心筋梗塞(症)(読み)しんきんこうそくしょう(英語表記)Myocardial Infarction

家庭医学館 「心筋梗塞(症)」の解説

しんきんこうそくしょう【心筋梗塞(症) Myocardial Infarction】

心筋梗塞とは
心筋梗塞の検査と診断
心筋梗塞の治療
救急医療について
心筋梗塞の予防と対策

心筋梗塞(しんきんこうそく)とは
◎狭心症(きょうしんしょう)と心筋梗塞
 心臓は絶え間なく拍動(はくどう)しています。その心臓のポンプ作用の基になっているのは心筋細胞の収縮です。そのエネルギーは、心臓に栄養と酸素を届けている血管である冠動脈(かんどうみゃく)(冠状動脈(かんじょうどうみゃく))によって供給されています。
 加齢によってこの冠動脈に動脈硬化(どうみゃくこうか)が生じると、血管の内腔(ないくう)が狭く小さくなり(狭小化)、血の流れが悪くなっていきます。その結果、心筋虚血(しんきんきょけつ)(血液が足りない状態)となります。この障害が可逆的(かぎゃくてき)な(もとの状態にもどったり悪化したりする)場合は、短時間(数分)の胸痛が生じます。これが狭心症(きょうしんしょう)(「狭心症」)です。
 ところが、完全に血行が途絶え、心筋細胞が壊死(えし)(細胞が死亡した状態)してしまうと、急性心筋梗塞症と呼ばれる状態になります。
 心筋梗塞に至るまでの所要時間は、動物実験でみても、動物の種によって差があり、同じ種でも個体差があります。比較的人間に近いとされるブタで実験してみると、30分間血行を止めると11%、1時間で約80%、2時間で96%の心筋細胞が壊死してしまいます。
 しかしながら、側副血行路(そくふくけっこうろ)(枝分かれした血管を通り、回り道して血液が組織に達する路線)が発達していれば、心筋梗塞に至るまでには時間がかかります。人間はイヌとブタの中間ぐらいに側副血行路が発達していると考えられており、心筋梗塞に至るまでには3~6時間かかると予想されています。したがって、血管が閉塞(へいそく)したためにおこる発作の後、心筋が完全に壊死してしまうまでに、早く治療を開始することが非常に重要になるわけです。
◎どうして血管がつまるのか
 冠動脈がどうして閉塞するのか、まだ完全にはわかっていません。これまでは、冠動脈のけいれん(スパスムといいます)や、冠動脈に生じた動脈硬化が進行して完全に血管が閉塞してしまうことが原因だと考えられてきました。ところが、その後たくさんの冠動脈造影(血管に放射線に反応する薬液を注入して冠動脈の状態を撮影する方法。(「心筋梗塞の検査と診断」のその他の検査参照))や不幸にして死亡された後の病理解剖の結果から、心筋梗塞の原因となった冠動脈には血液の凝血塊(ぎょうけつかい)(血のかたまり。血栓(けっせん)ともいいます)が高い確率で存在すること(図「狭心症と心筋梗塞症の冠動脈病変のちがい」)、しかもその部位では、動脈硬化した部分をおおっている膜に亀裂(きれつ)が生じていることが明らかになりました。
 組織に亀裂があると、そこを修復しようと、血小板(けっしょうばん)をはじめとして、血液に含まれる凝固系(ぎょうこけい)(血を固まらせる)成分がたくさん集まってきます。その結果、過剰な反応が生じ、血栓が大きく成長して、完全閉塞となります。
 血栓形成の程度が軽い場合は、症状が現われることなく修復されるため、無症候性の動脈硬化となります。ところが、中等度の血栓の場合は、血管が不完全に閉塞して狭心症をおこし、完全に閉塞すれば急性心筋梗塞症を発症することになるわけです。
◎虚血性心疾患(きょけつせいしんしっかん)は増えているか
 狭心症や心筋梗塞症は、虚血性心疾患と総称されています。日本は、欧米各国に比べ、人口あたりの虚血性心疾患数は非常に少なく、厚生省(現厚生労働省)が毎年報告している人口動態統計の死因解析でみても、年齢で調整した死亡率は年々低下しています。ところが、人口の高齢化にともない、虚血性心疾患の絶対数は増加しており、おもな死因の1つを占めています。現在、1年間の心筋梗塞発症数は、およそ15万人、致命率は30%と推測されています。
◎危険因子について
 冠動脈硬化の危険因子(冠危険因子(かんきけんいんし)といいます)には、コラム「冠危険因子」に示したようなものがあります。とくに中年男性や以降の女性で複数の因子をもっている人は、定期的な検診を受けることが重要です。
 50歳未満の人の発症を男女比でみると、10対1と女性はきわめて低率です。これは、閉経前の女性は、エストロゲンという女性ホルモンによって動脈硬化が抑えられるためです。出産・育児というたいせつな時期に母体を守るためと考えられています。
◎発症の誘因は何か
 動脈硬化したところの亀裂が急性心筋梗塞症の成因である、とこの項目のどうして血管がつまるのかで述べましたが、この亀裂がどうしてできるかはまだわかっていません。
 ただ、発症前の患者さんの状態を調べますと、疲労、睡眠不足、激務、過度な精神的ストレスがあったことがわかります。必ずしも発症時に何か過激なことがあって、心筋梗塞発作がおこったのではなく、むしろ発症前の不摂生が関係しているのです。
 心身の不摂生がこうじると、交感神経系(こうかんしんけいけい)の活動が優勢となり、カテコラミンカテコールアミン)と呼ばれるホルモンが必要以上に分泌(ぶんぴつ)されます。それが亀裂を誘発したり、凝固能の亢進(こうしん)をまねくと考えられるのです。
 発症時刻は、医療機関が休診している時間帯である早朝や夜間のことが多くあります。そのようなとき、我慢せずに、すぐに連絡・相談できるかかりつけの医師や医療機関を日ごろから確保しておくことがたいせつです。

