土蜘蛛(読み)ツチグモ

デジタル大辞泉 「土蜘蛛」の意味・読み・例文・類語

つちぐも【土蜘蛛/土蜘】[曲名]

謡曲五番目物。僧に化けた土蜘蛛病中源頼光を襲うが、刀で切りつけられ、姿を消す。頼光家臣があとを追い、葛城山で退治する。
歌舞伎舞踊長唄河竹黙阿弥作詞、3世杵屋正次郎作曲。明治14年(1881)東京新富座初演。を舞踊化した松羽目まつばめで、新古演劇十種の一。

つち‐ぐも【土蜘蛛】

ジグモ別名
古代大和朝廷の命に従わず、異民族視された辺境の民の称。
[補説]曲名別項。→土蜘蛛

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精選版 日本国語大辞典 「土蜘蛛」の意味・読み・例文・類語

つち‐ぐも【土蜘蛛】

  1. [ 1 ] 〘 名詞 〙
    1. じぐも(地蜘蛛)」の異名。〔多識編(1631)〕
    2. 古代、中央政府の威徳に服しない土着の人々を、蔑視して呼んだ称。穴居して、性凶暴であったという。神話、伝説に見える。
      1. [初出の実例]「忍坂の大室に到りたまひし時、尾生る土雲〈訓みて具毛(グモ)と云ふ〉八十建、其の室に在りて待ち伊那流(いなる)」(出典:古事記(712)中)
  2. [ 2 ]
    1. [ 一 ] ( 金春・宝生流は「土蜘」と書く ) 謡曲。五番目物。各流。作者不詳。病床に伏す源頼光の枕元に僧形の者が訪れ、千筋の糸を投げて苦しめるので頼光が刀で切りつけるとたちまち姿を消す。頼光の声に驚いてかけつけた武者が、従者たちと血の流れた跡をたどって古塚を見つけ、岩陰から出てきたさきの土蜘蛛の精を退治する。
    2. [ 二 ] ( 土蜘 ) 長唄。大薩摩物。三世杵屋勘五郎作曲。文久二年(一八六二)江戸芝末広御殿で初演。常磐津「蜘蛛の糸」の改作で、上中下三段より成り、上段(通称「切」)だけが現在でも演奏される。
    3. [ 三 ] ( 土蜘 ) 歌舞伎所作事。長唄。河竹黙阿彌作。三世杵屋正次郎作曲。初代花柳寿輔振付。明治一四年(一八八一)東京新富座初演。[ 一 ]に取材した松羽目物。新古演劇十種の一つ。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「土蜘蛛」の意味・わかりやすい解説

土蜘蛛(能)
つちぐも

能の曲目。五番目物。五流現行曲。金春(こんぱる)・宝生(ほうしょう)流は「土蜘」と表記。出典は『平家物語』の「剣の巻」。源頼光(らいこう)(ツレ)は不思議な病に悩んでいる。朝廷の医療所から薬を届けに胡蝶(こちょう)という女(トモ)がやってくるが、それと入れ替わるように怪しい僧(前シテ)が現れ、蜘蛛の巣を投げて襲いかかるが、頼光の刀に切られて消える。異変に駆けつけた独武者(ひとりむしゃ)(ワキ)に、頼光は剣の威徳を語り、剣は蜘蛛切りと名づけられる。血の跡を追って独武者とその軍勢(ワキツレ)が葛城(かつらぎ)山に至ると、土蜘蛛の妖怪(ようかい)(後(のち)シテ)が現れ、巣を繰り出して防戦するが、ついに首を落とされる。蜘蛛の糸は、鉛を芯(しん)に雁皮紙(がんぴし)を堅く巻いて細かく刻んでつくられるが、舞台に白い虹(にじ)が走るような美観が好まれ、人気のある作品である。黒川能では前シテに奇怪な面を用いるが、五流の能では素顔のままで演ずる。浄瑠璃(じょうるり)や歌舞伎(かぶき)にも多くのバリエーションを生んだ。

増田正造

 能『土蜘蛛』によった歌舞伎舞踊劇に『土蜘(つちぐも)』がある。長唄(ながうた)。河竹黙阿弥(もくあみ)作。1881年(明治14)6月、東京・新富(しんとみ)座で5世尾上(おのえ)菊五郎が初演。作曲3世杵屋正次郎(きねやしょうじろう)、振付け初世花柳寿輔(はなやぎじゅすけ)。歌舞伎舞踊の一系統であり、尾上家の家の芸でもあった「土蜘」を原典の能仕立ての松羽目物(まつばめもの)につくったもので、菊五郎が制定した「新古演劇十種」の第一作。能の筋(すじ)をそっくり移し、蜘蛛の精の化身である僧智籌(ちちゅう)が修行の厳しさを物語るところ、頼光(よりみつ)に斬(き)りつけられてからの立回りなどが見せ場。大正以降、6世尾上梅幸(ばいこう)、6世尾上菊五郎を経て、2世尾上松緑(しょうろく)が得意としていた。

[松井俊諭]


