中世に天台宗寺院の常行三昧堂(常行堂)にまつられた護法神。《渓嵐拾葉集》は,慈覚大師(円仁)の帰朝の船中で影向(ようごう)して念仏守護を誓ったという伝承(大師の引声(いんぜい)念仏請来説話と,新羅明神や赤山明神の影向譚のような外国渡来の神の縁起に基づく)を載せる。これは,常行堂が止観の道場から念仏声明に携わる堂僧たちの聖所となっていく過程で,阿弥陀仏の垂迹神として彼らの組織の中心となる神格が創造されたことを示す。神像は烏帽子・狩衣装束で鼓をもち唱歌する壮年の姿で,笹を採物にして舞う2童子を従える図像が普通である。比叡山をはじめ,法勝寺,多武峰(とうのみね)妙楽寺,日光輪王寺,出雲鰐淵寺など各地方の中心的天台寺院の常行堂の後戸(うしろど)にまつられた。その祭祀は,たとえば輪王寺の《常行堂故実双紙》によると,修正会と結合した常行三昧のなかで,この神を勧請して延年が行われ,七星をかたどる翁面を出し,古猿楽の姿を伝える種々の芸能が演ぜられた。平泉毛越寺常行堂には今もこうした延年が伝えられ,摩多羅神とおぼしい翁が登場して祝詞を唱える。多武峰常行堂にも同様の祭儀があったが,その神体は猿楽の翁面である。太秦(うずまさ)広隆寺の牛祭には,摩多羅神が牛に乗って出現し,こっけいな祭文を読みあげる。これは同寺の伽藍神でもある秦氏の祖神大僻(おおさけ)明神と重なりあっており,金春禅竹の《明宿集》によれば,この神は猿楽者の芸能神(宿神(しゆくしん))であった。摩多羅神はおそらく院政期の天台寺院を本所とする後戸猿楽(呪師猿楽の後身)のまつるところとなり,猿楽の翁(おきな)の成立に深くかかわる存在であった。一方で,中古天台教学が口伝法門を形成していく過程において,檀那流の伝授に際し玄旨帰妙壇(げんしきみようだん)という秘儀が行われるようになり,この神が本尊とされ,儀礼のなかでは歌舞をともなう性的な意味を示す所作によりまつられた。
執筆者:阿部 泰郎
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…京都市右京区にある寺。山号は蜂岡山。別に太秦寺(うずまさでら),蜂岡寺,川勝寺,秦公寺(はたのきみでら)ともいい,俗に太秦の太子堂と呼ばれる。真言宗別格本山。秦河勝(はたのかわかつ)が,603年(推古11)に聖徳太子から仏像をさずかり,その像を安置するため622年に創建したのが当寺で,京都では最古の寺院の一つである。創建当初の寺地は,いまの場所から北東数kmの地点とされ,現地には平安遷都時あるいはそれ以前に移った。…
※「摩多羅神」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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