心筋梗塞(しんきんこうそく)の検査と診断
 心筋梗塞であるかどうかは、おもに症状、心電図、血液検査(心筋逸脱酵素(しんきんいつだつこうそ))で診断されます。
●心筋梗塞の症状
 通常30分以上続く前胸部の強い胸痛(きょうつう)と絞扼感(こうやくかん)(締めつけられるような感覚)があり、恐怖や不安感をともないます。部位は前胸部中央、胸全体、頸部(けいぶ)、背部、左腕、上腹部で、付随症状として冷や汗、吐(は)き気(け)・嘔吐(おうと)、呼吸困難があります。時間は数十分から、24時間以上続くこともあります。
 注意点 脳梗塞(のうこうそく)や糖尿病がある人や高齢者の場合、まったく痛むことなく発症することがあります。いつもとようすがちがう場合には、急性心筋梗塞症も念頭におく必要があります。
 また、梗塞の部位によっては、上腹部痛による吐き気をともなうことがあるため、消化器疾患とまぎらわしいこともあります。中年を過ぎたら、心電図検査を受けて、心筋梗塞の可能性を早めにチェックしておくことです。
●心電図検査
 急性期(症状や病態の変化が大きい時期)には、心電図に特徴的な変化があるため、典型的な心筋梗塞発作の診断は容易です。その変化は、ST上昇、数時間後の異常なQ波の出現、数日後の深い冠性T波の出現の3つです(図「急性心筋梗塞症の典型的な心電図変化」)。
 注意点 発症初期には、典型的な変化を示さないことも多いため、時間的変化が観察されます。胸痛がある場合は、くり返し心電図をとり、比べてみて変化が明らかになることもあります。
●血液検査
 心筋逸脱酵素は、心筋の細胞が破壊されたときに細胞から逸脱する酵素です。代表的なものに、クレアチンホスホキナーゼ(CPK)があり、心筋梗塞発症4~5時間後から血液中で増加します。最近では、アイソザイム(同位酵素)であるMB‐CPKが用いられることが多くなりました。なお、可逆的な変化である狭心症では、血液中に値の上昇はありません。
●その他の検査
 心エコー図(心臓超音波検査) 心筋梗塞が生じると、生じた部位の心筋の収縮が低下します。この変化は、超音波検査で容易にとらえられます。心電図上の変化が明らかでない場合や、他の疾患との鑑別に有用です。
 また、この検査は、心筋梗塞の広がりや合併症の有無を調べたり、心機能を評価したりするのにも役立ちます。
 冠動脈造影 冠動脈造影は、心筋梗塞の診断のみならず、冠動脈形成術(かんどうみゃくけいせいじゅつ)(PTCA)や冠動脈バイパス術などの治療にも不可欠です。カテーテルと呼ばれる管(直径1~3mmくらいの細くてやわらかいビニールチューブ)を手足の動脈から心臓の血管の内部まで送り込み、造影剤という放射線に反応する薬物を注入して冠動脈の状態を映し出す検査です。
 心臓核医学検査 心臓に取り込まれる放射性物質(アイソトープ)を利用して画像を得る方法です。心筋梗塞部に集まったアイソトープを黒く見せる陽性像による方法(99m‐Tcピロリン酸心筋梗塞シンチグラムといいます)と、白く見せる陰性像による方法(タリウム心筋シンチグラム)とがあります。
 前者は、急性期の1週間まで陽性が保たれるため、急性期の診断に使用され、後者は、心筋梗塞の広がりや梗塞部の心筋がどの程度生存しているかを調べるのに役立ちます。

