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吉水神社 ヨシミズジンジャ

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デジタル大辞泉の解説

よしみず‐じんじゃ〔よしみづ‐〕【吉水神社】

奈良県吉野郡吉野町にある神社。後醍醐(ごだいご)天皇を祭神とし、楠木正成(くすのきまさしげ)、宗信(そうしん)法印を合祀する。もと金峰山寺(きんぷせんじ)の僧坊吉水院(きっすいいん)で、修験道とともに発展したが、明治維新神仏分離により、明治8年(1875)吉水神社と改めた。源義経の潜居、後醍醐天皇の行宮(あんぐう)として有名。平成16年(2004)「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として世界遺産文化遺産)に登録された。

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世界大百科事典 第2版の解説

よしみずじんじゃ【吉水神社】

奈良県吉野郡吉野町吉野山に鎮座。後醍醐天皇を主神とし,楠木正成吉水院宗信法印を配祀する。もと吉水(きつすい)院と称し,役小角(えんのおづぬ)の創立と伝える吉野修験金峯山寺の僧坊で,後醍醐天皇吉野潜幸のとき,しばらく行宮(あんぐう)とされた。天皇の没後,後村上天皇が天皇の像を安置して奉斎したことに始まり,1875年神社とし,89年その像は吉野神宮創建とともに移されたが,当社は天皇ゆかりの地として存続。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

吉水神社
よしみずじんじゃ

奈良県吉野郡吉野町に鎮座。後醍醐(ごだいご)天皇、楠木正成(くすのきまさしげ)、宗信(そうしん)(真遍)法印を合祀(ごうし)する。もと金峯山寺(きんぷせんじ)の僧坊吉水院で、1336年(延元1・建武3)12月後醍醐天皇は吉野へ行幸(「天野山金剛寺古記写」)、ここを行宮(あんぐう)とした。後醍醐天皇没後、後村上(ごむらかみ)天皇は先帝の像を刻み、吉水院へ奉安し追福を祈ったという。江戸期になり本居宣長(もとおりのりなが)はこの地を訪れ、この像について記している(『菅笠(すげがさ)日記』)が、現在は吉野神宮の御神体として祀(まつ)られている。明治初年に廃寺となり、1875年(明治8)に吉水神社と改称した。元僧坊は単層入母屋(いりもや)造・檜皮葺(ひわだぶ)きで国の重要文化財。当地には1185年(文治1)11月に源義経(よしつね)が一時滞在したことがあり(『吾妻鏡(あづまかがみ)』)、現に後醍醐天皇玉座と伝える間とともに、義経潜居の間がある。例祭は9月27日。宝物には、御消息(ごしょうそく)紙本墨書(後醍醐天皇宸筆(しんぴつ)、国重文)、伝源義経所用色々威(いろいろおどし)腹巻(国重文)をはじめ後醍醐天皇関係の古文書、武具、楽器など貴重なものが多い。[平泉隆房]

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