渓谷に臨む。紅葉の名所で、比叡(ひえい)山への登山口でもある。

〔京都府〕八瀬(やせ)


京都市左京(さきょう)区、比叡(ひえい)山(標高848m)西麓(せいろく)の高野(たかの)川に沿う谷口にある地区。国道367号(敦賀(つるが)街道)が通じ、叡山(えいざん)電鉄叡山本線の終点駅と叡山ケーブル始発駅がある。古くから紅葉の名所として知られ、遊園地などのレジャー施設がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

八瀬
やせ

京都市左京区の一地区。旧八瀬村。比叡(ひえい)山の西麓(せいろく)にあたり、鴨(かも)川の支流高野(たかの)川に沿って若狭(わかさ)(敦賀(つるが))街道が通じる。農林業を主とする山村であるが、中世以降、御所とのつながりが深く、男子は八瀬童子とよばれ、天皇の行幸の際は賀輿丁(かよちょう)として出仕した。現在も葵祭(あおいまつり)に参列する。また八瀬天満宮の摂社秋元神社は独特の赦免地(しゃめんち)踊(京都市無形民俗文化財)を伝える。北部の大原とともに洛北(らくほく)の景勝地として知られ、叡山電鉄叡山本線の終点、比叡山ケーブルカーの起点である。[織田武雄]

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世界大百科事典内の八瀬の言及

【比叡山】より

…山体の大部分は古生層からなるが,南部は花コウ岩のため浸食がすすんで低山化し,ここを京都と近江盆地を結ぶ古い交通路の志賀越,山中越が通っている。 登山路としては東麓の大津市坂本から延暦寺東塔の根本中堂に至る本坂が最も重要で,京都側からは白川道,雲母坂(きららざか)道などがおもに利用されたが,昭和初年に坂本から根本中堂付近まで,および西麓の京都市左京区八瀬(やせ)から四明岳付近まで,それぞれケーブルカーが敷設されたため,それまでの登山路はすたれた。1958年山中越を経由して根本中堂から四明岳に通じる比叡山ドライブウェーが開通し,山頂一帯は観光・レクリエーション地域に変貌した。…

【八瀬童子】より

…京都北方の八瀬里(現,京都市左京区八瀬)の住民の古称。八瀬里は京都から大原,朽木を経て若狭,越前に通ずる街道筋にあり,比叡山延暦寺の京都側からの登山口で,11世紀には延暦寺青蓮院(しようれんいん)門跡領の荘園だった。…

※「八瀬」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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