心筋梗塞(しんきんこうそく)の治療
 心筋梗塞であるかどうかは、おもに症状、心電図、血液検査(心筋逸脱酵素(しんきんいつだつこうそ))で診断されます。
●胸痛発作(きょうつうほっさ)が生じた場合
●救急外来あるいは入院直後の治療
●さらに高度な医療が必要な場合
●入院後の治療
●後療法=薬物治療について
◎合併症に対する治療法
 心筋梗塞症の合併症には、不整脈(ふせいみゃく)、ポンプ失調(しっちょう)・心原性(しんげんせい)ショック、心破裂、CCU症候群、梗塞後狭心症(こうそくごきょうしんしょう)と無症候性心筋虚血(むしょうこうせいしんきんきょけつ)、右室梗塞(うしつこうそく)、心膜炎(しんまくえん)、左室血栓(さしつけっせん)とそれにともなう塞栓症(そくせんしょう)があります。これらのうち、不整脈については別項で述べられていますので(「不整脈」)、ここではそれ以外の合併症について述べます。
■ポンプ失調と心原性ショック
■心破裂(しんはれつ)
■CCU症候群
■梗塞後狭心症(こうそくごきょうしんしょう)と無症候性心筋虚血(むしょうこうせいしんきんきょけつ)
■右室梗塞(うしつこうそく)
■心膜炎(しんまくえん)
■左室血栓(さしつけっせん)とそれにともなう塞栓症(そくせんしょう)
心臓リハビリテーション
 急性期から1~2週間、退院が可能となるレベルのころまで心臓リハビリテーションが実施されます。
 まず、日常生活に必要最小限の運動の回復が行なわれ、その後、病棟で、監視下リハビリテーションが実施され、歩行などの回復が行なわれます。
 退院すると、外来で、監視下から非監視下リハビリテーションに移り、家庭での運動療法の処方が行なわれます。

●胸痛発作(きょうつうほっさ)が生じた場合
 できるだけ早く治療を開始したほうが、その後の経過(予後)が順調です。発作直後には危険な不整脈(ふせいみゃく)も生じやすいため、発作がおこったときは我慢せず、すぐに医療機関に連絡して相談しましょう。受診の際はできるだけ救急車を要請してください。また、すぐに相談できるかかりつけ医を日ごろから確保しておくこと、循環器の専門医がいる病院を調べておくことも重要です。

●救急外来あるいは入院直後の治療
 救命に必要な処置や緊急冠動脈造影の準備が一般的な治療とともに行なわれます。そして、専門医と担当医が相談し、その施設で治療するか専門施設へ転送するかの判定がなされます。
 精神的ケア(不安の除去) 厳しい胸痛のため、患者さんは、死の不安を感じていることが多いものです。そのため、まず安心感を与え、安静を守り治療すれば必ず社会復帰できる病気であることが説明されます。
 疼痛(とうつう)の除去 痛みが強い場合には、塩酸モルヒネという鎮痛薬(ちんつうやく)が使われます。痛みによって血圧や脈拍が増えると心臓にさらに負担がかかるため、強い痛みは我慢しないほうがよいのです。
 点滴の確保 抗不整脈薬の使用のほか、疼痛除去、血行動態(血圧・脈拍)のコントロールを早急に行なう必要があるため、静脈から薬液を点滴注入しなければなりません。
 酸素吸入 低酸素状態は、病態を悪化させることがあります。そのため、少量の酸素吸入(1分あたり2ℓ)が開始されます。
 心電図モニター 急性期には危険な不整脈が出現しやすいので、心電図を連続して観察することが重要です。胸に電極がつけられ、テレメーター(遠隔モニター)で観察されます。
 ニトログリセリンの舌下(ぜっか) ニトログリセリンを口に含むと胸痛が軽減したり、血管が再開通することもあります。患者さんがニトログリセリンをもっている場合には、5分ごとに3錠まで使用します。胸痛が消えない場合は、医療機関に連絡してください。
 ヘパリンの静注 ヘパリンというのは、抗凝血薬(こうぎょうけつやく)(血を固まりにくくする薬)ですが、それを入院直後に静脈から注入(点滴)することで、血栓でふさがれた冠動脈が再開通する確率が増します。通常、5000単位で、1日あたり1万5000単位が持続点滴されます。その後、活性化凝血時間を調べ、200秒以上保たれるよう調整されます。

