歌舞伎狂言。世話物。5幕。4世鶴屋南北・2世桜田治助らの合作。通称《本町糸屋の娘》《お祭左七》。別名題《誰噂色菊月(たれもうわさいろときくづき)》《本調子糸音色(ほんちようしいとのねじめ)》。1810年(文化7)1月江戸の市村座初演。配役はお祭左七を2世尾上松助(のちの3世菊五郎),半時九郎兵衛を5世松本幸四郎,本庄綱五郎を3世坂東三津五郎,糸屋妹娘お房・九郎兵衛女房お時実は糸屋姉娘小糸を5世岩井半四郎,芸者お糸を2世沢村田之助,風の神喜左衛門を初世尾上松緑など。前年に牛込辺の旗本の次男が墓掘返しのうえ屍姦を行った事件があり,これを芯に先行の人形浄瑠璃《糸桜本町育》(紀上太郎作,1777)を書き替えたもの。山住五平太はかねて懸想する深川芸者のお糸を身請けしようと,赤城家の重宝小倉の色紙を盗みだし,神原屋という質店へ入質する。このため御近習役本庄綱五郎は主家追放となり,大道易者になって色紙の行方を尋ねるうち,糸屋中根屋のお房に見初められる。お房に横恋慕する番頭佐五兵衛は,毒薬でお房を仮死させ,縁談を妨げる。お房の埋葬に持参金が埋められると知った綱五郎は色紙を請けだすため墓所へ忍びこみ,蘇生したお房をわが家に連れ帰る。芸者お糸は鳶の左七(実は赤城家の忠臣の息子)とわりない仲になっているが,左七のために,色紙盗賊の噂ある五平太に身をまかせて手掛りをつかもうと,左七に偽りの愛想づかしを言う。心変りに怒った左七はお糸を殺害する。赤城家の若党十右衛門は半時九郎兵衛と名を改め,女房お時とともに悪事を働いている。九郎兵衛は綱五郎に美人局(つつもたせ)をしかけ,かえって旧悪が露見し,また捨子した娘をそれとは知らず殺したことを知って前非を悔い,色紙とりもどしの費用にと盗みためた金を差し出す。左七もお糸の書置きを持ってかけつけ,鳶の風の神喜左衛門らの働きで色紙は無事にもとに戻る。第三幕大通寺墓所の場が軽妙な運びで,ことにすぐれている。
→小糸佐七物
執筆者:小池 章太郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
歌舞伎(かぶき)脚本。世話物。5幕。4世鶴屋南北(つるやなんぼく)、2世桜田治助(じすけ)作。通称「本町(ほんちょう)糸屋の娘」。1810年(文化7)1月、江戸・市村座で3世尾上(おのえ)菊五郎、5世岩井半四郎、5世松本幸四郎らにより初演。古くから俗謡に歌われてきた糸屋の娘の話に、小糸、左七(佐七)の情話を絡ませて脚色。糸屋の美しい娘おふさをめぐって、恋人の本庄綱五郎(ほんじょうつなごろう)、悪党の半時九郎兵衛(はんときくろべえ)・お時の夫婦らが引き起こす騒動に、お祭左七とよばれる鳶(とび)の者と芸者小糸の仲が女の愛想づかしによって破れ、左七の小糸殺しに至る話を、並列して描く。毒酒によって仮死したおふさが墓場の棺の中で生き返る場面や、九郎兵衛が綱五郎をゆする浪宅で、おふさとお時を半四郎に早替りさせる技巧などが南北らしい特色。中絶していたのを、昭和になって8世沢村訥子(とっし)、前進座の河原崎長十郎・国太郎らがそれぞれ別の改訂台本で復活した。左七の話は、3世河竹新七が書き替えた『江戸育(えどそだち)御祭佐七』によって親しまれている。
[松井俊諭]
出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
…むしろ一貫して迫真的な市井風俗や下層民衆生活を描写する〈生世話(きぜわ)〉の追求,また当時の観客の嗜好でもあった残虐な殺し場やきわどい濡れ場の描出に力点をおき,劇的展開と,仕掛物や亡霊などによる怪奇趣味,あるいは奇抜な趣向によって異質なもの同士を結合させ,世界の複合性を構築してゆくドラマツルギーなどが大きな特徴であったといえよう。 前期の代表作としては,公卿が辻君となって春をひさぐ趣向が評判となった《四天王楓江戸粧(してんのうもみじのえどぐま)》(1804年11月河原崎座),小幡(こばた)小平次の怪談に皿屋敷と天竺徳兵衛の世界を綯交(ないま)ぜにし,松助が小平次,鉄山,おとわなどの役々を演じた《彩入御伽艸(いろえいりおとぎぞうし)》(1808年閏6月市村座),幸四郎が演じた〈馬盥(ばだらい)の光秀〉の《時桔梗出世請状(ときもききようしゆつせのうけじよう)》(1808年7月市村座),すでに好評を博した天竺徳兵衛を土台に阿国御前(松助)の怪談,累・与右衛門の早替り(栄三郎を3世菊五郎)を見せた《阿国御前化粧鏡(けしようのすがたみ)》(1809年6月森田座),本町糸屋の娘お房とお時(二役,半四郎)と本庄綱五郎(三津五郎),半時九郎兵衛(幸四郎),お祭左七(松助)らの活躍する《心謎解色糸(こころのなぞとけたいろいと)》(1810年1月市村座),白藤源太の書替えの世話狂言で釣鐘権助(幸四郎)が源太(三津五郎)に殺される《勝相撲浮名花触(かちずもううきなのはなぶれ)》(1810年3月市村座),善玉悪玉双方で18人ないし21人の登場人物が惨殺される返り討狂言で,幸四郎が左枝大学之助と立場の太平次という時代と世話の敵役を演じわけた《絵本合法衢(がつぽうがつじ)》(1810年5月市村座),風鈴蕎麦屋が娘を殺す双蝶々の書替狂言《当龝八幡祭(できあきやわたまつり)》(1810年8月市村座),また夏祭の書替えで,のちの四谷怪談の原型ともなった《謎帯一寸徳兵衛(なぞのおびちよつととくべえ)》(1811年7月市村座)などがある。この年7月に出された法令(狂言中府内地名の使用禁止,衣裳小道具法度,糊紅の使用禁止など)に抵触するところあってか,《謎帯》は興行を中絶した。…
※「心謎解色糸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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