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ぐん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説


ぐん

古くは「こほり」といった。行政単位としての下にあり,郷,里,村などを含む区画。古くは「こほり」に「評」の文字が用いられていたことは当時の金石文,古文書,古記録類に明らかで,『大宝令』の頃から「郡」の文字に変ったものと思われる。

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デジタル大辞泉の解説

ぐん【郡】

都道府県の区・市以外の町村を包括する区画。明治11年(1878)府県の下の行政区画とされ、同23年の郡制によって地方自治体として認められたが、大正12年(1923)廃止。現在は単に地理上の区画。
律令制での行政区画の一。国の下に位し、郡司が管轄した。この下に郷・里がある。

ぐん【郡】[漢字項目]

[音]グン(呉) [訓]こおり
学習漢字]4年
行政区画の一。「郡下・郡司(ぐんじ)郡部
古代中国で、県より大きい行政区の単位。「郡県制楽浪郡
[名のり]くに・さと・とも

こおり〔こほり〕【郡】

律令制で、国の下に位置する地方行政区画。里・郷・村を包括するもの。→郡(ぐん)

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百科事典マイペディアの解説

郡【ぐん】

の下にあって(ごう)・(り)・町・村などを包括した行政区画。古くは〈こおり〉とも読む。649年から評(こおり)制が施行されていたが,701年の大宝(たいほう)律令施行により郡制に改編され成立したと考えられる。
→関連項目大化改新那須国造碑

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防府市歴史用語集の解説

 律令[りつりょう]時代の「国」の中を支配するために、さらに細かく分けられた行政区分が「郡」になります。郡にはそれぞれ「郡衙[ぐんが]」という役所が置かれました。

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世界大百科事典 第2版の解説

ぐん【郡】


[古代]
 律令国家の地方行政組織の一つで,国の下におかれた。〈こおり〉ともいう。中国の郡県制に淵源し,日本での初見は《日本書紀》大化2年(646)正月条の〈改新之詔〉に〈凡そ郡は四十里をもって大郡とせよ。三十里以下,四里より以上を中郡とし,三里を小郡とせよ〉とあり,このとき郡制が施行されたかのように記されているが,孝徳朝の649年(大化5)に(こおり)制が施行されて以来,7世紀の後半を通じて国の下の行政単位が一貫して評であったことは,金石文や木簡などの当時の史料から確かめられている。

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大辞林 第三版の解説

ぐん【郡】

都道府県の下位区分の一つで、町・村を包括する区画。1878年(明治11)府・県の下の行政区画とされ、1890年の郡制によって地方自治体としての権能が明確になったが、1923年(大正12)廃止。以後、地理的区画となった。
律令制下、国の下に置かれた地方行政単位。この下に里(郷)があった。中世・近世にも存続した。
中国で、秦以降隋まで県の上に置かれた行政区画。 → 郡県制度

こおり【郡】

ぐんの古い呼び方。一国を小分けにした町・村・里・郷などを包括するもの。 → ぐん(郡)

出典|三省堂
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日本の地名がわかる事典の解説

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説


ぐん

「こおり」とも読む。古代から現代までの地方行政区画。『日本書紀』には、646年(大化2)条の改新詔に郡の規定があり、郡が行政区画として定められたとされてきた。しかし、木簡(もっかん)などの史料から、このとき定められたのは評(ひょう/こおり)であることが明らかになった。
 郡が定められたのは、8世紀初頭制定の大宝律令(たいほうりつりょう)であった。律令制では、郡は、国の下にあって里(1里=50戸)を包括し、里の数によって、大(16~20里)、上(12里以上)、中(8里以上)、下(4里以上)、小(2里以上)の5等に分けられた。郡司には、旧国造(くにのみやつこ)層をはじめとする在地首長が任命され、口分田(くぶんでん)の班給が郡規模の広さで行われるのを原則とし、調庸物の合成が郡を単位に認められていたことなど、郡は、郡司の体現する伝統的支配と密接な関連をもって設定された、律令制支配の基礎となる行政区画であった。10世紀以降、郡司の支配の変質、荘(しょう)などの増加によって、地域名化していった。その後、16世紀の太閤(たいこう)検地によって、郡は諸村を統轄するものとされ、江戸幕府も郡名の復旧に務めた。1878年(明治11)郡区町村編制法によって、府県の下位の行政単位とされ、郡役所が置かれた。1921年(大正10)郡制の廃止が決議され、郡は行政区画としてのみ存続している。[大町 健]

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世界大百科事典内のの言及

【郡家】より

…律令制下における郡の役所。郡衙(ぐんが),郡府ともいう。…

【東国】より

…東国が畿内を中心とする国家の支配下に名実ともに組織されたのは,逆にこれ以後ということもできるのである。 東国にも東北北半を除いて国郡制が一応貫徹し,天武朝以後,伊賀以東の東海道,あるいは美濃以東の東山道を〈東国〉とする呼称が新たに用いられるようになり,三関以東は〈関東〉,関東・東北地方は〈坂東〉〈山東〉と呼ばれた。しかしすでに古墳時代,毛野(けぬ)氏などの自立的な勢力を生み出した東日本の社会は,律令国家の支配下にそのままとどまってはいなかった。…

【郡】より

…〈こおり〉ともいう。中国の郡県制に淵源し,日本での初見は《日本書紀》大化2年(646)正月条の〈改新之詔〉に〈凡そ郡は四十里をもって大郡とせよ。三十里以下,四里より以上を中郡とし,三里を小郡とせよ〉とあり,このとき郡制が施行されたかのように記されているが,孝徳朝の649年(大化5)に(こおり)制が施行されて以来,7世紀の後半を通じて国の下の行政単位が一貫して評であったことは,金石文や木簡などの当時の史料から確かめられている。…

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