●さらに高度な医療が必要な場合
 以上の初期治療には、心電図モニター、電気ショック、一時ペーシング(体外式ペースメーカーの使用)、人工呼吸器などの器材が必要ですが、さらに重症の人の救命には、血行動態監視、補助循環装置、心臓カテーテル検査室、心臓外科、冠動脈疾患用集中治療室(CCU)が必要になります。
 初期治療を行なった医療施設で治療を開始する場合は、血栓溶解療法(けっせんようかいりょうほう)を始めるかどうかがまず決められます。専門施設に転送する場合も、静脈点滴が必要となります。再灌流(さいかんりゅう)(血流の再開通)にともなう危険な不整脈が生じ、救急車内で電気的除細動(でんきてきじょさいどう)を実施する可能性もあります。そのため、転送時には医師が救急車に同乗します。

●入院後の治療
 急性期は、原則としてCCUに収容され、梗塞した箇所の治療や後療法が実施されるとともに、合併症の予防や対応が行なわれます。
 CCUの役割 CCUとは冠動脈疾患用集中治療室のことで、心電図を常時集中監視し、医療スタッフが常駐している集中監視室の周囲に重症室が配置されるなど、緊急対応しやすいように設計されています。
 患者さんの精神的安静度を考えた場合、内科系集中治療室では個室のほうが好ましいと考えられています。
 再灌流療法(さいかんりゅうりょうほう) 心筋梗塞をおこした部位の大きさを縮小させることが長期予後(治療後の状態)の改善につながります。そのため、できるだけ早いうちに閉塞した冠動脈を再開通(再灌流)させることが急性期の治療目標となります。
 発症後6時間までに実施すると梗塞のサイズの縮小が期待できるため、原則として、発症後6時間以内であれば冠動脈内の血栓を溶かすこと(冠動脈内血栓溶解療法(かんどうみゃくないけっせんようかいりょうほう)、ICTと略します)を中心とした再灌流療法が実施されます。最近、この時間を12時間から24時間にまで広げて、その効果が検討されています。
 血栓溶解薬は、第1世代の血栓非親和性(ひしんわせい)(血栓と結合しにくい性質)のウロキナーゼではなく、第2世代の血栓親和性をもった組織型プラスミノーゲンアクチベーター(tPA)やproUKという薬が使われます。今後は、半減期(はんげんき)(効果が低下するまでの期間)がより長く、血栓溶解率の高い第3世代の血栓溶解薬が使われるようになるでしょう。この薬は、点滴ではなく、1回の静脈注入によって使え、早く再開通できるため、さらに使用頻度が増すと予想されます。
 ICTとPTCA(経皮的冠動脈形成術(けいひてきかんどうみゃくけいせいじゅつ)、いわゆる風船療法。狭心症の「狭心症の治療」の経皮的冠動脈形成術参照)は、ともに閉塞血管を再開通させる治療法です。急性心筋梗塞症については、早いうちに、閉塞した血管の再灌流を始めるほうが予後がよいため、施設によってもっとも早く再開通できる方法が選ばれます。
 ICTを第1選択として不成功に終わった場合、PTCAを追加することができます。出血する危険がある場合には、むしろPTCAが選択されます。PTCAはICTに比べ、より確実な再灌流療法ですから、PTCAに熟練した医師が常時いて、カテーテル室がすぐに使用できる状態であれば、PTCAが選択されてもよいと思われます。

