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四庫全書 しこぜんしょSi-ku quan-shu; Ssǔ-k`u ch`üan-shu

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

四庫全書
しこぜんしょ
Si-ku quan-shu; Ssǔ-k`u ch`üan-shu

中国,清の乾隆帝時代に編集された一大叢書。経,史,子,集の4部に分類され,3458種,7万 9582巻の大部に上る。乾隆 37 (1772) 年の詔によって同年四庫全書館が開設され,紀いん (きいん) をはじめ数百人の学者が動員されて 10年の年月をかけ,同 46年に最初の1組が完成した。書庫も開設され,北京の紫禁城内の文淵閣をはじめ,熱河離宮の文津閣,北京郊外の円明園の文源閣,盛京宮城の文源閣の4閣が建てられた。また民間の便をはかるため,揚州に文匯閣,鎮江に文宗閣,杭州に文瀾閣を建てた。しかし太平天国義和団 (→義和団事変 ) などの戦乱によって失われたものが多い。

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百科事典マイペディアの解説

四庫全書【しこぜんしょ】

中国,清の乾隆帝の命により紀【いん】(きいん)〔1724-1805〕ら多数の学者が編集した一大叢書。当時現存の書をほとんど網羅(もうら)し,3457種(数には異同がある),7万9582巻の校訂,抄写を行い,経・史・子・集の4部(四庫)に分類し,各書の巻頭に解題を付し(《四庫全書総目提要》),1781年に完成した。
→関連項目汪中姚【だい】

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世界大百科事典 第2版の解説

しこぜんしょ【四庫全書 Sì kù quán shū】

中国最大の叢書清朝の乾隆帝が,入手できる限りの書籍を集め,主要な3457部を一定の書式に従って筆写させ,自己の蔵書としたもの。経・史・子・集の四部に分類されて保管されたので四庫の名がある。乾隆帝は1741年(乾隆6)から集書を始め,72年に四庫全書館を置き,紀昀(きいん)らに命じて,勅撰本,内府蔵本,永楽大典本,各省採進本,私人進献本,通行本の6種よりなる収集原本をもとに,四庫に収める書と目録だけを作る書とに分けさせた。

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大辞林 第三版の解説

しこぜんしょ【四庫全書】

中国、清代に乾隆けんりゆう帝の勅命によって四庫全書館で集成された叢書そうしよ。古今の重要な書物を網羅しており、集録された書物は七万九千七十巻(巻数には異同がある)。書名のみ採録された「存目」九万三千五百五十六巻。紀昀きいんをはじめ三百六十余人の学者が編纂に当たり、1781年第一部が完成。

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知恵蔵miniの解説

四庫全書

中国最大の漢籍叢書。清朝の乾隆帝が、先秦から清代前半に至るまでの主要書物3460ほどを筆写させ、自己の蔵書としたもの。「経」「史」「子」「集」の四つに分類されているため、この名となった。1741年から集書が始められ、紀昀(きいん)が総編纂官となり230人の学者が編集に携わって、81年に完成したとされる。正本7部・副本1部が作られ、現存するのは4部。中国の医学・文学・史学・哲学・理学工学のほとんどあらゆる分野が含まれている。著名な書籍としては『論語』『春秋』『史記』『孫子兵法』『本草綱目』などが収録されている。

(2014-7-1)

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

四庫全書
しこぜんしょ

中国、清(しん)の乾隆帝(けんりゅうてい)欽定(きんてい)の一大叢書(そうしょ)。7万8731巻(巻数には異同がある)。朱(しゅいん)の建議によって、1772年から10年間に、永楽大典本、朝廷蔵本、官選本、各省採進本、私人進献本、通行本などから、当時集められるだけの重要な書籍を集めて、経、史、子、集の4部に分け、これを校正し、善本をつくり、浄写させ、各書に著者の履歴、書の内容、批評を記した、いわゆる「提要」を冠した。その際、その内容が清朝に都合の悪いものは、一部分を削り、あるいは禁書に指定した。初め四そろいをつくり、紫禁城中の文淵(ぶんえん)閣、円明園離宮の文源閣、奉天行宮(あんぐう)の文溯(ぶんさく)閣、熱河(ねっか)避暑山荘の文津(ぶんしん)閣に蔵した。その後、揚州(ようしゅう)大観堂に文匯(ぶんかい)閣、鎮江金山寺に文宗閣、杭州(こうしゅう)聖因寺行宮に文瀾(ぶんらん)閣を建てて一部ずつ所蔵させた。現在『四庫全書』のうち130種余は『武英殿聚珍(しゅうちん)版叢書』として出版され、またほかは『四庫珍本』として初集から11集まで出版されている。なお提要は『四庫全書総目提要』200巻にまとめられ、中国学術の体系を概観できる。[川越泰博]

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世界大百科事典内の四庫全書の言及

【永楽大典】より

…前者は明末の動乱で焼失し,後者は清朝になって翰林院に移管されたが,すでに2000巻以上が失われていた。乾隆帝は《四庫全書》の編纂にあたり,《永楽大典》の中に一般では亡佚してみられぬ書物が多く含まれていることに注目し,各項目からそれらを抽出復元させた。こうして経部66,史部41,子部103,集部175部,総計385部4926巻の書物が再び日の目をみた。…

【古今図書集成】より

…以来24年を経てなお刊行に至らぬまま雍正帝の世を迎えたとき,彼は清初の三藩の乱に荷担した罪を問われて黒竜江省に流されたので,あらためて蔣廷錫が勅を奉じて事業を継承し,1725年(雍正3)に完成,翌々年に銅版印刷法を用いて64部を刷った。同書はその後の学術の進展にさほど寄与したと思えないが,後年乾隆帝が《四庫全書》を編纂させたとき,《古今図書集成》未収書を《永楽大典》から復元させるなど編集の規範として役立てられたほか,500部以上の書物を乾隆帝に進献した鮑士恭,范懋柱,汪啓淑,馬裕の4家に恩賞として各1部が下賜されたという。【勝村 哲也】。…

※「四庫全書」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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