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孫子 そんし Sun-zi

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

孫子
そんし
Sun-zi

中国,春秋時代の軍略家およびその著書名。孫子とは,春秋時代,呉の闔閭 (こうりょ。前 515~496) に仕えた名将孫武,あるいは,戦国時代,斉の軍師であった孫ぴん (前4世紀) という。ただし,現存の『孫子』 13編は3世紀初期の魏の曹操 (武帝) が編集したものといわれる。

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デジタル大辞泉の解説

そん‐し【孫子】

孫武または孫臏(そんぴん)の敬称。
中国、戦国時代の兵法書。1巻13編。呉の孫武の著といわれる。成立年代未詳。始計・作戦・軍形・兵勢などに分け兵法を論じる。「呉子」とともに孫呉と並称される。1972年に発見された竹簡により、現在の「孫子」は孫武の「孫子兵法」の一部であり、別に孫臏の「孫臏兵法」が存在したことが解明された。

まご‐こ【孫子】

孫と子。
子孫。後裔(こうえい)。「―の代まで栄える」

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百科事典マイペディアの解説

孫子【そんし】

中国,春秋時代に成立した兵書。《呉子》と並称される。1巻13編で,始計,作戦,謀攻,軍形,兵勢,虚実,軍争,九変,行軍,地形,九地,火攻,用間からなる。最も広く読まれた兵法書。
→関連項目尉繚子

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デジタル大辞泉プラスの解説

孫子

海音寺潮五郎著。1964年刊行。春秋時代末期、孫子と呼ばれた二人の人物、孫武と孫ピン(「ピン」は「月へん」に「賓」)を主人公とした歴史小説

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世界大百科事典 第2版の解説

そんし【孫子 Sūn zǐ】

中国古代の兵書。兵法書のうち最も著名で,日本での影響も大きい。全13編。春秋時代の呉の孫武(前500年ごろ)の著とされるが戦国(前4世紀)の作であろう。行軍,地形,火攻,用間(スパイ)などという各論も精密であるが,〈兵は国の大事〉として開戦の慎重さを求め,戦争の主導性を強調するなど特色に富み,そこに人生問題一般に通ずる深い思想性がみられる。日本ではすでに《続日本紀天平宝字4年(760)の条に《孫子》の記事が見え,江戸時代には荻生徂徠新井白石佐藤一斎らの注釈書が出ている。

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大辞林 第三版の解説

そんし【孫子】

○ 孫武そんぶの尊称。
中国の兵法書。1972年、山東省銀雀山の漢墓から、従来の「孫子」と孫臏そんびんの「孫臏兵法」の竹簡が出土。二種あることが確認された。
孫武著。一三編。従来から「孫子」とされてきた書で、「彼を知り己を知れば百戦殆あやうからず」などの名文・名句で知られる。呉孫子。
孫臏著。三〇編。斉孫子。孫臏兵法。

まごこ【孫子】

孫と子。
子孫。 「 -の代まで伝える」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

孫子
そんし

生没年不詳。従来は、中国古代の兵法家で春秋時代の呉(ご)の将軍孫武(そんぶ)、またはその著作になる13編の兵法書をさす。あるいは孫武の子孫で戦国時代の斉(せい)の孫(そんぴん)(前340ころ)、またはその著書をいう。
 ところが、1972年、銀雀山(ぎんじゃくざん)(山東省臨沂(りんぎ)県)の紀元前2世紀初頭のものと推定される漢墓から出土した兵書の竹簡によって、『孫子』には、在来の『孫子』と『孫』の2種類があったことが判明した。中国側のその後の報告によれば、『孫子』の竹簡305枚(2300余字)、『孫』の竹簡440枚(1万1000字以上)が解読されている。古書に名をとどめるのみで、姿を隠していた幻の兵書『孫』の出現は、『史記』の記載(孫武と孫の伝記)や『漢書(かんじょ)』「芸文志(げいもんし)」の記録(『呉孫子兵法』82編・図九巻、『斉孫子』89編・図四巻)の正しさを立証したばかりか、『孫子』の著者をめぐる論争にも終止符を打つことになった。[篠田雅雄]

『孫子』

在来の『孫子』は兵法書のなかでも古典中の古典と高く評価され、次の13編からなる。「計」「作戦」「謀攻」「形」「勢」「虚実」「軍争」「九変」「行軍」「地形」「九地」「火攻」「用間」。「彼を知り己を知らば百戦あやうからず」「その疾(はや)きこと風のごとく、その徐(しずか)なること林のごとく、侵掠(しんりゃく)すること火のごとく、動かざること山のごとし」などの名句は有名であるが、戦略・戦術について総合的に論じた兵法書で、道家的色彩を帯びた深い思想性をもつものといえよう。著者孫武については『史記』によれば、斉の人、兵法書13編を著すとある。呉王闔閭(こうりょ)(在位前515~前496)に仕え、西は楚(そ)を破り、北は斉、晋(しん)を脅かして、天下にその勇名をとどろかせた。呉王が諸侯の覇となりえたのも、孫武の力に負うところが多かったという。[篠田雅雄]

class="header_menu" id="『孫兵法』">『孫兵法』

臨沂銀雀山漢墓発掘調査団の「竹簡整理小組」の解読、整理によれば、次のように、上下、全30編に分かれる。上編――擒(きんほうけん)、〔見威王(けんいおう)〕、威王問(いおうもん)、陳忌問塁(ちんきもんるい)、簒卒(さんそつ)、月戦(げっせん)、八陣(はちじん)、地葆(ちほう)、勢備(せいび)、〔兵情〕、行簒(こうさん)、殺士、延気、官一(かんいつ)、〔強兵〕。下編――十陣、十問、略甲、客主人分(かくしゅじんぶん)、善者、五名五恭(ごきょう)、〔兵失〕、将義、〔将徳〕、将敗、〔将失〕、〔雄牝城(ゆうひんじょう)〕、〔五度九奪(ごどきゅうだつ)〕、奇正。
 解説によれば、〔 〕付きの編名は、原文にはなく整理者が補ったものである。この書は、現行の『孫子』より成立年代が新しいはずなのに、文体はかえって古めかしく、原始的とさえ感じさせる部分もある。内容は、社会状況の推移による戦争形態の変化を反映して、城市攻略、陣地戦に重点が置かれ、『孫子』に比べてより具体的であり、実際的である。
 著者については、『史記』に、「斉の人。孫武の後裔(こうえい)。鬼谷子(きこくし)の弟子。同学の(ほうけん)(?―前341)にその優れた才能をそねまれ、欺かれて罪に陥(おと)され、両足を切断される。のち斉に逃れて威王(いおう)(在位前356~前320)に仕え、謀(はかりごと)によって魏(ぎ)軍を破り、涓を自害させる。その兵法を後世に伝える」とある。[篠田雅雄]
『村山吉広編『中国古典文学大系4 老子・荘子・列子・孫子・呉子』(1973・平凡社) ▽山井湧編『全釈漢文大系22 孫子・呉子』(1975・集英社) ▽村山孚訳『孫兵法』(1981・徳間書店) ▽金谷治編『孫子』(岩波文庫) ▽佐藤堅司著『孫子の思想史的研究』(1962・風間書房/1980・原書房) ▽佐藤堅司著『孫子の体系的研究』(1963・風間書房) ▽郭化若編・訳『孫子今訳 附「宋本十一家注孫子」』(1961・中華書局)』

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