●後療法(こうりょうほう)=薬物治療について
 抗血栓薬治療(こうけっせんやくちりょう) ICTまたはPTCAが終わると、抗血小板療法(こうけっしょうばんりょうほう)と抗凝血療法(こうぎょうけつりょうほう)が実施されます。これらは薬物療法で、抗血小板薬と抗凝血薬(両者を合わせて抗血栓薬といいます)が使われます。
 抗血小板薬としてよく使われているのはアスピリンです。抗凝血薬としてはヘパリンが使われます。
 抗血栓薬治療の第1の目的は、心筋梗塞の早期再発・拡大および死亡率の軽減です。心筋梗塞後にヘパリンを使用することで、死亡率が21%、心筋梗塞症の再発が30%も減少することが明らかとなっています。また、アスピリンでも明らかに死亡率、再梗塞が減少しています。そのため、血栓溶解療法をしたかしないかにかかわらず、患者さんに出血傾向や禁忌(きんき)(有害な副作用が現われるため特定の薬を使用しないこと)がないかぎり、急性心筋梗塞症を発症した場合には、ヘパリンとアスピリンが使用されます。
 通常、ヘパリンは、3日間持続点滴され、徐々に量を減らして中止されます。アスピリンは、当日から内服開始となります。
 抗血栓薬治療の第2の目的は、再灌流療法後の再閉塞予防と死亡の予防です。これは、血栓溶解薬を単独で使用するより、ヘパリンを併用するほうが開存率(再開通した場所が維持される度合い)がよいからです。また、アスピリンを併用すると、再梗塞が50%も減少し、死亡率は42%減少したという報告があり、再灌流療法後においてもヘパリンとアスピリンの併用が勧められています。梗塞をおこした血管の開存は長期予後にかかわるため、再開通後の後療法は重要なのです。
 抗血栓薬治療の第3の目的は、心筋梗塞症の遅発性再発と死亡の二次予防です。抗血小板薬、抗凝血薬ともに心筋梗塞後の二次予防に効果があるとされており、簡便で出血する危険の少ないアスピリンがよく使われています。
 ACEI(アンギオテンシン変換酵素阻害薬(へんかんこうそそがいやく)) 心筋梗塞をおこすと、心機能が低下しますが、そのこと自体が梗塞後の予後を大きく左右します。梗塞が大きい場合、徐々に心臓は拡大し、放っておくと、慢性期にかけてさらに心機能が低下してしまいます。この状態を左室再構築(さしつさいこうちく)(リモデリング)と呼んでいます。
 ACEIを使用すると、この左室拡大が予防され、心機能の低下が抑えられます。また、突然死や再梗塞を予防するといわれ、予後の改善に期待されています。
 硝酸薬(しょうさんやく) 心筋梗塞の急性期には、血圧を120mmHg以下に維持するため、静脈注射用の硝酸薬が使用されます。硝酸薬はまた、梗塞サイズの縮小、左室再構築防止、心破裂(しんはれつ)の予防が期待されています。
 カルシウム拮抗薬(きっこうやく) 梗塞後に狭心痛がある場合や、高血圧症を合併しているときに用いられます。塩酸ジルチアゼム(ヘルベッサー)やニフェジピン (アダラート)などが使われます。
 β遮断薬(ベータしゃだんやく) 禁忌がないことを条件に、欧米ではβ遮断薬の早期からの使用が推奨されています。これによって心破裂の予防、梗塞サイズの縮小、長期予後の改善が期待されます。日本では、副作用や冠(かん)れん縮(しゅく)(冠動脈のけいれん、スパスム)の悪化を懸念して、あまり使用されていません。しかし、心不全がなく洞性頻脈(どうせいひんみゃく)が現われている場合では、少量の短時間作用型のβ遮断薬の内服が開始されます。

