デジタル大辞泉
「指宿市」の意味・読み・例文・類語
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
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指宿市
いぶすきし
面積:七八・二五平方キロ
鹿児島市の南約五〇キロ、薩摩半島南東端の鹿児島湾(錦江湾)口に位置する。北は揖宿郡喜入町、西は同郡頴娃町、南西は池田湖を挟んで同郡開聞町、南は同郡山川町に接し、東から北東は鹿児島湾に臨む。国道二二六号・JR指宿枕崎線が南北に走る。市域の北部は阿多カルデラの外輪山にあたり、東西に走る魚見岳(二一四・八メートル)と鬼門平断層崖を挟んで南部は阿多カルデラの火口原にあたる。東海岸にはメサ状に切立った魚見岳、南西部にカルデラ湖の池田湖がある。岩本の今和泉から魚見岳北岸にかけてなだらかな海岸線がみられ、魚見岳東岸から山川町境にかけても海岸線が緩やかな弧を描いている。池田湖外輪の東斜面に扇状地が、二反田川・湊川の河口に沖積平地が形成されている。
〔原始・古代〕
鹿児島湾岸に面した喜入町から続くシラス台地上には旧石器時代から人が住み始め、以来古い時期には多くの遺跡がある。一方、半島の南東端に位置する緩やかな傾斜地(扇状地)には縄文時代中期頃から人が住み始め、やがて古代には薩摩半島南部の中心的位置を占めたらしいことが豊富な出土品からうかがえる。他方、この地は開聞岳をはじめとする多くの火山に囲まれた地で、早くから噴火の被害にあってきた。このことは考古学研究に多くの情報を与えており、災害考古学の発信地として注目されている。
指宿で最も古い文化は約二万年ほど前のナイフ形石器文化で、岩本の小牧IIIA遺跡や小牧の尾越・露重・小久保などの遺跡で発見されている。約一万三千―四千年ほど前の細石器文化の石器は岩本の岩本遺跡で少量発見されているのみ。縄文早期、南九州では円筒形をした土器が作られるが、そのなかでも古い形態といわれる岩本遺跡出土の岩本式土器がある。この時期、小牧付近の台地上では各地にその痕跡がみられ、前平式土器が小牧の小久保・岩本などの遺跡で、吉田式土器が小牧IIIA遺跡で、押型文土器は岩本遺跡で出土。早期後半の塞ノ神式土器は小牧IIIAや西方の西原道畑・早馬迫・尾長谷迫などの遺跡で出土。中期後半の阿高式土器は新西方の渡瀬遺跡、十二町の橋牟礼川遺跡(国指定史跡)で出土している。後期になると扇状地にも集落が進出し、十二町の橋牟礼川遺跡・大渡遺跡、小牧の北迫遺跡で指宿式土器が、この三遺跡および西方の大園原遺跡などで市来式土器が、大渡遺跡や十二町の中川遺跡ではそのあとの草野式土器が出土。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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