⑤については、中世の奈良興福寺の祭礼に関係した「六方衆」の動作から、あるいは中世の猿楽者が行なった「六方の儀」と称する鎮めの儀式からといった、祭祀の方面に語源を求める説が有力である。
歌舞伎,人形浄瑠璃の演技・演出用語。手足を大きく動かす演技。〈振る〉〈踏む〉の動詞を伴うように,手を振り,足を踏みしめることを基本にする。語義については種々の説がある。古来から祭祀や芸能の記録に〈練る〉〈走る〉と称する動きがみられ,また〈六方の儀〉と称する〈鎮め〉の儀式があった。歌舞伎の演技術としての意は,以上の伝承に立って,天地東西南北の六方向に手を動かすことと解してよかろう。前へ進むときの足は,左足と左手,右足と右手のごとく,手と同じ側を出す。すなわち〈なんば〉の動きをする。この種の演技術を指す言葉として〈丹前〉〈だんじり〉なども使われたが,しだいに〈六方〉に統一された。同時に,最初出端(では)の芸であったものが,引込みの芸に移っていった。〈丹前〉はいくらか丸味をおび,〈六方〉は荒々しい芸などともいわれるが,時代とともに変化している。1734年(享保19)の《役者三津物・大坂》は〈多門庄左衛門作弥九兵衛,鎌倉団右衛門が六法,すあたまニかま髭,白キゐしやうニ七羽烏黒き衣装ニされかうべなんどつけ,大嶋の下ばかまに,はつはの大小をくはんぬきざし,うめくやうな哥をうたひ,長々としたるつらねをやつたるを,……今は……羽折にはかまを着し,……皆所作事に仕立,出端も次第か神楽つしま,三味線も手替りを引かけ,鳴物にのつて出れば,見物の心もうきたち,切の六法計で札銭はおしからじと〉と記している。現在演じられる〈六方〉は,《勧進帳》における弁慶や《菅原伝授手習鑑》の〈車曳〉の場の梅王の踏む〈飛六方〉に代表されるように,荒事の演技と密接している。このほか,《茨木》の鬼女の〈片手六方〉,《義経千本桜》の狐忠信の〈狐六方〉,《宮島のだんまり》の〈傾城六方〉,《鯨のだんまり》の〈泳ぎ六方〉などがある。また,人形浄瑠璃にも〈六方〉と称する足の動きがある。民俗芸能の中にも〈六方〉の名称がみられ,多くは足の所作を意味している。
→荒事
執筆者:鳥越 文蔵
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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歌舞伎(かぶき)演出用語。六法とも書く。手足と体を十分に振り、誇張的な動作で歩く演技。勇武と寛闊(かんかつ)な気分を表すもので、荒事(あらごと)演出では重要な技法の一つになっている。語源については諸説あるが、発生的には古来の芸能の歩く芸の伝統を引くもので、祭祀(さいし)に「六方の儀」と称する鎮(しず)めの儀式があったことから、両手を天地と東西南北(前後左右)の六方に動かすことの意にとるのが妥当のようだ。ほかに、江戸初期の侠客(きょうかく)グループ六方組から出たというのは俗説だが、当時の「かぶき者」たちが丹前風呂(たんぜんぶろ)へ通うときの動作を模したものは、丹前六方とよばれ、現在でも『鞘当(さやあて)』などにみられる。荒事系の技法では、手足の極端な動きによって強さを強調しながら花道を引っ込む「飛(とび)六方」が代表的なもので、『国性爺合戦(こくせんやかっせん)』の和藤内(わとうない)、『車引(くるまびき)』の梅王丸、『勧進(かんじん)帳』の弁慶などが有名。その変形として片手六方、狐(きつね)六方、泳ぎ六方などがある。人形浄瑠璃(じょうるり)や民俗芸能にも「六方」と称する足の動きの技法が伝えられている。
[松井俊諭]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…〈傾城事〉〈怨霊事〉〈物語〉〈身替り〉〈やつし〉〈濡れ場〉〈責め場〉〈縁切り場〉〈殺し場〉〈強請場〉など,演技上の類型が劇全体における局面構成の類型と結びついている例である。劇的に高揚した一瞬に,ツケを打たせ静止したポーズにきまる〈見得〉,舞踊性の濃い〈だんまり〉や〈立回り〉,戯曲とは関係なく歩く芸そのものの迫力や美しさを見せる〈丹前〉や〈六方〉などは,写実主義による西欧近代劇と構造的に異質な歌舞伎が育て上げた独特の演技様式である。〈せりふ〉も同様で,それぞれの様式に独自の一種のリズムを持つ。…
※「六方」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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