■ポンプ失調と心原性(しんげんせい)ショック
 急性心筋梗塞症の急性期において死亡する患者さんの死因のうち、その約70%はポンプ失調によるものです。そのなかでも心原性ショックの死亡率はいまだに50%以上と高率です。
 ポンプ失調というのは、心筋梗塞症によって、急激な左心室の収縮機能障害が生じ、全身の需要に見合うだけの血液を心臓から送り出せなくなった状態のことです。この状態を代償(だいしょう)するため、末梢血管(まっしょうけっかん)が収縮したり、左心室の充満圧が上昇し、さらに肺(はい)うっ血(けつ)(肺胞(はいほう)に血がたまる状態)がおこり、重症例では心原性ショックをおこしてしまいます。
 肺うっ血(「肺うっ血/肺水腫」)になった場合、利尿薬(りにょうやく)(フロセミド)やニトログリセリンなどの血管拡張薬、そしてカテコールアミン系薬(塩酸ドブタミンが第1選択)が使用されます。カテコールアミン系薬で効果が期待できない場合は、ホスホジエステラーゼ阻害薬などが使用されます。血管拡張薬を24~72時間使用した後、中止して、肺動脈楔入圧(はいどうみゃくせつにゅうあつ)が上がるようなら、硝酸薬やACEIなどを内服します。
 心原性ショックという場合、梗塞をおこした心筋が原因でおこるものをさし、梗塞をおこす前からかかっている病気や発作の機械的な合併症、不整脈に由来するショックは除きます。
 心原性ショックというのは、たんに血圧の低下だけではなく、末梢循環不全(まっしょうじゅんかんふぜん)、すなわち全身の細胞組織への血の循環がなんらかの原因で障害されている状態のことです。したがって、その診断には、末梢循環不全の存在を明らかにしなければなりません。
 末梢循環不全は、おもに腎臓(じんぞう)、皮膚、脳血流障害の所見から判断されます。収縮期血圧が90mmHg未満で、1時間の尿量が20mℓ以下、皮膚が冷たく湿潤(しつじゅん)(じっとりしている)で、チアノーゼ(血中酸素不足で皮膚が蒼白(そうはく)になること)があれば診断がつきます。また、脳血流低下による傾眠(けいみん)傾向などの意識障害、代謝性アシドーシスの存在も末梢循環不全の存在を示しています。
 このショック状態、すなわち末梢循環不全が持続すればするほど予後は悪くなります。血行が改善しても多臓器不全(複数の臓器が機能不全になる)によって死に至ります。したがって、ショックが発生したら、速やかに心肺機能を是正しなければなりません。
 ショック状態の患者さんに対しては、低酸素血症が明らかな場合は、酸素吸入や人工呼吸が行なわれます。また、血行動態を改善するためにカテコールアミン(塩酸ドパミン)が使用され、血圧が上昇しない場合には、さらに塩酸ドブタミンやノルエピネフリンが使用されます。
 治療を開始後、10~15分しても収縮期血圧が80mmHg以上にならない場合は、補助循環装置である大動脈内バルーンポンピング(IABP)が使用されます。
 さらに、収縮期血圧が50mmHg以下、あるいは電気的除細動(でんきてきじょさいどう)が必要となる心室細動(しんしつさいどう)や心室頻拍(しんしつひんぱく)をくり返す場合(「心室頻拍」)には、IABPよりも経皮的人工心肺装置(けいひてきじんこうしんぱいそうち)(PCPS)が選択されます。
 このような補助循環を用いても閉塞血管が再開通しない場合、死に至る確率は70%以上となります。したがって心原性ショックに対しては、補助循環を併用し、早期に確実に閉塞冠動脈の再開通が得られるPTCAが選択されることになります。
 経皮的人工心肺装置(PCPS)というのは、従来、心臓手術のときに用いられる人工心肺を、皮下にカテーテルを挿入することで、内科的に応用するものです。これで血行動態の改善をはかりながら再灌流療法を実施することで、心原性ショックをおこしている人の救命をはかります。
 以上のような補助循環・再灌流療法でも不十分な場合は、心臓のポンプ機能を一部代行する補助人工心臓(ほじょじんこうしんぞう)の適用が考えられます。

