神戸市から宝塚市にかけた市街地の背後に横たわる山地。西は須磨海岸から東は
六甲の名称は、古くこの地が難波の対岸(向)にあることからムコ(務古・武庫)とよばれ、のちに六甲の字を充当してロッコウと読むようになったといわれるが定説はない。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
神戸市街の背後にある山地。西端は明石(あかし)市塩屋海岸で、鉢伏(はちぶせ)山(246メートル)、鉄拐(てっかい)山(234メートル)、高倉山(212メートル)、高取山(328メートル)、再度(ふたたび)山(470メートル)、摩耶(まや)山(702メートル)、主峰の東六甲山(931メートル)と東へ行くにしたがって高度を増し、東端は武庫(むこ)川に至る。東西30キロメートル、南北8キロメートルで、両端が狭く、レンズ状をなす山地である。南北両斜面には顕著な数本の断層があり、神戸丸山衝上(しょうじょう)断層は国の天然記念物に指定されている。主として花崗(かこう)岩からなり、黒雲母(くろうんも)の散在する本御影(ほんみかげ)は石材に利用される。山頂には前輪廻(ぜんりんね)性の侵食面である平坦(へいたん)面が残り、明治になってイギリス人グルームによる別荘地開発を契機に内外人の別荘地となり、またわが国最古の六甲ゴルフ場ができた。ケーブルカー、ロープウェー、ドライブウェーなどが整備されると、公園、山上遊園、人工スキー場、ホテルなどの観光開発が進んだ。山地のほぼ全域が瀬戸内海国立公園に含まれる。山地に発する河川は先行河川で六甲変動の新しさを示すが、風化しやすい軟弱な花崗岩だけに南麓(なんろく)に複合扇状地を形成、そこが神戸市街地となった。河川は天井川をなすものが多く、1936年(昭和11)の大山津波など幾多の災害発生の原因となった。第二次世界大戦後はその性質を利用して鶴甲(つるかぶと)山や高尾山などを切り崩し、その土砂を海湾埋立てに利用、採取跡は宅地化されている。
[二木敏篤]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…兵庫県神戸市東部,市街地の背後にそびえる花コウ岩からなる山。六甲山地の最高峰で,標高931m(東六甲山)。山頂の西約5km,西六甲山(803m)一帯は平たんな隆起準平原の特色を示し,明治半ば以降外国人の,大正に入ってからは日本人の別荘地として開発された。…
※「六甲山地」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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