漆工芸の加飾法の一種で,金,銀,錫などの薄板を文様に切り,漆面に貼り付けたもの。またはさらにその上に漆を塗り,金属文様が出るまで研ぎ出したもの。漢代の漆器の甲面の中心飾りに見られ,漢代末にはこの種の技法がかなりな水準にあったことがわかる。盛行期は唐代で,朝鮮新羅時代の遺物も発見されている。日本には奈良時代(8世紀ごろ)に伝えられ,正倉院に多数伝存する。これらを《東大寺献物帳》とつき合わせると,唐および奈良時代にはこの技法を〈平脱(へいだつ)〉といいあらわしたことが知られる。〈平文〉と記載された例は〈銀平文琴〉のみで,これは現存せず,平脱と平文は技法的な大きな問題を残している。平文は平脱の和称という説もあるが,施工工程に若干の相違があるともいわれる。日本における平文の技法は,舶載された唐製のものを手本として習得された。明確に日本で製作された遺例は,当麻寺金堂〈当麻曼荼羅厨子軒板〉の大規模な平文で平安初期の作である。ところがこの時期の遺品はごく少なく,〈宝相華銀平文袈裟箱〉(根津美術館)もその稀有の例である。平安盛期に平文は蒔絵におされて流行せず,わずかに春日大社に伝わる神器や有職器に白(はくろう)の貼付平文として遺る。鎌倉時代になって平文の強い効果が好まれ,〈蝶牡丹唐草文蒔絵手箱〉(畠山美術館),〈梅蒔絵手箱〉(三島大社)などの名品が生まれた。9世紀以前は総平文であったが,13世紀以後は文様の一部に効果的に用いる点飾的平文が主流となり今日に至っている。
古代の平文の金属板の厚みはさまざまである。10~30μmで幅は18cmに及ぶものがあり,また,東大寺金堂鎮壇具〈金鈿装大刀〉のものは1mmもある。これをはさみ,小刀,たがね(鏨)で切り透かしたと考えられる。接着剤は漆以外の膠(にかわ)状のものが用いられ,18世紀まで続く。漆が接着剤となるのは明治以後であろう。正倉院では下地の上に貼られる場合が多いという。貼付後2,3回塗漆し,その後文様を研ぎ出し,蹴彫(けりぼり)で仕上げる。蹴彫工程で貼り付けた金属板が浮き上がることも多い。文様を研ぎ出したものを平文,文様上の漆膜をはぎとる法を平脱とする説もある。
執筆者:中里 寿克
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漆器の加飾技法の一種。平脱(へいだつ)ともいう。金・銀・錫(すず)・真鍮(しんちゅう)などの金属の薄い板を文様に切り、漆(うるし)面に貼(は)り付けるものと、その上から漆を塗り埋めたのち漆を小刀の類で剥(は)ぎ取るか、または研ぎ出して金属板を現す方法がある。平文は日本名、平脱は中国名といわれ、わが国には奈良時代に唐から伝わり、当時盛んに行われたことは正倉院宝物によっても知られる。平安時代以後は蒔絵(まきえ)と併用され、室町時代からは金貝(かながい)の名称でよばれるようになった。
[郷家忠臣]
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…おもな遺品には金銀山水八卦背八角鏡,銀壺,銀薫炉,金銀花盤などがある。(2)漆工 漆に掃墨を入れた黒漆塗,蘇芳(すおう)で赤く染めた上に生漆を塗った赤漆(せきしつ),布裂を漆で塗りかためて成形した乾漆,皮を箱型に成形して漆でかためた漆皮(しつぴ),漆の上に金粉を蒔(ま)いて文様を表した末金鏤(まつきんる),金銀の薄板を文様に截(き)って胎の表面にはり,漆を塗ったあと文様を研いだり削ったりして出す平脱(へいだつ)(平文(ひようもん)),顔料で線描絵を施した密陀絵(みつだえ)などの技法が用いられた。遺品には漆胡瓶(しつこへい),金銀平脱皮箱,金銀平文琴,赤漆櫃,密陀絵盆などがある。…
…作例は慶州雁鴨池(がんおうち)出土の多量の漆器断片で,なかでも珍しいのは黒漆地に朱と黄2色の色漆で文様を描いた漆絵断片と,朝鮮では初めての出土例である黒漆平脱(へいだつ)文の断片である。黒漆平脱(平文(ひようもん))の出土は唐代漆芸の新たな受容を端的に示すものである。高麗時代には自らの創意工夫によって華麗な螺鈿漆器を製作した。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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