■心破裂(しんはれつ)
 心破裂は、心筋梗塞症急性期の脆弱(ぜいじゃく)な心筋組織の破綻(はたん)から生じます。生じた部位により、左室自由壁破裂(さしつじゆうへきはれつ)、心室中隔穿孔(しんしつちゅうかくせんこう)、乳頭筋断裂(にゅうとうきんだんれつ)の種類があります。好発時期は、梗塞発症当日と1週目です。
 左室自由壁破裂の死亡率は高く、ポンプ失調死の予防とともに急性心筋梗塞症治療の課題の1つです。心自由壁破裂例の検討から、高齢者、女性、軽症者、高血圧の人、初回梗塞者によく発症することが明らかになっています。これらは心破裂発生の危険因子とも考えられています。また、梗塞発症後の血圧変動の大きい人や心膜炎(しんまくえん)をわずらっている人も心破裂の頻度が高いことがわかっています。
 自由壁破裂には、徐々に心嚢内(しんのうない)に血液が貯留し、心臓を圧迫する(心タンポナーデ)浸出型(しんしゅつがた)と、突然破裂する穿孔性破裂型(せんこうせいはれつがた)とがあります。
 心筋梗塞急性期は、原則として収縮期血圧が120mmHg以下に保たれていますが、とくに前述した破裂の危険因子を複数もっている人の場合は注意を欠かすことができません。
 浸出型は、ショックになる前に診断が可能です。心嚢から血液を抜いてタンポナーデ状態を解除した後に、手術を行ない救命することが可能です。
 問題は、穿孔性破裂型です。これは瞬時に伝導収縮解離(でんどうしゅうしゅくかいり)(心室停止、心室細動などの重症不整脈が存在しないにもかかわらず脈拍を触知できない状態)となり、死に至ります。破裂後、できるだけ短時間でPCPSを始め、全身循環を確保したうえで、手術に移行する方法が実施されていますが、救命は困難です。
 心破裂に似た合併症として、心室中隔穿孔という病態があります。これは左右の心室の間にある心室中隔に亀裂(きれつ)が入り、左心室から右心室へ血液が入り込んでしまうものです(シャント血流といいます)。聴診して、胸骨の左の第3、第4肋間(ろっかん)に全収縮期雑音が新たに聴きとれる場合は、この合併症が強く疑われます。心エコー図検査のカラードップラー法でシャント血流の存在が確認されれば診断が容易につきます。
 この合併症に対しては、できるかぎり手術が行なわれます。まず緊急冠動脈造影後、(大動脈内バルーンポンピング)IABPが使用されます。そして、肺動脈の血流が体血流(たいけつりゅう)の2倍以下であれば待機となりますが、2倍以上あるか、IABP下でもシャント血流量が増える場合は緊急手術となります。とくに、ショック症状がある場合は緊急手術となります。
 このほか、心筋梗塞後には重篤(じゅうとく)な僧帽弁閉鎖不全(そうぼうべんへいさふぜん)を生じることもあります。これは僧帽弁を支持している乳頭筋という組織の断裂(乳頭筋断裂)、もしくは腱索(けんさく)が断裂したためにおこります。放置しておくと、左心不全からショック状態になります。虚血にともなう乳頭筋不全による閉鎖不全では、ショックになることはまれです。心エコー検査を行なって診断します。明らかな僧帽弁閉鎖不全の場合は、手術の適用もあり、弁置換術(べんちかんじゅつ)あるいは弁形成術(べんけいせいじゅつ)が実施されます。

■CCU症候群(しょうこうぐん)
 CCU症候群とは、集中治療室に入室2~3日後、せん妄(もう)状態で発症する軽度の意識障害のことで、錯覚(さっかく)や幻覚(げんかく)をともないます。
 この状態になる患者さんの多くは、その前に不眠状態となっています。最近は発症数が減っていますが、これは再灌流療法を受け、またリハビリテーションが短縮されたことによると考えられています。
 CCU症候群を予防するには、不眠要因を極力排除し、医師と患者さんの十分な意思の疎通、患者さんが時間の感覚を保つことがたいせつです。必要ならば、睡眠導入薬も使用されます。

■梗塞後狭心症(こうそくごきょうしんしょう)と無症候性心筋虚血(むしょうこうせいしんきんきょけつ)
 梗塞後狭心症とは、心筋梗塞発症後24時間から1か月以内に出現した胸痛発作で、発作時に虚血性心電図変化があり、CPK(心筋逸脱酵素(しんきんいつだつこうそ))の再上昇がないものです。
 心筋虚血がある場合は、症状の有無にかかわらず、予後が不良です。そのため、梗塞後に残る虚血は不安定狭心症(ふあんていきょうしんしょう)と同等に扱われ、冠動脈バイパス手術やPTCAの適用が考えられます。