土蜘蛛(古代)
つちぐも

古代、大和(やまと)朝廷側から異族視されていた集団。『日本書紀』では「神武(じんむ)紀」に土蜘蛛を、「身短くして手足長し、侏儒(ひきひと)と相にたり」と形容しているが、「景行(けいこう)紀」では朝命に従わず、石窟(いわむろ)に住む人物を土蜘蛛と表現している。『常陸国風土記(ひたちのくにふどき)』では、国樔(くず)を土俗のことばで、土蜘蛛とか八握脛(やつかはぎ)とよんでいたと記している。八握脛は脚の長い者の意味であるから「神武紀」の「手足長し」に類するものといえよう。また『常陸国風土記』には、国樔、つまり土蜘蛛は「山の佐伯(さへき)」「野の佐伯」であり、「普(あまね)く土窟(つちむろ)を掘り置きて、常に穴に住み、人来たれば窟に入りてかくる」とされ、狼(おおかみ)の性、梟(ふくろう)の情をもつもので、いよいよ風俗を阻(へだ)てる種族であるといっている。王化に浴せぬいわゆる化外(けがい)の民で、水田耕作より狩猟を主としていたため、その生活様式を一般農民と異にしていた人たちを蔑称(べっしょう)したものであろう。

 おそらく容易に大和朝廷の支配下に入らなかった人たちは、平地の農耕民というより、むしろ山地の民が多かったようである。その代表例が蝦夷(えみし)(佐伯)であった。「景行紀」に「蝦夷は是(これ)、はなはだ強し。男女交わり居りて、父子別無し。冬は穴に宿(ね)、夏は樔(す)に住む」として穴居をその特徴としてあげている。また越(こし)の蝦夷と想像される人物も、八握脛と名づけられ、その脛の長さは「八掬(やつか)、力多くはなはだ強し。是れ土雲(つちぐも)の後なり」とされている(『越後(えちご)国風土記』逸文)。このように神話や説話のなかにみられる土蜘蛛は、朝廷に討伐さるべき対象として描かれるが、荒ぶる土神や、凶賊とされるのは、やはり平定に困難を極めた記憶によるものであろう。

[井上辰雄]

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改訂新版 世界大百科事典 「土蜘蛛」の意味・わかりやすい解説

土蜘蛛 (つちぐも)

古代,ヤマト王権の勢力に従わない在地土着の首長ないし集団を呼んだ名称。土雲とも書く。その内容については土窟に住む農民説,蝦夷説,国津神説,などの諸説がある。土蜘蛛の所伝は大和をはじめ,東は陸奥から西は日向におよぶ広範囲にみられ,ヤマト王権の征討伝承の中に抵抗する凶賊として登場し,土窟に穴居して未開の生活を営み,凶暴であるとして異民族視されている。征討伝承は《古事記》《日本書紀》にあり,常陸,豊後,肥前の各風土記や摂津,越後,肥後,日向諸国の同逸文にも各地土着の土蜘蛛の記事がみえる。《日本書紀》神武即位前紀は土蜘蛛の身が短く手足が長いとしており,同景行紀では石窟に住み皇命に従わなかったとある。また《常陸国風土記》は土窟に穴居したとし,《摂津国風土記逸文》にもつねに穴居することから土蜘蛛と賤称したとする。しかし,これらの習俗はむしろ土蜘蛛の名から作られたものか。
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百科事典マイペディア 「土蜘蛛」の意味・わかりやすい解説

土蜘蛛(日本史)【つちぐも】

大和朝廷に従わない在地土着の首長および住民に対する蔑称(べっしょう)の一つ。手足が長いというのは《日本書紀》の記述で,《常陸国風土記(ひたちのくにふどき)》には土窟に穴居という解釈もあるが,これらの伝承・習俗は土蜘蛛の名からむしろ作られたものか。
→関連項目切能物肥国

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「土蜘蛛」の意味・わかりやすい解説

土蜘蛛
つちぐも

能の曲名。切能物 (→尾能 ) 。各流にあり,宝生,金春流では『土蜘』と書く。作者未詳。小書 (こがき) に「入違之伝」「黒頭」 (観世) ,「千筋之糸」 (金剛) がある。『平家物語』剣の巻により,有名な曲で,浄瑠璃,歌舞伎にも取入れられている。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「土蜘蛛」の解説

土蜘蛛 つちぐも

伝承上の妖怪。
朝廷にしたがわなかった先住民をよんだ名。「古事記」「日本書紀」などにみえる。背はひくいが手足はながく,オオカミの性質とフクロウの心をもつという。中世になると妖怪変化の象徴とされ,能,歌舞伎などの題材にとりあげられた。

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歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典 「土蜘蛛」の解説

土蜘蛛
〔長唄〕
つちぐも

歌舞伎・浄瑠璃の外題。
作者
河竹新七(2代)
初演
明治14.6(東京・新富座(梅寿追善興行))

土蜘蛛
(通称)
つちぐも

歌舞伎・浄瑠璃の外題。
元の外題
花盞大江山
初演
弘化2.11(江戸・中村座)

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