■右室梗塞(うしつこうそく)
 右室梗塞は、下壁部の梗塞に併発することが多く、その頻度は24~53%と報告されています。右室梗塞は、梗塞量が大きいと低心拍出量となり、低血圧・乏尿(ぼうにょう)・ショック状態になることもあります。また半数以上に2度以上の房室(ぼうしつ)ブロック(「房室ブロック」)をともないます。
 治療としては、再灌流療法が実施されます。右冠動脈が再開通すると低心拍出量は改善され、房室ブロックも消えてしまいます。右心不全徴候が強いときには、輸液療法、カテコールアミンの使用、心房心室同期ペーシングなどが試みられます。こうすることで、心筋梗塞発症後1週間までに右心不全は改善します。

■心膜炎(しんまくえん)
 体位性の胸痛(あおむけになると痛みが増し、座ると軽くなる)と、呼吸性の胸痛(息を吸ったときに痛む)があります。胸痛を鎮めるために、アスピリンが使用されます。
 前壁の梗塞で梗塞サイズが大きい場合は、急性期から心嚢液(しんのうえき)がたまり、心膜炎をおこすことが少なくありません(ただし、ドレスラー症候群という心膜炎は通常、2週間以降に生じます)。

■左室血栓(さしつけっせん)とそれにともなう塞栓症(そくせんしょう)
 心筋梗塞後、左室壁に血栓ができる確率は約20%です。とくに前壁では約40%、広範前壁では60%とされています。塞栓率は5%以下と低率ですが、脳梗塞(のうこうそく)を生じた場合には致命的になることもあり、対策が必要です。
 抗凝血療法を十分に行なえば、壁在血栓(へきざいけっせん)(壁にできる血栓)や脳塞栓の発症率は明らかに低下します。そこで、塞栓の危険度が高い、広範な前壁梗塞症(ぜんへきこうそくしょう)ではヘパリンが使用され、心室瘤(しんしつりゅう)や壁在血栓が明らかである場合は抗凝血薬を3か月間内服します。

救急医療について
 急性心筋梗塞による死亡の60~70%は発症から1時間以内で、その原因はほとんど心室細動(しんしつさいどう)であると推測されています。心室細動がおこった場合、2~3分以内に救急蘇生法(きゅうきゅうそせいほう)を始めないと命は助かりません。心肺停止から蘇生を始めるまでの時間が1分以内なら97%蘇生は成功しますが、5分経過すると25%に低下してしまいます。救急車を呼んでも、到着までにはふつう5分以上かかります。到着までに、そばにいる人が心肺蘇生法(しんぱいそせいほう)(CPR)を実施することがいかに大事かがわかります。
 心室細動には、電気的除細動が有効ですが、救急救命士制度ができてからは、日本でも病院に到着する前に使えるようになりました。
 さらに、音声案内にしたがうと一般の人でも使える自動体外式徐細動器(AED)の設置が、公共の施設や駅、空港などで進められています。また、各地の消防署などでAEDの使い方の講習も行なわれています。
 今後は、第1発見者による心肺蘇生法が普及するとともに、AEDを使った徐細動の実施が浸透することが望まれます。
 なお、CCUの機能を備え、専門医を乗車させた救急車(モービルCCU)を使い、病院到着を待たず、車中で治療ができる方式が、まだ少数ですが、実施され始めています。

心筋梗塞(しんきんこうそく)の予防と対策
 高齢者の心筋梗塞症は、狭心症と同様、非典型的な症状で発症することがまれではありません。つまり、何の症状もなく、知らないうちに心筋梗塞症になっていることがあるわけです。ふだん経験したことがない胸部から上半身の不快感が続く場合は、それが痛いものでなくとも、放置せず、速やかにかかりつけの医師に相談してください。
 そのためにも、日ごろから家庭医をつくるよう心がけておいてください。家庭医に健康状態を承知しておいてもらうほか、心電図の記録があれば発作時にも役立ちます。
 とくに、心臓病と診断されている人では、急変時にどこの医療機関を受診すればよいかを、日ごろから家庭医と相談して、決めておくこともたいせつです。
 心筋梗塞の治療は、安静、酸素吸入、鎮痛などの一般的な処置に加え、初期には救命が大きな目的となります。初期の死亡原因の大部分は、致命的な不整脈(心室細動)によるものです。できるだけ早く病院へ収容してもらうことがたいせつです。

出典 小学館家庭医学館について 情報

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